魔王を倒した男①
「あの、ジーク様、申し上げにくいのですが、違約金をお納め頂けますか?」
「違約金? まだクエストを受けてもいないのに?」
「違約金は先にお支払いして頂いた後、クエストの達成後にお返しする決まりなので……」
「そんなことさっきは言っていなかったが」
「自身のランクより2ランク以上高いクエストを受注する際の規則なのです」
「なるほどね」
受付嬢の説明で状況を把握した。
現在の俺は無一文なので、違約金の先払いはできない。
「じゃあ、違約金の発生しないクエストの中から、一番報酬がいいのを頼む」
「それですとS級クエスト〈クリスタルアイスドラゴンの討伐〉に向かったギルド〈白銀の紺碧〉の救出クエストになりますが……」
「S級クエストなのに違約金が発生しないの?」
「救出クエストの場合は例外で、ランクに問わず発生しません。ただし、このクエストは……」
「いいじゃん、ならそのクエストにするよ。〈白銀の紺碧〉なるギルドの連中を助けてくればいいんでしょ?」
ギルドが何かは知っている。
他の世界でも、同様のものが存在していたから。
呼び名はギルドかクランであることが多かった。
「そ、そうなんですが……」
受付嬢がまたしても困惑している。
すると、背後から鋭く渋い声で「止めとけ」と言われた。
振り返ると、強面の隻眼剣士がテーブル席に座ってこちらを見ていた。
俺よりもかなり年上、おそらく40代半ばだ。ベテランの風格が漂っている。
見た目は強そうだが、実力は俺の鼻クソ以下といったところか。
「坊主、〈宝石氷龍の山〉は新米冒険者が入れる場所じゃねぇ」
話の流れから、〈宝石氷龍の山〉が救助クエストの目的地だと悟る。
「知っているとは思うが、〈白銀の紺碧〉はS級ギルドだ。そんなギルドが苦戦するような場所を単騎で行こうなんざ、命を粗末にするだけだぜ?」
〈白銀の紺碧〉がS級ギルドであることは知らなかった。
隻眼剣士の言い方からすると、世間では有名な存在のようだ。
ほんの少しだけ興味が湧いた。
「そうか、よく分かったよ。ありがとうね」
俺は適当な言葉で話を切り上げる。
「そ、それでは別のクエストを……」
受付嬢がおかしなことを言うので遮った。
「いや、この救助クエストを受けるよ」
「「はっ!?」」
驚く受付嬢と隻眼剣士。
周囲の冒険者は口々に「稀に見るアホ」などと俺を嘲笑している。
「目的地の〈宝石氷龍の山〉は、麓まで行くのですら馬で三日の距離です。そしてそこから更に数日は登山をすることになります。しかし、救助クエストの期間は本日中です。間に合いません! それに〈宝石氷龍の山〉の気温は氷点下を軽く下回ります。そのような薄手の格好では凍死しますよ!」
首筋に血管を浮かせて必死に再考を促す受付嬢。
当然、俺の答えは変わらなかった。
「大丈夫、問題ない。だから〈宝石氷龍の山〉の場所を教えてくれ」
「どうなっても知りませんからね……!」
俺は救助クエストを受諾した。
◇
受付嬢から大まかな場所を教わると、直ちに協会を出た。
見落とさぬよう、ゆっくりと周辺を確認しながら目的地を目指す。
2秒後、〈宝石氷龍の山〉に到着した。
「純白の山、氷点下を下回る気温、強烈な吹雪……ここだな」
事前に伺っていた情報に一致する山だ。
距離も早歩きで2秒だったので、馬で3日の情報と合致する。
「おそらく山頂付近にいるはずとのことだったな」
俺は登山を開始した。
一直線に山頂を目指すのではなく、グルグルと螺旋状に山を登っていく。
多少のタイムロスはあるものの、確実に見落としを防げるというわけだ。
山を登るにつれて気温が下がっていく。
麓ですら氷点下だったのに、山腹付近ではマイナス20度に達していた。
この様子だと山頂の気温はマイナス50度くらいまで下がっていそうだ。
「たしかに少し肌寒いな」
俺の服装は通気性の良い絹の服だ。
昔は魔法効果を付与していたが、今ではただの服である。
真の強者に付与なんてものは不要だからね。
「ギャアアアアアアアアアアアアアス!」
道中には魔物が棲息していた。
巨人やら、キマイラやら、虎やら、色々と。
街の周辺に棲息している奴等よりも遥かに強い。
――が、俺の前では等しく雑魚だった。
「失せろ」
そう言って微かに殺気を放つだけで、魔物は気を失った。
殺気を感じる力に関しては、人間より魔物のほうが遥かに優れている。
彼我の実力差が明確な場合は、わざわざ戦う必要がなかった。
「もうすぐ山頂か。数日どころか1時間足らずだったな」
いよいよ山頂が近づいてきた。
吹雪のせいで何も見えないが、気配でよく分かる。
「よし、生きているな」
山頂から戦闘音が聞こえる。
それに複数人の人間の気配もある。
負傷はいるようだが、死者はいないようだ。
「クソッ! なんでクリスタルアイスドラゴンが3体も……!」
「よりにもよって変異体だなんて、運が悪すぎるぜ……!」
「マスターがいないのに、こんな……絶望的だ……!」
山頂では18人の冒険者が戦闘を繰り広げていた。
数多の武器を振り回し、魔法だかスキルだかを連発している。
武器は色々だが、服装は仲良く揃ってモフモフの防寒着だ。
敵は空を駆け回る3体のドラゴン。
ドラゴンは巨大で、全身の鱗が青いクリスタル状だ。
「あんたらが〈白銀の紺碧〉か?」
俺が声を掛けると、連中は一様に驚愕した。
「どうしてここに人が!?」
「ソロだと!?」
俺は「そんなことはどうでもいい」と話を進める。
「俺は〈白銀の紺碧〉を救助する為にやってきた。あんたらのことで合っているのか?」
改めて尋ねると、連中の中で唯一の女がこちらに顔を向けた。
鮮やかな水色の髪と、銀色の羽の髪飾りが特徴的な弓使いだ。
年齢は俺と同じくらい――つまり18歳前後だろう。
「そうよ。私達が〈白銀の紺碧〉のメンバー。私はこの場を指揮している副マスターのアリサ。武器を持たない貴方がどうやってここまで来られたのかは不思議だけど、とにかく今は猫の手も借りたいわ。実力があるなら戦闘に加わってちょうだい」
俺は「ふっ」と笑った。
「戦闘に加わる?」
「そうよ、何かおかしい?」
「戦闘を終わらせるの間違いだ」
「えっ」
何故か最前線に立っているアリサの前に、俺は移動した。
そして重力を操り、上空を旋回するドラゴンを引き寄せる。
「な、なに!?」
「ドラゴンが寄ってくる!?」
驚愕するギルドの面々を無視して、引き寄せたドラゴンを仕留める。
「この程度のザコならこれで十分か」
ペチッ。
俺はドラゴンの顔面に平手打ちを食らわした。
ドラゴンの首がいけない方向にグルグルと捻れる。
で、死んだ。
「これでよし。さぁ、帰ろうか」
3体のドラゴンを倒し、振り返る。
〈白銀の紺碧〉の面々はカチコチに固まっていた。
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