違法奴隷を扱う裏組織③
落札者の男は1人で立っていた。
奴隷の姿は無く、周囲に監視の気配も感じられない。
(もしかして奴隷の受け渡しは別の日に行うのか?)
あり得る話だ。
〈隷属の首輪〉を付けた幼女を連れ歩けば、即座に逮捕されてしまう。
家まで業者が送り届ける、という可能性は多いにあった。
――が、実際は違っていた。
しばらく様子を窺っていると、幼女奴隷が現れたからだ。
幼女奴隷の格好は、競売の時と違っていた。
今はタートルネックのワンピースを着ている。
「オホホ、オホホホーッ」
男は気味の悪い声を出して興奮する。
一方の幼女は、相変わらず虚ろな目をして無表情。
(受け渡しの確認はしないわけか)
幼女が現れても、周辺に監視の気配はなかった。
安全性を考慮して、現場に人員を割かないスタイルのようだ。
〈白銀の紺碧〉が手を焼いたというだけあり、用心深い組織である。
(ま、俺には関係ないが)
俺は男の背中を魔力の手で撫でる。
たったそれだけのことで、男は失神した。
幼女は無表情で棒立ちだ。
俺が姿を現しても、反応に変化はなかった。
「今からコイツに触るが、問題ないか?」
落札者を指しながら幼女に尋ねる。
幼女は何も言わない。
(何かするようであれば気絶させればいいか)
俺は気にすることなく男に触れる。
何もしてこなかったので、幼女はそのままにしておく。
「案の定、コイツは何も知らないか」
俺は触った人間の記憶を探ることができる。
その能力を使って男の記憶を漁ったが、違法業者の情報は見つからない。
競売の参加経験が俺よりも豊富なだけで、情報量は俺と大差なかった。
「そうなると、やはり本命はこの子だな」
洗脳されていたとしても、記憶は鮮明に残っている。
だから、記憶を漁れば違法業者に繋がる手がかりが見つかるだろう。
「触るぞ」
念の為に声を掛ける。
当然のように幼女は反応しない。
ただジーッと俺を見ているだけだ。
ペタッ。
俺はゆっくりと幼女の頭に右手を置く。
抵抗する様子がなかったので、そのまま記憶を漁る。
――が、上手くいかなかった。
「おいおい、洗脳だけでも酷いのに、そこまでするかよ」
幼女の記憶は混沌としていた。
ぐちゃぐちゃになっていて、漁れる状態ではない。
これは、薬漬けにされている者に見られる症状だ。
つまり、この子は薬漬けにされた上で洗脳されている。
こうなってしまうと、まともな記憶を得られない。
それでも、微かな手がかりを得ることはできた。
「人は見かけによらないとはまさにこのことだな」
幼女の記憶から、組織のリーダーを割り出すことができた。
といっても、名前や場所などの情報は分かっていない。
分かったのは顔だけだ。
組織のリーダーは男。
おそらく年齢は20代後半から30代だろう。
優しそうな面構えをしている。
しかし、この男が洗脳と薬漬けを行ったのだ。
リーダーであり、違法奴隷を生み出している張本人でもある。
コイツを叩きのめせば、組織は音を立てて崩壊するだろう。
「そうは言っても、どうやって特定するかな……」
顔は分かった。
だが、それだけで居場所を特定するのは難しい。
この国だけでも、人口は約1000万人に上る。
他国も含めると、その数は何倍にも膨らむだろう。
それらの人間を1人ずつ確認していくのは難しい。
つまり、手がかりは得たものの、手詰まりの状態でもある。
「仕方ない、アリサに相談してみるか」
俺は落札者を叩き起こすと、静かにその場から消えた。
◇
違法奴隷が薬漬けにされていたことで、捜査は難航を極める――はずだった。
しかし実際のところ、翌日には犯人を突き止めるに至った。
朝食後の食堂でのことだ。
「知ってるよ、この人」
俺の描いた似顔絵――厳密には写真――を見て、アリサは断言した。
なんと、洗脳者の男について知っていたのだ。
「ルクス牧師だよ」
その場にいる王女リリィも「たしかに」と頷く。
異世界組である俺とリムノーレは知らなかったが、有名人のようだ。
「どういう人物なんだ? そのルクス牧師って」
「〈伝説の治療師〉とも呼ばれる、王国で最も有名な牧師様」
「牧師なのか治療師なのかどっちなんだ」
俺の言葉に、アリサが「あはは」と笑う。
「ルクス牧師に悩みを相談すると、スッと心が楽になると言われているの。そのことを、ルクス牧師は『心の治療』を謳っている。〈伝説の治療師〉の由来は、そこからだと思うよ」
「なるほど、心の治療ね」
「でも、ルクス牧師が裏組織のボスって話は考えられないかなぁ」
リリィが「ですね」と同意する。
彼女に抱きしめられているリムノーレは興味のない様子。
「どうしてだ?」
「だって、ルクス牧師って聖人で有名だもん。私も何度かお会いしたことあるけど、すごくいい人だったよ。よく貧困区画に行って炊き出しとかもしているし。あの人が人を洗脳したり薬漬けにしたりするってのは、ちょっと信じられない」
この発言を受けて、俺は思った。
まさに違法奴隷を調達するのにピッタリじゃないか、と。
「十中八九、その牧師が黒幕で決まりだな」
「「「えっ」」」
驚く3人。
無関心のリムノーレもびっくりしている。
「どうしてそうなるの?」
「ジーク様、私も気になりますわ」
「なら教えよう」
俺は人差し指を立てて話した。
「違法奴隷はその全てが幼女だ。種族は色々だが、年齢はどれだけ高くても10代前半。つまり未成年だ。未成年の女に絞って大量に調達するというのは、通常だとかなり難しい。拉致や誘拐で調達しているのならもっと目立つし、足も付く」
「たしかに」
「ならどうやって調達しているのか? 答えは、洗脳される側が自発的に訪れているのだ。奴隷にされるとは知らずに訪れ、結果、奴隷にされるわけだ。
ルクス牧師の立場なら、この方法は実に効果的だろう。〈心の治療〉とやらを受ける為、多くの者が訪れるからな。その内、奴隷にする者以外には普通に接すればいい。常識的に考えて、普通に接する奴のほうが遥かに多いから、傍から見たときに目立つことはないだろう」
「筋が通っている……!」
「すごい! すごいです! ジーク様!」
「さすがはジーク、今日も絶好調の鋭さだな」
皆が理解する。
「とはいえ、この推理にも突っ込み所はたくさんある。それでも、女児ばかりを奴隷にすることの難しさに加えて、違法奴隷から得た情報を考慮すれば、犯人はルクス牧師で間違いないだろう」
「そうだね」
「アリサ、ルクス牧師の場所を教えてくれ。今から行って叩きのめしてくる。それでこの問題は解決だ」
さーて、悪党を懲らしめるとしようか。
――と、思ったその時。
「ダメだよ」
アリサが首を横に振った。
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