冒険が、始まりました。
『ジリリリリリリリリリリリリリリ』
目覚まし時計が、けたたましく鳴り響く。
「才賀〜、起きなさーい!」
一階から母の声が聞こえてくる。
「ん〜!」
適当に返事をして、目覚まし時計を止めると、ベッドから起き上がる。
下からトーストの焼けるいつもの匂いが漂ってくる。
「よっこらせっと」
棚に手をついた拍子に、飾ってあったトロフィーたちが崩れ落ちる。
「あちゃー、やっちゃった」
そう呟き、トロフィーを拾う。
剣道、柔道、空手、書道、絵画、などなど様々なトロフィーにはどれも、天道才賀の名が刻み込んである。
それを雑にならべ直すと、制服に着替え、ドアノブに手をかける。
「はあ、また退屈な一日が始まるのか」
そう呟き、あくびをしながらドアを開く。一歩踏み出すと、ひんやりとした感覚が足の裏へ伝わってくる。
「へ」
思わず間抜けな声をあげてしまう。
「来たわね、私のパートナー」
そんな声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、ついさっき通ったはずの扉が無くなり、暗く、何もない空間が広がっていた。
周りを見渡すと、小さな窓から光が差している以外に光源はなく、狭く壁で区切られた部屋であることがわかった。ただ、おかしな点があるとしては、足元に赤いインクで、魔法陣が描かれたことぐらいだろう。
「は、なんだここ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「説明してあげるわ。ここは天界よ。そして私があなたをここに呼んだの」
仁王で腕を組み、そんなことを言う少女がいた。歳は俺と同い年、つまり16歳ぐらいで、セミロングの黒髪に星の形の髪留めをつけた、色の白い少女だ。白を基調とした清楚なワンピースを着ており、かなり可愛い。
「なんだって?」
思わず聞き返す。
「だからあ、ここは天界で、私があなたを呼んだのよ。一緒に旅するパートナーとしてね」
「ちょっと待て、一回落ち着かせてくれ」
なんだこいつ、何を言ってるんだ? 天界? 私が呼んだ? 旅のパートナー?
「どう言うことかちゃんと説明してくれ!」
そう言うと、少女はあからさまに嫌そうなため息をついて、口を開く。
「分かったわよ。まずここは天界。神様たちが住んでるところよ」
「待て待て、天界? 神様が住んでるってことは、君もなのか?」
「ええ、そうよ。まあ、と言ってもまだ一人前じゃないわ」
なるほど、今俺とこの子がいるのは、神様たちが住む天界で、この子もその神様の1人であると。
なるほど分からん。だが、このままでは話が進まないので、分かったことにしておこう。
「分かった。分からんけど分かった」
「それは理解が早くて助かるわ」
「じゃあ次、俺を呼んだってどう言うこと? あと旅に出るパートナーって何?」
次の質問を口にすると、またしても少女はため息をついた。
「それね、私まだ、ちゃんとした神様じゃないのよ。それで、ちゃんとした神様になるためには下界を旅しなきゃいけないのよ。私も今日からその旅に出るんだけど、旅には一人だけ一緒についてくるパートナーを選べるの。それがあなたって訳。これで説明終わり!」
「は?おい、ふざけんなよ。なんで俺が選ばれてそんなのについていくんだ?」
口ではこんなことを言っているが、本当は今の話を聞いてみて、少しいってみたいと言う気持ちもある。
「それはね、あなたが一番能力が高い、天才だからよ。あとついでに、今の世界に退屈してるみたいだったから、ついてきてくれやすそうだったしね」
「なんだそれ、神様の力かなんかで調べたのか?」
「ええそうよ。頭脳明晰、運動神経抜群、芸術的センスも高くて、ついでにイケメン。もう最高ね」
「なんだよ、照れるじゃんか。それで、俺が今の世界に退屈しているって、どうしてそう思うんだ?」
「そりゃ見てればわかるわよ。何しても簡単にこなして、つまんなそうだもん」
実のところ、そのとうりだったりする。中学一年までは毎日が楽しかった。だが、とあることをきっかけに楽しみは消え、世界が真っ白くみえてきたのだ。
「まあ退屈ではある。ただ、お前についていくメリットは無いだろ」
「そんなことはないわ。もし、私たちの旅が終わったら、なんでも一つ願いを叶えてあげる」
「まじで! 約束できるか? てかそもそもお前にそんな力あんのか?」
「失礼ね! いいわ。見せてあげる、私の力を」
そう言うと、少女は両手を前に突き出す。
「今からこの部屋をめちゃくちゃ豪華に変えてあげる」
すると、部屋の壁が一瞬ねじれた。かと思うと、シャンデリアや、レッドカーペットなど、様々な豪華な物が現れる。
「どう、これで信じてくれる?」
辺りはあっという間に、並大抵の金持ちでは住めないような空間へと変わっていた。
「すげえ、分かった。信じるよ、それに、お前といた方が面白そうだし、ついていくよ」
「ありがとう、じゃあ、よろしくね。私は創造神見習いのミナよ」
そう言ってミナは、細い腕を俺に伸ばしてくる。
「こちらこそよろしく、俺は天道才賀ダ。才賀って呼んでくれ」
そう言って皆の手を握り、握手をする。
「ところで、俺がいなくなると、母さんとかは大丈夫なのか?」
「ええ。心配いらないわ。あなたがいない間、代わりにあなたそっくりの影武者があなたの代わりをするもの」
「影武者!? 大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。あなたの代わりのためだけに、天界から送られた使いだもの」
そう言ってミナが指を鳴らすと、部屋が元の薄暗い空間へ戻る。
「戻しちゃうのか?」
「この部屋はこの部屋で使い道があるのよ。例えば、今から私たちが転移するときとかね」
「そういえば下界って、俺がいた場所とは違うのか?」
「それは行ってから説明するわ。もう時間がないの、転移できる時間は限られてるんだから」
「分かった」
俺が頷くと、ミナはしゃがみ込み、何やらぶつぶつ唱え始めた。
「行くわよ」
ミナがそう言うと、床に描かれていた魔法陣が赤く輝き始める。光が視界を覆い、世界が回転しているような感覚が襲い掛かる。そして……
「ついたわ」
目を開けると、そこは日本とはまるで違う世界が広がっていた。
建物はレンガや石などでできており、どこか中世のヨーロッパのような感じがする。道ゆく人々の格好も様々で、全身銀の鎧の人や、黒いフードを深くかぶり、顔が見えない人、片目に眼帯をつけ、腕に包帯を巻いている人など、様々だ。
「うおおおおおお、すげえええ! 本当に異世界だ!」
俺たちは、ちょっとした広場にある噴水の前に立っていた。
「あんまりはしゃぐと恥ずかしいわ」
「だってすげえもん! なんだここ? どんな世界なんだ?」
「簡単に言うと、魔王がいる世界ね。で、私たちの最終目標は魔王討伐」
「魔王? そう言う世界なのか。ってか目標ってそいつの討伐なの!?」
思わず大声を出してしまう。
すると、魔王という単語に反応した周囲の人々が俺たちに注目する。
「しっ! 声がでかい。こんなところで立ち話もなんだし、移動しましょ」
「いいけど、どこに行くんだ?」
そう言うと、ミナはニヤリと笑った。
「こう言う世界で魔王討伐する勇者の行くところって言ったら決まってるでしょ」
そう言うと、ミナは大通りの突き当たりにある、一際大きな建物を指差す。
「ギルドよ!」