クロからシロへのおくりもの
小さな町には、不思議なお店があります。
一番ほしいおくりものを教えてくれるお店です。
お店にいるのは、一人のおじいさんです。
大きなお腹をしていて、モジャモジャした白いおひげも生やしているので、まるでサンタクロースのようです。
今日、お店をたずねてきたのは、一匹のイヌでした。
不思議なお店なので、お客さんは人間だけではありません。動物もくるのです。
「いらっしゃい。おくりもの屋にようこそ。君の名前は?」
「クロです」
おじいさんが、お客さんのクロを歓迎しました。
クロは、名前と同じ黒色をしたイヌです。ちょっとだけ怖い顔をしていますし、体も大きいですが、とても優しいのです。
クロは、興味深そうにお店の中を見ます。
せまい部屋には、たくさんのものがありました。
子供用のおもちゃ、キレイなお花、むずかしそうな本、よくわからない機械。
この中に、クロがほしいものがあるでしょうか。
「このお店は、おくりものをくれるって聞きました。本当ですか?」
「少し違いますね。おくりものをあげるのではなく、何がほしいか教えるのです」
「ぼくがほしいものじゃなくて、シロちゃんがほしいものです。それも教えてくれるんですか?」
「はい、もちろん」
シロちゃんは、クロの妹のような、人間の女の子です。
小学生になったばかりですが、最近のシロちゃんは元気がありません。
お父さんとお母さんも心配しています。クロも心配です。
「お父さんとお母さんは、学校に慣れていないんだって言っています。心配でも、いずれ元気になるって」
「でも、クロ君は、シロちゃんが心配?」
「はい。ぼくは、シロちゃんとお話できません。シロちゃんを元気にする言葉をかけてあげられません」
クロはイヌなので、人間のシロちゃんとはお話できません。
おじいさんも人間なのに、こうしてお話できているのは不思議です。さすが不思議なお店のおじいさんですね。
おじいさんは、右手でモジャモジャしたおひげをなでます。
左手で大きなお腹もなでます。
そして、優しい声で言います。
「シロちゃんがほしいのは、元気にする言葉じゃありません」
「じゃあ、なんですか? 教えてください」
「シロちゃんは、さみしいのです。幼稚園にいたころは、お母さんがむかえにきてくれました。家に帰ってもお母さんがいました。でも、小学校はお母さんがむかえにきてくれません。家に帰ってもお母さんがいません。お仕事に行っています」
シロちゃんが赤ん坊だったころから、お母さんはお仕事を休んでいました。ずっとシロちゃんと一緒にいたのです。
シロちゃんが小学生になると、お母さんはお仕事に行くようになりました。
お父さんもお仕事です。
お父さんとお母さん、どちらかが帰ってくるまで、シロちゃんは一人でお留守番です。
「お父さんとお母さんは、シロちゃんが小学生になったから、お留守番もできると言います。シロちゃんも、お父さんとお母さんにめいわくをかけたくないので、お留守番をしています。本当はさみしいのですけど」
おじいさんは、シロちゃんがさみしがっていると言っていました。
「さみしいなら、やっぱり元気にする言葉をかけてあげないと。ぼくをシロちゃんとお話できるようにしてください」
「いいえ、それはできません」
シロちゃんとお話できるようになりたい。
クロがお願いしても、おじいさんはできないと言いました。
「じゃあ、このお店にあるものをください。シロちゃんにおくります」
「いいえ、それはできません」
お店にはおもちゃやお花があるので、シロちゃんにおくりたい。
クロがお願いしても、おじいさんはできないと言いました。
クロは、怒りたくなっています。
おじいさんは、おくりもの屋なのに、何もしてくれません。
「シロちゃんとお話できなくても、おもちゃやお花がなくても、クロ君にはその大きな体があります。シロちゃんを元気にしてあげられます」
「ぼくが?」
「シロちゃんへのおくりもの。それは、クロ君自身です。わたしに言えるのはこれだけ」
おじいさんは、それきり何も言ってくれなくなりました。
シロちゃんへのおくりものもくれません。クロがおくりものだと言っていましたが、どうすればいいのでしょう。
クロは家に帰りました。
もうすぐ、シロちゃんが学校から帰ってくる時間です。
クロは、庭にある犬小屋でシロちゃんを待っていました。
「ただいま」
玄関からシロちゃんの声がします。帰ってきたようです。
元気のない声であいさつしています。
お父さんもお母さんもいないので、「おかえり」と言ってもらえません。それがわかっているから、シロちゃんも元気がありません。
夜まで一人でお留守番になります。
クロは、庭で思いきりほえました。
いつものクロは、ほとんどほえません。だから、お父さんもお母さんもシロちゃんも、クロを優しいと言います。
でも、今日はほえます。シロちゃんに気づいてもらいたいのです。
クロの声を聞いて、シロちゃんが庭にやってきました。
「クロ、どうしたの? ほえちゃダメ。いい子にして」
シロちゃんに怒られてしまいました。
クロは、ほえるのをやめましたが、代わりに前足を動かします。シロちゃんに、こっちにおいでと言いたいのです。
「クロ?」
シロちゃんが近づいてきました。
クロが触れられる近さになったとき、前足でシロちゃんをそっとなでます。
クロは大きいので、シロちゃんにケガをさせるかもしれません。いつもはなるべく触れないのですが、今日は触れました。
元気を出して。
シロちゃんとお話できなくても、気持ちをいっぱい込めて、なでました。
「クロ……」
シロちゃんは、クロをぎゅっと抱きしめました。
クロのお腹に顔をくっつけています。
クロのお腹は、おじいさんのお腹みたいに大きくありません。
ただし、モフモフの毛があって、少し自慢です。
おじいさんは、モジャモジャのおひげと大きなお腹をなでていました。
あれは、クロへのヒントだったのかもしれません。
シロちゃんは、元気になってくれるでしょうか。
クロにはわかりませんが、おじいさんのおかげで、シロちゃんにおくりものができました。