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絆の星のアステリズム  作者: 赤月
24、ヴァージョンアップ・ファイト
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8、魔槍魔騎

 殴る、蹴る。殴って殴って殴って蹴って。隙が生じれば掴み、投げようとする。

 マルフィクの戦闘スタイルは至ってシンプルなステゴロであった。

 対する頼火もまたシンプルである。

 拳には拳をぶつけ、蹴りには蹴りで応じ、掴みかかろうとする手と取っ組み合って投げ返そうとする。

 両者共に戦闘スタイルが同じであり、そしてその実力は伯仲している。技量ではマルフィクのほうが上であり、事実ここまでの攻撃の応酬の中で先手を取っているのは常にマルフィクであった。しかし頼火には技量で劣りはしても、後手に回ってなお互角にまで押し返せるだけの膂力がある。

 二人の勝負は均衡していた。

 お互いともにこれという決め手のないまま、延々と同じことを繰り返すような状態が続いているのである。

 しかしアンカーはマルフィクの動きを観察してあることに気付いた。そして頼火に小声で言った。


『頼火、絶対にマルフィクと距離を置くんじゃないぞ』

「……わかったわ」


 元より頼火に遠距離攻撃の手段などない。故にわざわざ距離を置く必要はないのだがアンカーがそう忠告するという時点でそこに意味があるのだろうと考えた。

 などと考えているうちにマルフィクが手を止める。

 そしてバックステップして頼火と距離を置こうとしてきた。


「させないわよッ!!」


 頼火は前のめりになってマルフィクに迫る。

 しかし距離を置かれないことだけを念頭に置きすぎたために体勢が極端に前のめりになってしまい、カウンターのような形で放たれた前蹴りを肩に受けて怯み足が止まってしまった。


『サモンビースト――モノケイロス』


 マルフィクの背後に巨大な黒い、魔法陣のようなものが現れる。その中からはウマのいななきと共に灰色の毛並みを持った馬が現れた。

 しかしそれはただの馬ではない。その眉間に巨大なドリルのごとき銀色の角を持った馬である。


『ダークアームド――ストライクホーン!!』


 その馬、一角獣の体にマルフィクが触れる。すると一角獣は生物としての形を崩し、眉間のはそのままに全身を漆黒の槍へと変えていく。穂先は眉間に生えた、らせん状のドリルが如き角であり、その長さはマルフィクの身の丈を優に超えている。


「槍に変わった?」

『くそ……』


 アンカーの言っていたことの意味を頼火は理解した。

 マルフィクは武器使いなのである。素手以外に攻撃手段がほとんどなく、普段の戦闘であれば盾となってくれる射水も今はいない。形成は一気に頼火の不利へと傾いた。


『行くぞ』


 そう言うやいなや、マルフィクは一歩踏み込んで槍を突く。

 狙いは真っ直ぐ、頼火の喉元だ。

 右手に付けたシャイニング・エスカッシャンで防ぎはしたが、突きの衝撃まで抑えることはできない。頼火の体は仰向けになって大きく後ろへ飛んだ。


『上だ頼火!!』

「わかってる!!」


 体がまだ地面に落ちるよりも先にその真上へとマルフィクは跳びあがっている。

 再び狙うはその喉元だ。胴や腕、足などに狙いを定めればより的は大きくなって当てやすいだろうに、そんなことはつゆほども考えていない。狙うのはただ即死の一撃のみであり、それ以外は要らぬという妄執とも言うべき拘りの強さが垣間見えている。

 頼火に出来ることは一つ。

 喉元を守るべく、先ほどと同じように右手のシャイニング・エスカッシャンで首を守る。

 その動作はマルフィクの槍よりも早かった。

 にもかかわらずマルフィクは、守りの上から喉元に槍を放つ。

 すでに定めていた狙いを変えられなかったのではない。変える気が無かったのだ。


「か、はッ!!」


 今まで受けたこともないような鈍く思い衝撃が首元を走る。

 シャイニング・エスカッシャン越しに首を抑えられて地面に叩きつけられ、体の中にため込んでいた空気を一気に吐き出して悶えていた。


『そう簡単に首はやらねェってわけか。なるほどその盾、確かに堅いな。おまけにこっちの狙いはバレバレで……ああ、そりゃ確かに決まらねェだろうぜ』


 倒れている頼火を見て、それからマルフィクは踵を返した。

 手に持った槍をくるくると右手一本で弄びながら、口笛でも吹きそうなほどに陽気である。

 頼火から一定の距離を置き、そこでぴたりと足を止める。

 体を起こし、身構えながら頼火はその行動の意味を探っていた。


『ならば、これは耐えれるかァ?』


 再びマルフィクの背に魔法陣が現れる。


『サモンビースト――エルナーテ……ダークライド――チャージ・チャリオット!!』


 現れたのは漆黒の牛だった。

 しかしその大きさは現実の、頼火がイメージするようなそれらよりも二回りは大きい。そして、叫びとともにその背に戦車が現れた。

 マルフィクはその戦車に乗り、再び槍の穂先を頼火に向けて構える。


『宣言しておく。狙いは首だ。それ以外は狙わねェ。好きに守れよ。逃げたきゃ逃げろ』


 戦車を引く巨牛は荒々しく鼻を鳴らしており、それはバイクがエンジンをふかしている音に少し似ていた。


「ねえアンカー」

『なんだ?』

「あのマルフィクってやつ、たぶん……ってか絶対バカよね」

『だろうな』


 アンカーは即答した。

 これは駆け引きなどではない。狙うと言ったからには必ずマルフィクは頼火の首だけを狙うのだろう。


「でも、あれを止めるのって……」

『あんまいい手だとは思えないな』

「そうね。せめてあの牛だけなら止められるんだけど、その間に槍に狙われちゃうのよね」

『あ?』


 アンカーは冷静さを欠いて素の声で驚いた。

 しかし一方で、確かに頼火ならできそうだという気もしてきたのである。

 逃げたところで、あの牛よりも早く逃げられるという保証はない。マルフィクが呼び出した以上、それが普通の牛と同じと決めつけてかかることはできないだろう。背を向ければ背後からそのうなじを貫かれる可能性もある。


「なら、どうすればいいかしら?」

『そんなもん、お前が一番わかってるんじゃないのか?』

「どういう意味よ?」

『普段のお前らしくやればいいさ。お前は器用な性格じゃないからな。なら、何も考えず全力でまっすぐぶつかれよ。ただし狙うのは――』


 そしてアンカーが助言を終えると同時、巨牛が地を蹴った。

 真っ直ぐに穂先を向け、目にもとまらぬ速さでマルフィクが突撃してきた。


 ■■


 射水とフォザードもまた膠着状態となっていた。

 ただしそれは両者が互角という意味ではない。

 フォザードは何もせず、それどころか構えもせずにただじっと棒立ちになって射水を見ているだけで、戦闘の機微というものにそこまで聡いわけではない射水から見てもまるで戦意がないのが瞭然であった。

 フォザードは策士であり、正攻法で戦うよりも搦め手や特殊な術を用いて戦うタイプの敵である。

 そのことを嫌というほど知っている射水は最初、何かわなを仕掛けているとかと考えて慎重になっていたのだが、まるでそういう気配もないのである。


「……今度は何を企んでいるの、フォザード?」


 警戒心は緩めずに射水は訊いた。


『企む、ですか。これは心外ですね。私がいつも謀を張り巡らしているとでもお思いですか?』

「……違うの?」


 怪訝そうに首をひねる。射水はフォザードのことをそう思っていた。


『私はそんなに大した者ではありませんよ。私が策に頼り、謀を巡らせて暗躍しているのは、それしか能がないからですよ』

「あなたはそんな風に自分を謙遜するような性格だったかしら?」

『さて、どうでしたかね? 最近どうにも、矮小な自分というものがようやく視界に入るようになってきましてね。貴女には関係の無いことですよ』


 そう言って笑いながら、しかしフォザードはやはり何をするという様子もなくただ立っているのみであった。

 早くフォザードを倒して頼火のところに行きたい。その想いは確かに射水の中にあり、それが現状、最優先であるとも頭ではわかっている。

 しかし射水の気質というべきか、ここまで敵意のかけらもない相手を前に自分から攻勢に出るということがなかなかできないのであった。


『どうしました? 攻撃してこないのですか?』


 フォザードは、彼にしては珍しく純粋に不思議そうな声で訊いた。

 煽ったり、挑発しているという感じがない。だから射水は余計に困惑してしまった。


「だ、だって……。あなたのほうこそ何もしてこないじゃない。いつもみたいにこう…………なんかしてきてくれればこっちだって容赦なく蹴り飛ばせるのに」

「龍波、お前ってその、見た目に似合わず物そ…………アグレッシブなんだな。もしかして普段、学校じゃ猫かぶってるのか?」


 学校では大人しくてどちらかと言えばマイペースで通っているのが普段の射水である。その射水からは想像もつかないような言葉が飛び出してきて満は、面食らって顔をゆがめていた。


「ち、違うわよ。これはそのなんていうか……ほら、アレよあれ」

「どれだ?」


 思わず射水はフォザードから視線を切り、真っ赤になって手をばたばたと振り回しながら否定の言葉を探していた。しかし誤解を解きたいという想いが走って必死なせいか言葉がうまく出てこないらしい。

 満は前に凜に、射水は周囲が思っているよりもなんというか、アレですわ、などと言われたことを思い出していた。その言葉の意味も、凜が言いにくそうに誤魔化していたのも今ならわかる気がするのである。


『もしかしてセイトーボウエーってやつじゃないの?』


 見かねたのかアルタイスが助言をした。

 射水は我が意を得たりといった顔をして、


「そうよ。それだわ!!」


 と嬉しそうに言った。


『ご歓談は終わりましたか?』

「『あ……』」


 そこでフォザードに声をかけられて、射水はようやく今の状況を思い出した。

 フォザードは呆れたように肩をすくめて、射水たちに背を向けた。


『興が削がれました。今回は帰らせていただきますよ』

「え? か、帰っちゃうの?」

『ええ。まあ、これが今生の別れとなるかもしれませんがね』


 去ろうとする足を止めてフォザードは物騒なことを言った。


「それは……もう悪いことはしないから私たちと関わることはないって意味じゃない、わよね?」

『貴女の頭はだいぶ楽天的にできているようですね』

「なあ龍波。その……普通に考えて、お前がさっきのあの……脳筋に負けるからって意味だと思うんだが?」


 満がおずおずと言った。

 しかしフォザードは静かに首を振る。


『いいえ。貴女たちであれば彼一人に負けはしないでしょう。私が最後と言ったのは――』


 そして。

 フォザードは最後に一つだけ、ともすれば頼火と射水への警告ともとれる言葉を口にした。

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