5、バンドやろうよ
メリークリスマス!! 内容はまったくクリスマス関係ありませんが←
「姶良さん、今日のお弁当は何?」
「ん、今日はねー、オムライス。朝ちょっと寝坊して時間なくてさ」
「寝坊して時間なくてもオムライス作ってくるあたりが流石よね、真紀」
頼火にほめられて真紀は照れくさそうに笑う。
ちなみに真紀が机に取り出したオムライスはたっぷりタッパー二つ分はあるのだが、真紀にとってはこれでも手抜きの部類に入るらしい。
「本当はもうちょっとほしかったんだけどね」
「……相変わらず、すごい食事量ね」
真紀の食べっぷりにまだ耐性のない射水はさらりと言われて苦笑いを浮かべていたが頼火と満にとってはいつものことであった。
射水はじーっと、自分の手元にある弁当箱を見つめる。
それはありふれた、普通の女子中学生サイズの弁当箱だった。
「いーちゃんって小食なの?」
「まあ確かに、あまり食べるほうではないけれど……」
「ねえ真紀。そりゃ射水は確かにあんまり食べるほうじゃないけど、それでも真紀にだけは言われたくないと思うわよ」
「なんで!?」
目を点にして驚いている真紀を眺めながら射水はどちらのフォローをすればいいのかわからず困り果てていた。
真紀は自分が大食いだという自覚はあるが、その程度の認識が正しくないのだ。
「……お弁当、明日からもう少し多くしてもらおうかしら?」
「やめなさい射水!! 真紀のいうことはね、ご飯関係のことは聞き流していいのよ!!」
「ちょっと頼火ちゃんひどくない!?」
「ひどくない!!」
頼火は即答した。
「実際、真紀ってなんでそんな食べれるの? 全然太らないのも不思議だけど、それ以前によく胃に入るわね」
「ふっふーん、なんせ私の胃の中にはブラックホールが埋まっているからね。おいしい物なら無限に食べられるよ」
「お腹の中に……ブラックホール?」
「埋まってるかそんなもん!!」
真紀の言葉を真に受ける射水と全力のツッコミをいれる頼火。
三人の掛け合いはまるで台本があるかのごとくすらすらと繰り広げられていた。
「……漫才のようですわね」
もう夏だと言うのに凜はポットにいれてきた暖かい緑茶を飲みながらその様子を茫然と眺めている。
隣にいる満も同じようにぼーっとしながら、しかしその視線はどこか頼火と射水にばかり焦点が当たっている。
「高丘さん?」
「ん、あぁ……なんだよ委員長?」
凜に声を掛けられて満は、それまで頭の中で考え事を巡らせていたのをやめて意識を現実に戻す。
「まだ慣れませんか?」
さっきまで弁当の話で盛り上がってはずが何故かUFOの話題に変わっている三人に目線をやりながら凜は小声で話す。
慣れないか、というのは当然、頼火と射水が仲良く話してる光景についてだ。
「あぁ、正直な。私も真紀を見習わなきゃ」
「姶良さんもかなり極端なほうだとは思いますが……」
真紀は昨日は二人と同じように、頼火と射水にどう接していいかわからなさそうだった。
しかし一日経って、頼火に弁当を一緒に食べようと誘われればものの十秒ほどで順応してしまったのである。
同じく誘われた満と凜は席をくっつけはしたものの、なんとも居心地が悪そうにしていた。
満は弁当という名のゼリー飲料のパックをくわえ、目を細めながら二人を見つめている。
「顔、怖いですわよ」
「……悪い」
つん、と凜が満の眉間に人差し指を当てる。
人相が悪い自覚はあった。表情が怖いとよく言われる。
しかし凜が指摘したのはそういうことではない。
「まあ、慣れるしかありませんわね。案外と、私たちも数日すればあんな風になっているかもしれませんわよ」
凜はまだ戸惑っているようではあったが満ほど、どう接していいかわからないという風ではない。
満も、二人が仲良くしていること自体には実はほとんど違和感がなかった。
ただ一つ、満の中で生まれた疑念がずっと心の中にひっかかって落ち着かないでいるのだ。
(あの二人がヒーロー……だったら、どうなんだって話だよ)
別に二人が何をしていてもいいではないか。
言いたくないことや、言えない事情だってあるだろう。
二人のやっている何かについて、何も知らないのは初めからそうだった。
射水から何かを誘われた。断ったけれど、それでよかったのかわからない。頼火からそんな曖昧な相談をされた時、何もわからないままに頼火の背中を押したのは満と真紀だ。別にその時は二人が何をしていてもいいと思っていたし、それが何であっても満と頼火との関係は変わらないとも思っていた。
現実に、別に頼火の満への接し方が何か変わったわけではない。
しかしどこか落ち着かない。
胸に降ってわいた疑問の真偽を正さないといつまでももやもやとする。
それが満の本心だった。
「ねえ、やろうよみっちゃん!!」
「……は?」
真紀が急に満の手を取っていた。その目を子供のようにキラキラと輝かせて。
満は知っている。
真紀がこんな目をしている時はたいてい、素っ頓狂で予想外な、何がどう転んでそうなったというツッコミしか出てこないようなことを言い出すのだと。
「文化祭にここにいる五人でバンドやろう!!」
「何がどう転んでそうなったッ!!」
「いいですわね、バンド。なら私は大和琴をやりますわ」
「「やる方向かッ!?」」
凜からの予想外の提案に頼火と満は同時に叫ぶ。
この話は元はと言えば頼火たちの話の中で浮かび上がったことなのだが頼火は満よろしく、話の流れにまったくついていけていなかった。
そもそもは真紀が思い出したように、
「頼火ちゃんといーちゃんってバンドやってるの?」
などと訊いたところ射水が、
「バンド、やってみたいわね」
などと何故か言い出したところから雪だるま式に話が膨れ上がり、気が付けばこんなことになっていたのである。
なお射水のキーボードと真紀のドラムは内定済みであった。
そしてそこに凜の箏が追加されたのである。
「箏……いいね、いいよ委員長。ロックだ、一周回ってロックだよ!!」
「ロック……。これがロックなのね姶良さん!!」
「ロックって言えばなんでもいいと思うなよ真紀……。あと龍波はなんで真紀のいうことをそんななんでもかんでも信じるんだよ!!」
何かがツボにはいったらしく凜の手を掴んで踊り出しそうな真紀。その横で何かに目覚めたように両手を合わせてにこにこしている射水。どこか別世界にいるような二人を見て満はがっくりと肩を落とす。
こういう時の真紀の行動力はすさまじいものがあった。これはきっとやる羽目になるのだろうなと諦め乍ら満は残りのゼリーを一気に口に含んだ。
「……ところで満。昼ご飯、それだけ?」
「なんだよ、悪いか?」
「いや……お腹減らないの?」
「別に」
「せっかくの成長期なのに……」
「…………これ以上はいらない」
もしかして背が高いことを気にしているのだろうかと思いながら、頼火は自分の弁当の残りをかきこんだ。
■■
「頼火って楽器の演奏できるの?」
「やったことないわね」
放課後。
特に部活をやっていない頼火と射水は途中まで一緒に帰ることにした。
二人は真紀の提案した、文化祭でバンドをやるという話を真剣に考え始めていた。
「楽器、なんか練習しよっかな」
「ボーカルっていうのもありだと思うわよ」
「でもなんか、楽器の演奏ってちょっと憧れるのよね」
頼火は音楽を聴くのは好きだが自分でやるほうはまったくだった。
しかしやってみたいという気持ちはある。これを機会に何か始めるのもいいかもしれないなどと考えていた。
「そういえばアストラルの音楽ってどんなのなの?」
射水はふと疑問に思って、相棒であるアルタイスに訊いた。
射水のポケットから幼い女の子の声が返ってくる。
『あんまりプリミティブとかわらないと思うよー。でも音楽ってこっちじゃ戦いの時とお祭りの時くらいしか演奏しないから、プリミティブっていいな~って』
「普段は音楽を聴いたりしないの?」
『そもそも、ほら……CDみたいに気軽に音楽を聴けるものがないからさ。演奏ばっかりだし、高いから王族とか貴族の人じゃないとまず手にする機会がないんだよね』
「……なんていうか、アストラルってそのあたり結構シビアよね」
アストラルの文化水準は中世から近世くらいという認識が頼火の中でいっそう強まった。
『あ、でも前に私のいた施設にアルゲディの楽団が来たことがあってね。みんな喜んでたよ。お祭りじゃないのに音楽が聴ける!! って』
「「アルゲディ?」」
『うん。十二旅団の団の一つなんだけど、そこには楽団があるんだ。それでたまに民間の……コンサートっていうのかな? そんな感じのことをやってるの』
アルタイスはその時のことを思い出してテンションがあがっているらしく饒舌だった。
一方で頼火の相棒であるアンカーは一言もしゃべっていない。
頼火が気になって声を掛けてみると、
『なあ頼火、射水。なんかお前らつけられてるぞ』
とつとめて低い声で言った。
その言葉に二人は顔を引き締める。
アンカーは職業軍人であり、戦闘に関することやこういった勘がこの中では一番鋭い。そのアンカーが言うのであれば間違いはないだろう。
「……奈落の使徒の奴ら?」
「だとしたらフォザードよね、絶対」
射水は決めつけた。
二人の知っている奈落の使徒の中で、アルネロスは決してそういった姑息なことをするような性格ではないので消去法でそうなるのも仕方のないことなのだが。
『いや、奈落の使徒じゃない』
「じゃあなんなの?」
『お前らのクラスメイトだぞ。高丘ってやつだ』
「「はい?」」
頼火と射水は揃って首をひねった。
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