4、満の直感
頼火の腕につけている銀色のブレスレッドが言葉を放つ。
それは異世界・アストラルの戦士であるほうおう座の男性、アンカーが変化した姿だ。
「災難っていうか……あれ、元をただせば射水のせいだもん!!」
『でもあれは射水なりのやさしさだと思うぜ、俺は』
「それは……わかってるわよ、そんなこと!!」
頼火は拗ねたように頬を膨らませる。
年上であることもあってアンカーはそんな頼火を呆れたように、そして優しく諭すように言った。
『だから言わなかったのか? お前と射水があの時のヒーローですってのも』
「それは……」
頼火は言いにくそうにして口を曲げた。
頼火と射水がやっていること。それはアストラルから来た戦士、このアンカーと射水の相棒であるアルタイスとともに変身ヒーローとして、奈落の使徒と呼ばれる存在と戦っているということだった。
普通であれば、言っても信じてもらえなさそうなほどに突飛で非現実的なことではある。しかし満は一度、変身したあとの二人と会い、話しているのだ。
「まあ、恥ずかしいってのはあるわよ。だけど……これ以上、心配とか不安とかかけたくないのよ」
『その気持ちはわかるぜ。そりゃお前の好きにすればいいさ』
アンカーは特にそのあたりのことに口を出すつもりはないようである。
特段、言っておかなければいけないことというわけでもないのもまた事実なのだ。
「まあ、言うつもりはないわ。物騒なことに巻き込みたくないってのもあるし……それにさ」
『それに、何だよ?』
「変身ヒーローってのは正体不明ってのが昔からのお約束でしょ?」
頼火はいたって真面目な顔で、とても爽やかな声で言った。
無理をしているという感じがまったくしないので、素で言っているのだろうとアンカーは大きなため息をつく。
『最近は割と普通に襲われてる人の前で変身したり、正体バレ回ってのがあったりもするんだろ?』
「…………アンタ、なんでそんな最近の特撮事情なんて知ってるのよ?」
アンカーは異世界人である。
しかしこの世界――アストラルの彼らはプリミティブと呼んでいるが、そこにとても順応しているのである。
普通にアルバイトをし、料理をして、果ては携帯電話まで持っていて当たり前のようにその機能を使いこなしているのだ。
アストラルの文化水準は話を聞く限り、日本で言うところの中世から近世くらいのところで止まっているようなのによく三か月やそこらでここまで馴染むものだと頼火はいっそ感心していた。
しかし、
『特撮に関してはお前がいっつも日曜に観てるからだろうが』
とアンカーは平然と言った。
確かに頼火が日曜の朝に特撮番組を見ているのは事実でアンカーもその場にいることが多いが、アンカーは興味もなく、内容もわかっていないものと頼火は勝手に思い込んでいた。
「まぁ……うん、満には言わないわ。それよりも早く帰りましょう。私もうお腹ぺっこぺこ」
満にすべてを打ち明けたことで胸のつかえがとれたのか、頼火の足取りは軽い。
思い切り両手を伸ばしながらスキップでもしそうな勢いで家路へとつく。
■■
満の家、満の部屋で。
満はとてもご機嫌だった。
頼火と射水が仲良くなったこと。そしてそのことを頼火が自分に打ち明けてくれたことが嬉しかったのだ。
しかし同時に、少しだけもやもやとする感情があるのも事実だった。
「朝見たとき……頼火と龍波、なんかすごい息ぴったりっていうか、ツーカーって言うか……。仲、良さそうだったよな」
それは頼火を射水に取られてしまうかもしれないという嫉妬だ。
ただしそれはそこまで深刻なものではなく、下の兄弟が出来たときに兄や姉になった子供が親を取られたと思ってしまうようなかわいらしいものであった。
射水のことは満も嫌いではない。人間としてなら間違いなく好きの部類にはいる。
だから、普通にうまくやっていけるだろうとも思っていた。
(だけど……ついこないだまであんなだったのに、何やったらあんな風に仲良くなれるんだ?)
満は二人が何かをやっていることは知っていた。
しかしそれが何であるのかは、結局頼火は話してくれなかった。
前に射水に訊いたときは、悪いことはしていないという曖昧な答えだった。元より二人がそんなことをするなどとは発想すら起きない満からすればそれは当然のことだが、それでいて二人が仲良くなった今でも話せないこととなれば気になるのも無理はない。
「……しかし、二人で何かやってるのか。二人、二人――」
なんとなく口に出して、満はふと、前に自分を助けてくれた二人のヒーローのことを思い出す。
赤と青の少女たちだった。
赤の彼女は不愛想で、青の彼女は穏やかそうだったのを思い出す。あの時の言葉は今も満の中に残っていた。
その時の言葉を思い返してみて、満は思う。
よくよく考えれば、振る舞いがどことなく頼火と射水に似ていたように今さらながら思えてきた。
(いやいや、さすがにいくらなんでもそれは……)
突拍子もなさすぎると頭の中で否定しようにも、現実に満は彼女たちと対面しているのだ
それに、赤いヒーロー、フェニックス・ブレイズと話したとき、頼火に嫌われているかもしれないという憶測を述べたときに彼女はまるで自分のことのようにその言葉を否定した。
まさかと思いながら満はあの時のことをより詳細に思い出そうとする。
そして満は一つ、重大なことを思いだした。
(…………そういやあの時にブレイズ、私のこと満って呼ばなかったっけ?)
最初は安易な発想だったが考えて思い出していくうちに段々と満は笑えなくなってきた。
「まさか本当に……あの二人が?」
その疑問は満の中で強まっていった。
実際、それは真実であり二人はそれほど隠し事がうまいわけではないので仕方ないことではあるが。
■■
奈落の使徒の拠点。
薄暗く、だだっ広い地平にごつごつとした岩が並んでいるだけのいたって殺風景な場所である。
そこに一人の人物がいた。
能楽で使われるような白い狐のような獣人的な顔をしており、真っ黒なローブを身に纏った者である。
彼の名はフォザード。奈落の使徒の一人である。
かつてこの場所には他にも二人の奈落の使徒がいた。しかし今は二人ともいない。
『テリオンは離脱し、アルネロス殿はラスコルの剣が治るまでの間、鍛錬場に深く潜って出てこない。諸行無常というやつですかね?』
フォザードにはこの場にいない二人に対して特に仲間意識のようなものがあるわけではない。
しかし、移り変わっていくということに対して何も思わないわけではなかった。
『よォ、シケた面してるな。狐野郎』
そこにいたのはフォザードの見知らぬ男だった。
ゆったりとして身軽そうな赤い衣服を身に纏った男である。褐色の肌に錆びたような赤茶けた長髪の男である。見た目は普通の人間と変わらない。
『貴方は?』
『俺の名はマルフィク。サビクと同じ、ラサルハグウェ様の部下だ』
傲岸な口調だった。
ラサルハグウェとはまた奈落の使徒の一人であるが今はここにいない。しかしその部下であると名乗ったマルフィクという男はそのことを特に気にもしていないようである。
『団長殿のご不在はいつものことだが、奈落の使徒ってこんなに少なかったか?』
『こちらにも色々と事情がありましてね。今は私一人です』
律儀に受け答えしたフォザードに、マルフィクは興味のなさそうな反応を示した。
『ま、俺にも団長殿にも関係はないか。それじゃ俺もちょっと出かけるわ』
『出かけるとは、どちらへ?』
『決まっているだろう?』
さも当然と言った表情でマルフィクはにやりと笑った。
『アストラルの戦士たちと戦いにさ。そうでなければこんなところにわざわざこないぜ。暗躍なぞ団長殿とサビクがいれば事足りるからな』
そう言ってマルフィクは消えていった。
フォザードは確かに、サビク――ラサルハグウェのもう一人の部下である彼女とは違う気質の相手だと思った。
サビクは魔術師であり、大人しく、そして陰湿だ。音もたてずに獲物の首筋に巻き付いて、知らぬ間にかみ殺しているような怜悧な存在である。
しかしマルフィクは全体的に陽気だ。
陰湿さというものと無縁なのである。
そういう意味ではラサルハグウェの部下らしいとも言えた。
ラサルハグウェという男はフォザードからすればつかみどころがなく、マルフィクの言うように暗躍が主ではあるがその性質は陰陽で表すなら間違いなく陽であり、表裏というものがない。何を考えているかわからず、信用できない相手ではあるが、しかし不誠実ではない。
マルフィクの性質は間違いなく陽だ。
『……今はこれといって差し迫ったやるべきこともありませんし、お手並み拝見といきましょうかね』
フォザードは手持ち無沙汰であった。
この無聊を慰めるべく、フォザードもまたこの場を後にした。