3、頼火と射水の事情
「ったく久津って本当に容赦ないわね」
久しぶりに参加したサッカー部の練習はさんざんだった。
体を動かすのは好きだし、サッカーも嫌いじゃない。
だけどそれを差し引いても、久津の汲んだ練習メニューはめちゃくちゃきつかった。
「まぁあいつはサッカー馬鹿だからな。これでもちゃんと私が抑えてるんだぞ? 薫の組む練習メニューって、薫がへとへとになるのが前提ってレベルだからな」
「うげぇ……」
今日の練習が終わった時には私と一年生ズはへとへとになって、暫くは立ち上がることもできなかった。
それに比べて久津と満は普通そうだったし、なんなら久津はまだ残って自主練をしてからランニングで家まで帰るって言ってたわね。
確か久津の家は山のほうにあって、本来ならチャリツー可能な距離らしい。だけど久津はトレーニングだからって言って毎日走って来て走って帰るらしい。
よくやると思うわ、実際。
「オーバーワークとか大丈夫なわけ? ただツラくすればいいってわけじゃないのは満も知ってるでしょ?」
「わかってるよ。私はな」
「久津は?」
「…………わかってない気がする」
あのサッカー部って今、満がいるからもってるんだなと強く思う。
まだ中学生なんだから昔みたいにやたらと根性論でひたすらに練習すれば実力があがるなんてやり方は古いし、効率が悪い。そんなことをしていたらいずれ体を壊すのが落ちだわ。
「練習量は薫が提案したのよりもだいぶセーブしてるし、週に一回は絶対に休みの日も作ってる。じゃないと一年たちが今に倒れるからな」
「後輩の心配もいいけど、久津のことも少しは見といてあげなさいよ。運動量聞いてるかぎり、いつか膝とか壊しそうで怖いんだけど」
「……でもあいつ、そのへん、あんま私のいうこと聞かないしな」
満はうんざりとした様子で肩を落とす。たぶんもう何度も久津には言ったのだろう。だけど久津は一向に耳を貸さない。そんなところだろうか?
そして私には久津の気持ちもわかるから何とも言えない。
一度夢中になってしまうと、そのままどこまでもいけそうな気がするのだ。ガムシャラになって必死になって前だけ見ていると、周囲の声とか客観的な自分の状態とかをシャットアウトしてしまって視野が狭くなる。そして気づいたときには取り返しのつかない状態になっている。
「一種の中毒ね」
「まったくだ。先輩たちがいた時からあんな感じだったからな。それでも少しはマシになったほうなんだよ」
やれやれといった様子でため息をつく満。
二年生で最年長ってのは、上に気を遣わなくていいぶん、上がやってくれる面倒事を全部やらなきゃいけないからそれはそれで大変よね。そういう意味なら満も久津もよくやっていると素直に感心するわ。
「ところで頼火。なんか私に話があったんじゃないのか?」
満に言われて私は思わず視線を逸らした。
いや、言わなきゃいけないのはわかっているし、ここに及んで逃げるつもりもない。
だけどどうにも、いざ改まって話すとなると勇気がいることには違いないので、私は一度大きく深呼吸をして息を整えた。
「あのね、その……」
「龍波のことだろ、どうせ」
そしていざ言おうとした内容を満はあっさりと言ってしまった。
「んな不思議そうな顔するなよ。つーかそれしかないだろ」
いや、まぁうん。
言われてみれば確かにそうね。
「あー、うん。そうなの。実はね、私……射水と友達になったんだ」
バツが悪くなって、どうにか出てきた言葉がそれだった。
我ながらあまりにもひねりがないとは思うけど、他にどう説明していいのかわからなかったんだもん。
「見りゃわかるさ。私も委員長も、最初に見たときには目を疑ったさ」
「……まぁそうよね」
満に射水への関わり方を初めて相談してからおよそ三か月。
その間の、ずっと射水とぎくしゃくしていた時のことを思い出して私自身、改めて思うもの。よく私、ちゃんと射水と友達になれたなって。だって絶対に私は射水に心を開けないと思っていたもの。
当事者である私でさえこんな有り様なのだから傍でそれをずっと見ていた満にはわけがわからないと思う。
「ま、でもよかったじゃん。そりゃ困惑はするけど、別に悪いことじゃないしな。というかちょっと安心したよ」
それでも満はこんな言葉を私にくれた。
満は本当にすごいと思う。さらりとそう言える人ってたぶんなかなかいないだろうし。
満にとってそれは当たり前のことみたいだけど、私はそれを当たり前だと思っちゃダメだってのはわかってる。
だから――。
「うん。それで、さ。私がなんで射水に今まであんな感じだったかって、満にだけは話しておくわ」
「いいのか? 別に私は……いや、興味ないって言ったらさすがに嘘になるけどさ」
「いいわ。これは……半分くらいは私の納得の問題だから。射水にも話すよって言ってあるから大丈夫」
「じゃあ聞かせてもらおうか」
少しだけ息を吸って、大きく吐く。
覚悟を決めて、意を決して告げる。
「私のパパの仕事がなんだったかって、満も知ってたわよね?」
「……それは、頼護さんの、ってことだよな?」
「うん」
私には父親が二人いる。
実の父親が赤羽頼護で、今の……ママと再婚したお父さんが鴻陸。
「確か、レスキュー隊員だったっけ?」
「うん。それでさ、パパが仕事中に死んだのも知ってるでしょ?」
「ああ。確か、山火事かなんかの救助の最中に……だったか?」
「うん。その山火事の時にね……パパが助けた人が、射水なの」
「…………」
普段、私には変な気兼ねをしない満でもさすがにこれには絶句していた。
実際、いきなりこんなことを言われればなんて返せばいいかなんてわからないと思う。
「私はたぶんずっと射水のことが……心の奥で憎かったんだと思うわ。射水はまったく悪くないってわかった上でね」
「……そうか」
「だけど、この三か月くらいの間で、射水といろいろなことがあったの。射水と一緒に過ごして、射水に助けられたりして……あらためて、自分の醜いところやどうしようもなくダメなところを見つめ直して――乗り越えることができた」
「いろいろなこと……?」
「それは……まぁ、いろいろよ」
不審がる満に、私はそこだけは露骨に誤魔化して話題を戻す。
「けどね……私がそれを乗り越えられたのは、私一人の力じゃないし、射水のおかげだけでもない。満が今まで、私のことを気に掛けてくれていたからよ」
「……一回は絶交したけどな」
少し意地の悪い感じで満は言った。
確かにあったけどさ。半年くらい。それもまぁまぁガチめのやつが。
「……それでも、また昔みたいに話してくれるようになったじゃない」
「いや、まぁそりゃ……だって、さ」
「だって、何?」
満は少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……私の一番は、その…………なんだかんだ言っても、頼火なんだなってあのとき思ったんだよ」
「…………うわぁ」
なんとなく方向性としての予想はしていたけれど、実際に出てきた言葉が思った以上に重かったので私はこう……なんていうか、正直ちょっと反応に困った。
当の満は顔を真っ赤にして背を向けながら私にまくしたててくるし。
「うっさいな、馬鹿。しょうがないだろ、だってずっと昔から……本当の姉妹みたいに接してきたんだからさ」
「そうね。ありがとう、みちねえ」
生まれたころから親同士が仲良くて、だから私たちも自然と仲良しになった。
いろんなところに一緒に遊びに行って、互いに遠慮というものがほとんどなくて。
ある時、子供のたわむれにお互いの誕生日を比べてみて、満のほうが誕生日が早かったから、じゃあ頼火を私の妹にしてやるなんて言って……それからしばらく、私は満のことを今みたいに呼んでいた。
「懐かしいな、その呼び方」
「いいでしょ、たまには。実際、私は満に迷惑とか心配かけることのほうが多いんだしさ。甘えきって依存するつもりはないけど、でも……お姉ちゃんってこんな感じなのかなって。別にいいでしょ? 私、家じゃお姉ちゃんなんだからさ。たまには下になりたいのよ」
「まぁ……私も家じゃ妹だから気持ちはわかるけどさ。でも、なあ頼火……」
「ん、何?」
「…………いや、いいや別に」
満は何かを言おうとして言い淀んだ。
気にはなるけれど、満がいいって言うなら私はそれ以上は追求しないことにした。
「だけど、ありがとな頼火。ちゃんと話してくれて。乗り越えたっていってもあまり気分がいい話じゃなかっただろ?」
満は私を気遣ってくれていた。
何せパパが死んでから暫くの間は、私が一番精神的に不安定な時期で、満はそのときの私がどんな風だったかを知っている。
「……まあ、いまだに思い出すとしんどいのは同じよ。だけど、向き合い方は少し変わったわ」
「それも、龍波のおかげか?」
「射水や、満のおかげよ」
少し拗ねたようにふて腐れる満に精一杯の笑顔を向ける。
私の心はとても弱くて、そしてもろい。だけど色々な人たちがその度に私に手を差し伸べてくれるから私はこうしていられるんだって強く思う。
「そういう風に言われると悪い気はしないな」
「だってそれが私の本音だもん」
「……あの人の言葉どおりだったな」
「あの人?」
満は普段は遠回しなこととかはあまり言わないのに、何故か少しだけ含みを持たせるような、あの人、なんて言い方をした。
満は一体、誰に何を言われたのかしら?
「前にさ……ちょっと悩んでるときに相談にのってもらってさ。私は頼火に、実はうざがられてるんじゃないか、って。だけどその人はそんなことないって言ってくれた。私の気持ちは頼火にちゃんと届いてるよ、って」
「…………」
「そしていつか、頼火からありがとうって言ってもらえるよって。全部、本当になった」
「…………そ、そうね。うん、本当に、ありがとう」
話しながら私は、背筋をだらだらと嫌な汗が流れるのが止まらなかった。
これは決して夕暮れの暑さのせいでも練習の熱がまだ体に残っているからでもない。
「じゃあな、頼火。また明日。明日は龍波も一緒に昼飯食べようぜ」
「そ、そうね。また明日」
軽く満に手を振って別れた。
遠のく満の姿が完全に見えなくなってから、私は糸が切れたように地面にへたり込む。
『最後の最後に災難だったな、頼火』
私の……ポケットにはいっている銀色のブレスレッドから声がする。
若い男の人みたいな声の主――異世界、アストラルの住人であり私の相棒であり……私と射水がやっているいろいろの、まぁはじまりみたいな奴。アンカーだ。
今回頼火が話した内容は前作で頼火がずっと葛藤してたことですねー。
感想など何かあれば是非お願いします。