1、他愛なくも暖かい夢
アステリズム、連載再開です。前作の投稿日が去年の12月6日だったのでほぼ一年ですね。またよろしくお願いします!!
ちなみに章タイトルが24なのは前作の続きだということを強調するためです(前作は23話までありました)。このタイトルも分かる人にはわかるネタ(ってかそのまま)になってます
「ねえパパ。私、大きくなったら野球選手になる」
「野球選手か。いい夢じゃないか。ポジションはどこがいいんだい?」
「んとねー。ピッチャー。エースになっていっぱい三振取るんだ!!」
「いいんじゃないかい? でも、そのためにはいっぱい練習しなきゃいけないね」
「うん。だから私、頑張る。それでね、プロ野球選手になったらパパに私のサインボールをあげるの」
「それは……今から一つ、頼火が大人になった時の楽しみが増えたな」
「うん。楽しみにしてて。絶対、ぜーったいに、なってみせるからさ!!」
■■
鳴り響く目覚まし時計の音を聞いて、私、鴻頼火は目を覚ます。
ついさっきまで夢を見ていた。
他愛ない夢だ。
昔、パパと河原でキャッチボールをしたときのこと。
それは別に、特別な日でもなんでもなかった。たまたまパパがお休みで、なんとなく将来の夢とかそういう話になって。
今の今まで、忘れていたようなことだった。
いつ以来だろうか、パパとの幸せな夢を見るのは。
今までパパのことを思い出して見る夢はいつも悪夢だった。最後には必ず、パパが消えてしまって、その影を追いながら目が覚める。
ただ楽しいだけの夢なんて、パパが死んでからはほとんど見ていない。
理由ははっきりわかる。
だって――ただ楽しいだけの夢のほうが、よほど辛いからだ。
パパが死んですぐに一度だけそんな夢を見た。
幸せな気分で目が覚めて…その時、パパが死んでしまったのだということを忘れていたのだ。
何気なく布団から抜け出して、リビングにいけば当たり前のようにそこにパパがいると思っていた。それを疑わなかった。
そして……それはもはや当たり前ではないと気づいて、苦しくて苦しくてたまらなくなるのだ。
夢が幸せであればあるだけ、現実が苦しくなる。
ならば夢の中で苦しんでおくほうが、目覚めが少し悪くても、それ以上は苦しむことがない。きっと、今まで私はそう思っていたのだろう。
だけど今、私の心は自分でも驚くほどに穏やかだ。
悲しいとか辛いとか寂しいとか、そういうことをまったく思わない。
ただ、懐かしくて愛しくて、私の記憶の中で輝いている大事な宝物の一つだと素直に思える。
「乗り越えられた……のかな?」
呟いてみても答えはない。
それに答えられるのは私しかいないからだ。
だから……どうなのかはわからないけれど、少なくとも、変わってきているんだとは思う。
楽しかった時間を、ただ純粋に楽しかったと思い出せる。
当たり前のことのようだけど、それができるようになったということは私にはとても大きい一歩なのだ。
なんだか今、私は無性に彼女に会いたい。そしてこのことを伝えたいと思うのだ。
私の相棒で、何度も共に困難を乗り越えてきたクラスメイト――龍波射水に。
■■
そして時間は朝の登校中へと進む。
頼火は射水とともに学校へと向かっていた。
季節は六月下旬。梅雨は明け、もうすっかり夏であった。うだるような暑さは朝であっても容赦なくおそってくる。それでも日中よりは幾分かましだが、暑いことに違いはない。
「暑いわね。私、夏って嫌い。射水は?」
「私はけっこう好きよ。暑いのは得意じゃないけれど、それでもちゃんと季節が巡ってるんだなって思えるもの」
「それ、別に夏に限った話じゃないわよね?」
「まぁね」
頼火は両手をだらりとさげながらのそのそと歩いている。
つい数日まで雨続きだったせいだろう。急に夏の気温になったため、まだ体が季節の変化に追いついていっていないのだ。
射水はまだ知らぬことだが、もう数日もすれば頼火は人が変わったように元気になり、夏が好きだのテンションがあがるだの夏休みが待ち遠しいだの、今のような態度が嘘のように吹き飛んでしまうのだ。
「まあでも……確かに暑いわね。アイス食べたい」
「いいわねアイス。今度、一緒に食べに行かない?」
「それもいいけど、私は今食べたいの!!」
子供のように駄駄をこねる頼火を射水はほほえましそうに眺めている。
どこにでもいるような中学生らしいやりとりだった。いささか、頼火の発言が子供っぽい気もするが。
少なくとも、傍から見れば仲のいい友人同士の会話であることに違いない。実際に二人は友達同士であり、仲がいいのも事実である。
しかしある一部の人間にとっては、この光景はとても奇妙なものだった。
「なぁ委員長……。私、なんかまだ寝ぼけてるのかもしれない」
「白昼夢、というものでしょうか? 今、射水さんと鴻さんがすごく和気藹々と歩いていたような気がするのですが」
165cmという高身長に威圧するような釣り目が特徴的な頼火の幼馴染、高丘満。
肩まで届くという綺麗な黒髪が特徴的な、大和撫子という言葉が似合いそうな美人で、射水や頼火、満たちのクラスの学級委員長、高尾凜。
朝の通学路で偶然会い、そのまま一緒に登校していた二人は頼火と射水が歩いている光景を遠目に見て目を丸くしていた。
「ほほえましい光景、だよな?」
「ほほえましい光景、だと思いますが……」
「喜ばしいこと、だよな?」
「ええ。それは疑いようのないことではありますが――」
状況が理解できていない満と、その言葉にふわふわとした相槌を打つことしかできない凜。
しかしそれは当然の反応であった。
つい先日まで頼火と射水の関係とは、決して今のように気さくに笑い合えるようなものではなかった。その関係は目に見えてぎくしゃくとしていた。
正確に言えば、射水はずっと頼火と仲良くしたいと積極的に話しかけていたのだが頼火はとある理由からずっと射水に心を開けずにいたのである。そんなことが続くうちに二人の関係は螺旋のようにねじ曲がって、ついには一度、教室で激しい言い合いになって暴力沙汰の手前までいったことがあるのだ。
満は頼火と、凜は射水と付き合いが深く、この三か月ほど、二人がぎくしゃくしたりするたびに何かと気に掛けていた。
出来るのならば二人に仲良くしてほしいという気持ちはあった。
しかし心のどこかで、この二人は交わらない星の元に生まれてきたのではないかという思いもあった。
そんな二人にとってこの光景は、一番望んでいたものであり、しかし簡単には受け入れられない現実である。
「……お赤飯でも炊きますか?」
どうしていいかわからなくなったらしく、凜はかなり素っ頓狂なことを言った。
「…………アリだな」
今の満に正常な判断力はなかった。
頼火と射水は普通の速さで歩いているため、少し駆け足になれば追いつくことは出来る。話しかけて訊いてみればいいのだろうが、満にも凜にもその気が起きなかった。
むしろ意識してゆっくりと、前の二人に追いつかないように息を潜めて学校への道のりを歩いていった。
■■
朝の教室に行っても頼火と射水は通学時と同じ調子で話していた。
しかし二人は途中からクラスメイトたちから向けられる奇異な視線に気づく。
理由は明白で二人が仲良く話しているからだ。二人が数日前に、喧嘩と呼ぶにはあまりに剣呑な言い争いを教室内で起こしている。それ以降周囲の人間は二人のことを腫れ物に触れるように少し距離を置いていた。
とりあえず、射水と頼火を近づけてはいけないという認識があった。
それが今、こうも普通に話しているのを見て驚くのは当然のことだろう。
「……なんか、すっごい気まずい」
「自業自得と言われればそれまでだけれど……」
頼火と射水は周囲の反応に気づいてからはなんとなく声を潜め、肩身の狭い想いをしていた。
クラスの人間はみんな二人に近づきづらそうにしてただ遠巻きに眺めてひそひそと話をしている。
「暫くはこんな感じでしょうね。ごめんね、射水」
「頼火が謝ることじゃないわよ。あの時は私も、その……言いすぎたし」
「いや、そもそもは私が……」
「ねぇ頼火。この言い合い、なんだかいつまでも続きそうで不毛だからそろそろやめにしない?」
「……そうね」
暫くは二人にとってクラスの中は居心地が悪いものになるだろう。
しかし、いつまでも続きはしないとだろうとも二人は思っていた。だから、暫くは仕方がないと諦めているのである。
ただしそれとは別に頼火には一つだけ心に引っかかっていることがあった。
頼火は自分の席の横にかばんを置くと後ろの席に目をやった。その席の人間はまだ学校に来ていないらしい。
(今日は朝練ないって言ってたのに珍しいわね)
そんなことを考えていると、教室の扉が開く音がした。
はいってきた女子生徒は狐にでもつままれたような不思議そうな顔をして頼火の後ろの席へと歩いて来たが、頼火と目が合うとどこか気まずそうに目線を横へ逸らす。
「……よぉ、頼火」
「……おはよう、満」
頼火の心に引っかかっていること。
それはまさに満のことであった。
前作の最終回を読んでくださった方にはわかりますが、今回の頼火のモノローグは最終回で頼火が見た夢のことです。
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