根っこ問題
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よう、つぶらや、そろそろ掃除も切り上げようや。この時期の外掃除、徹底的にやりたい気持ちも分からなくはないが、この風じゃゴミは飛ぶ、新手は来るでキリがねえよ。どっかしらで妥協しないと、限られた時間が全部掃除で終わっちまうぞ。
いやはや、草葉のしぶとさっていうのは、時に侮れないものがあるよな。いくら引っこ抜いて片付けても、後から後から生えてくる。こうさ、「何としても生きてやる!」「何としても子孫残したる!」っていうエネルギーを感じるのよ。根っこがアスファルトを持ち上げたりするのを見るとさ。
こいつらは、時に人間数代よりも長く生きているものもある。俺たちには想像もできない大冒険を経ている可能性だって、存在するわけだな。正解が分からないからこそ、いくらでも広く深く考察していける。「謎」が好まれるのも、真相がけぶっている中で巡らせる妄想が、色々と楽しいからだろうな。
で、真実と出会った時、快感を覚えるか失望を覚えるかは人次第。俺もひょんなことから、妙な真実をのぞいちまった経験があるんだ。休憩がてら、その時の話を聞いてみないか?
俺が通っていた学校では、学級菜園のお手入れは児童の役目だった。係が決まっているわけじゃなく、学期の最初で「この月はだれだれがやる」と決めてしまうんだ。水やりや草むしりのペースは任されているが、あまりにひどいと先生からお小言を賜ることになる。
俺はエンジンがかかるのに時間を食う人間だが、一度かかればどんどん作業を進められる性質だ。その日も同じグループの女子に半ば引っ張って来られ、昼休みをまるまる草むしりに充てた。
この時期、菜園はちょうどさつまいもを植えているところだった。夏休み前、斜めに植え付けた苗は、地面にほど近く伸びたツルのあちらこちらに、小さく根が張り出しているのが分かった。このまま張らせておくと、ここからも土の養分が取られ、最悪、芋をこちらにも余分につけてしまう。
「ツル返し」の必要。これらの根を引きはがし、ツルをひっくり返して葉っぱの上に置く。こうすることで養分の分散を防ぐんだ。こいつは一度やればオッケーという類のものではなく、見つけ次第行わねばいけないもの。草むしりの延長のようなものだ。
俺と彼女は雑草をむしる傍ら、欲張りなツルたちを見つけては引っ張り上げ、「おあずけ」を食らわせていく。ひとつひとつの苗の前には、俺たちひとりひとりが植えた証拠である、名前が入った小さいプラカードが立ててあった。俺の芋もまた、「ツル返し」を食らうことになった。
だが一緒にやっている彼女が、あるツルの前で苦戦している。近寄ってみると、どうやら彼女のツルの根がしっかり地面に張ってしまい、抜くことができないのだとか。
俺は場所を代わったが、まずは間違って本命の苗の部分を引っ張ってないか確認。今は雨が上がってまだ半日ほどしか経っておらず、少し土が湿っている。さつまいもは表面が濡れると腐りが早くなるらしいから、下手に本命を掘り起こしたりすると、彼女の分がパアになってしまう。
確認した上でツルを引っ張ったが、なるほどこれは固い。両足で踏ん張り、あらんかぎりの腕力で地面から引き上げようとしたが、根の周りの土に混ざるBB弾ほどの大きさの石が、ちょろちょろと出てくるだけ。自分の顔が真っ赤になっているのを感じる。
正面から立ち向かうんじゃ駄目だ。休み時間も残り少なく、俺はいったんツルから手を離すと、彼女と協力して根の張る地面を掘り起こしてみることにした。上からかぶさる土たちを除け、根の張り方を確かめれば、少ない力でどうにかなるかもと考えたんだ。
菜園の隅に置かれている片手スコップを手に、地面をざっくり掘ってみる俺たち。あっという間に足首が隠れる深さまで掘れたが、根はまだ続いている。妙なのが、他の植物によく見られる横広がりがなく、一本だけが深々と刺さっているんだ。少し掘っては根を引っ張っていく俺たちだったが、頑固さは衰える様子を見せない。
ほとんどムキになっていた俺たちだが、この根、少しおかしいんだ。ツルから生える根ならば、ツルから遠ざかるほど発展途上。先細りという言葉があるように、細くなっていくのが道理のはずだ。
なのにこのツルは、生えている元であるはずのツルから遠ざかるたび、どんどんと太さを増している気がする。引っ張り始めた時には、ミノムシが釣られる糸ほどしかなかったのに、今は俺たちの小指近くもあろうかという姿をさらしている。
チャイムの鳴る兆しである、放送のスイッチが入る気配。俺たちは仕方なくスコップの刃先で強引に根の途中をカット。他のツルと同じように葉の上へ曲げ乗せて、土を慌ただしく元へ戻した。大急ぎで手を洗って、教室へ戻ったっけなあ。
「ねえ、さっきの根っこ、完全に掘り起こさない?」
彼女にそう誘われたのは、放課後になってからのことだ。この時には苦手な算数の授業を経て、俺はすっかり疲れていたよ。一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱい。その上、スロースターターの面倒臭がりときている。
「適当にやっとけば。俺はパス」と、とっととランドセルを取って、教室を出ていこうとした。彼女はもう一度だけ俺を制止してきたけど、それも断るともう何も言ってこなかったよ。
翌日。彼女は学校を休んだ。先生の話では風邪とのことだったけど、これまで彼女が休んだ記憶は俺の中にない。珍しいこともあると当初はのんきに構えていたが、さすがに3日連続となれば、妙なことを考え出す輩も出てくる。
彼女と仲のいい友達が休みの間に配られたプリントを届けに行っても、彼女の母親が応対してくれるばかりで、彼女自身に会うことはできなかった。風邪を移したりすると悪いからの一点張りだったが、彼女の声を聞くことさえかなわないとなれば、さすがに怪しい。
休み時間にざわつくことが増えた、クラスメートたち。また彼女の家へ押しかけようとする動きもあったが、俺が気になるのは当然、あの根っこのこと。菜園の手入れに関して、俺たちのグループは彼女が中心となって指示出ししていた。それが核を失ったために、ここ数日、菜園はほっぽりっぱなしになっている。
放課後、俺はひとりだけで学級菜園を訪れていた。あの日、熱心に草取りをしたから、生えている草たちはかなり小さい。それらに手を入れながらも、俺は彼女の苗の近くまで行く。
俺が乗せていたはずのツルが、元に戻ってしまっている。そして地面にくっついている部分からは、件の細い根が伸びていた。いや、今度は根が何重にもツルに絡まっていたんだ。
いよいよ、こいつは根じゃない可能性が出てくる。俺は今一度スコップを用意。どんどんと土を掘っていく。この菜園は敷地内のかなり隅っこで、一番近い学校の裏口との間に、何台も車を置けるほどのスペースがある。俺はしばらく誰にも見とがめられることなく、作業に没頭することができた。
掘った穴の深さは、いよいよすねを越えようというほど。根らしきものはすっかり土にまみれて冷たくなりながらも、まだ伸びている。太さも増し続け、俺の親指にすら収まらなくなってきていた。
そしてついに土そのものが、スコップの先を弾く硬さを帯びてきた。というより、土の下にスコップを受け付けない、固い部分が埋まっているように思える。俺が慎重に土を取り除けていくと、地中にそぐわない銀色の光がのぞき出したんだ。
金属の板だった。スコップで何度刺しても、傷ひとつつかない頑丈さを持ったもの。周りの土をどかすと、それは丸みを帯びた球体だと分かったよ。俺から見えるのはてっぺん部分だけで、残りがどれほど埋まっているかは分からない。その中心部分から、尾のような根っこが飛び出し、ツルに至るまで伸びて絡みついていたんだ。
この時、俺は軍手をはめていたものの、金属部分に触る気にはなれなかった。なんとかシャベルで周りを掘り起こそうとしたが、ふと足音が停めてある車の合間を縫って、近づいてくる足音が。
「もう下校時間になるから、早く帰りなさい」
担任の先生だった。遠目に俺へ声を掛けただけで背を向けたが、これ以上時間はかけられない。
俺はすっかり太くなった「根」の部分を、ぐっと握る。これほど念入りにどかしたのなら、こいつを引っ張り出してケリをつけてしまおう――そう思ったんだ。
だが、いざ力を込めると、すぐ近くから女の子の悲鳴が聞こえる。短いが大きいもので、俺は思わず周囲を見やったが、誰もいない。手を離すと黙る。
気を取り直してもう一度引っ張ると、また声が。しかもこの声、よく聞いてみると、彼女のものにそっくりだった。
何度も聞くうちに、この声はどうやら地面の中から響いてきていることを悟る。もしや、ここ数日現れない彼女が土の中に埋まっているのかと、俺は改めて力を込めた。もう悲鳴にひるみはせず、じょじょに持ち上がってきた球体。だが、土の中から現れたものは予想と違った。
大きさこそ、ハンドボールに近いもの。だがのぞいたその形は、俺の軍手をはめた握りこぶしにそっくりだったんだ。軍手に見られる小さい穴、網目の粗の部分まで忠実に再現している。
思わず根っこを手放した俺だけど、土から完全に解き放たれたその塊が、落ちることはなかった。浮かび上がりながら、銀色になった俺の握りこぶしの表面を波打たせながら、次の瞬間には猛スピードで上昇。俺がすかさず見上げた時には、鉛筆で打った点ほどの大きさになっていて、すぐ見えなくなってしまったよ。
彼女なのだが、この翌日から学校に来るが、声がほとんど出せなくなっていた。どうにかかすれた声が出るだけで、合唱など発声を伴うものはすべてパス。卒業まで治ることはなかった。
そして俺自身も、その日から根っこを握った右手に力が入らない。どんなに頑張っても、女子の下位程度の握力しか出せなくなっちまったんだ。