選択
寝落ちしてしまった。いつもより数時間早く眠りについてしまったので、凄く中途半端な時間に目が覚めた。時刻は、午前0時30分に差し掛かろうとする。
「どうしよう。もう一度寝ようかな。それとも、少し散歩してから。今のままじゃ、寝付けない気がするし」
隣には、気持ちよさそうに眠っている緑色の猫がいる。怠惰な彼は、睡眠を妨げられるのを何よりも嫌うので、ココは黙って部屋を出ることにした。
その前に、顔を洗って寝癖を整えていると。
「おい、こんな時間に何処に行くつもりだ」
私の目に、鏡に映った猫男の姿が入った。
振り向かず、言葉だけを反す。
「レスト、気持ちよさそうに寝ていたからさ。邪魔しちゃ悪いかもと思って。こんな時間に目が覚めたのは、中途半端な時間に眠っちゃった自分のせいだし」
すると、彼は背後からゆっくり近づいてきて、私の首に腕を回し凭れ掛かってきた。人間状態でも、体重は猫の時と変わらないので、非常に軽い。
彼は、まだ眠いからか私の耳元で、囁き声で。
「いらん気を使うな。飼主に置いて行かれる動物の気持ちの方を、考えて優先しろ」
良い声だった。どちらかと言えば高音で、淀みがなくて聞きやすい、聴覚を刺激する感じ。毎日話していても、離れた場所と耳元とでは、耳に届く声色が違う。
思わず、聞き惚れていると。
「…なんで、服の中に手を入れているのかな」
もはや、この状況ならこの行動を取るのが当然と言わんばかりに、自然な流れになっている。
彼は、揉んだり抓んだりすると、またしても小声で。
「白琉、少し胸が膨れたんじゃないのか」
本気か冗談か、そこは気にしないことにする。今は、彼の気が済むまで好きにさせてやることにした。
甘かったと後悔するのは、それから暫らくしてからだった。彼は、飽きもせず弄り続けたのだ。
おかげで、余計に目が覚めてしまった。それは、向こうも同じみたいだ。
服をただすと、私は彼に尋ねる。
「こんな時間にあれだけど。別段眠くないしさ、ちょっと、行きたい所があるんだよね。付いてきてくれる」
男は、さも当たり前の表情で、同行を了承する。
来た場所は、衣裳部屋。戦闘用の服から、ラフなTシャツまでそろっている。
「んで、こんなところで何すんだよ。まあ、衣裳部屋だし、明日ッつーかもう今日か。試合用の服選びだとは思うが。なんで今なんだ」
そんなことは決まっている。
「目が覚めたのと、女の子の服選びには時間がかかるもんなんだよ。常識だろ」
入り口付近で待機しているレストをそのまま残し、私は服選びに集中する。
一番に重要視しないといけないのは、やはり動きやすさだろう。となると、やっぱりこれか。
私は試着室で着替え、動物の元へ向かうことにした。我ながら、似合っていると思う。
さあ、彼の反応は。
「白琉。いくらオレが飼主に忠実な猫でもな、許せない一線はある。…水着は無いだろう」
可笑しい、予想していたのと違う。
露出の多い方が、服の抵抗が無くて動ける。しかも、水着で大事な部分を隠すことによって、全てを見せる変態よりも余程まともに見える。
一体、どこに問題があると申すのか。
「レストは、私の水着に文句があるのか」
意見があるなら聞いてやるつもりでいた。
「文句と言うより、お前は恥ずかしくないのか。それ、スク水だろ。どう考えても、戦闘向きじゃないよな」
私はただ、他の水着と違って、お腹が隠れて冷えが防げるのを選んだだけなのだが。
まさかコイツは、露出度が高いうえにお腹が冷えてしまうかもしれない方の水着を、望んでいるのか。
「ちょっと、私の身体が心配じゃないの。これ以上薄着して、風邪でも引いたらどうするつもりだよ」
試合放棄は脱落の危険がある。まずは、健康第一。
彼は、頭を押さえながら私の全身を一通り眺めると、溜め息の後言ってきた。
「オレは、水着をやめろと言ってるんだ。誰も、お前のそんな恰好に見とれたりしねぇよ」
この男は、私がこの服を選んだ理由を理解していない。あくまで、動きやすいから着ただけであって、別に注目を浴びたいわけでは、一切ない。
「それならさ、レストも水着になろうよ。ほら、見てよこの軽いフットワーク。これも、この格好ならではだぞ。次の試合はさ、そりゃあ勝ちに行くけど。でも、今まで見たいな緊張で張りつめた感じにはしたくないから。この姿なら、開放的でリラックスもできるし」
毎度、毎度、ジャージやらカーディガンやら、同じ服ばかりなのも、ちともったいない。ものすごく嫌な顔をされたが、少し押すと着替えに行ってもらえた。
本当は、純粋に水着姿を拝みたかっただけなのだが、彼には、実際に水着の動きやすさを体験してみろと、それっぽい嘘をついた。
そして、数分待っていると。
「確かに、これはかなり身動きとりやすいな」
満足そうな言葉を発しながら、本来なら水中用の服を着てきた彼。その姿に、私は膝から崩れかけた。
「なんで。なんで、貴方までそんな恰好を」
男は、私と同じ、いや、それ以上に長い。水着とは少し違うような、何だかスポーツウェアみたいな。
「どうだ、これ。ベストサイズだろ。ベストすぎて、オレの腹筋が目立ち過ぎだがな。ライフセイバー、とやらの戦闘服らしいんだが。まあ、問題ないだろ」
私は、得意気にポーズを取っている猫男を、わざと残念そうな目で見つめる。さっきまで水着反対みたいな姿勢を取っていたくせに、今はノリノリな彼。
男と言うのは、自分の肉体をそこまで誇張したがるものなのかと、少し引いた。
「とりあえず。次の試合の服装は、これでいいか」
私が尋ねると、猫男は手のひらを返したように、すんなり承諾した。戦闘用の衣装も決まったことだし、部屋に戻って再び寝ることにする。
○
次に目が覚めたのは、午前11時30分過ぎ。
目覚め時の習慣を済ませ、パジャマから私服へと着替える。水着になるのは、試合直前で大丈夫。
「というわけで、ご飯に行こうか」
腹が減っては戦はできないから。でも、食べすぎて動けなくなっても阿呆らしい。
状況と体調に合った、適度な量を摂取しなければならない。食事は楽しく行うものだけど、場合によってはストイックにしなければ。
どれだけ食べるのが調度いいか、自分なりに計算していると。猫男が言ってきた。
「食堂に行ったら、暴食と鉢合わせするんじゃないのか。試合直前に敵同士で食事は、気まず過ぎだろ」
それはまあ、そうなのだが。私とて、考えなしに言動しているわけではない。
食堂に行かずとも、ルームサービスを頼まずとも、食事にありつける場所はある。まだ行ったことは無いので、どんなところかはよく分かっていないが。
「とにかく、早めに食事を済ますよ」
手ぶら状態で、部屋を出る。
いくら廊下が長くても、そこまでの時間はかからない。目的の場所には、存外すぐについた。
「すごいよね。食べ物とか飲み物とか、好きに持って行っていいなんて。ほんっと、便利だよ」
おにぎりとかパンとか、ジュースを自分の部屋に持ち帰っていい。なんと、挑戦者や動物に優しいことか。
「カロリーとかも表示されてるから、計算しやすくて助かるな。レスト、必要な分は取れたか」
彼の手には、少量の食料だけが抱えられていた。
猫なりの計算だろうか、本人の思う最低限は確保できたので、よかれ。それらを、置いてあった袋に詰めて、自室へと戻り食す。
適度に腹が満たされたところで、時刻は午後1時5分前。そろそろ、気持ちを切り替えた方がいい。
まずは、戦闘用の服に着替えることにする。そして、少し柔軟や準備体操をやっておいた方が良いだろ。人間、何の用意も無しに、急に激しい動きをすることは難しい。まわしは万全にしておく。
予定通りに事を運び、残りの時間を持て余すと、いよいよ開戦の刻が近づいた。