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バトル・クライム  作者: 緑羅 贈
4/10

敗北

「いよいよだな、絶対…はないから。よし、出来るだけ勝つぞ。そして、トーナメントに行くんだ」

 絶対とか完全、完璧みたいな強気な言葉は、大した確信も無いのに使いたくもない。

 動物も、何も言ってこないし良いだろう。

 そして、戦闘場所に足を踏み入れる。

 相手はどんな人たちか、少なからず楽しみにしていた。が、実際に見て驚いた。

 向かいに立っているのは、何度も見たことのあるあの小柄な男女ペア。二人とも、無表情なのが気になる。

「あの子たちが、強欲だったんだ。なんだか、意外だな。見た感じ、清純そうなのに」

「人は見かけによらない、って言うだろ。内心何を思ってるかなんて、誰にもわかんねぇンだよ」

 なんだか、不機嫌な感情(オーラ)を放っている猫男。何が彼を、そんな気持ちにさせるのか。

 なんて考えていると、審判である高読霊夢が、姿を現して言う。

「ではこれより、Cブロック第三戦、怠惰陣営VS強欲陣営の試合を始める。両陣営共に、健闘を祈る」

 そして、早々と姿を消した。

「んじゃ、いっちょ行くか」

 彼は指を鳴らすと、いつもの猫背とは違い、しっかりとした攻めるための前傾姿勢になった。

 そして、前回の戦闘で見せた鋭い爪を生やす。いきなり、敵を串刺しにするつもりか。

 私が一歩、猫男の後ろに下がると。突然、強欲陣営が口を揃えて喋り出す。

「「こんにちは、怠惰の猫とその飼主さん」」

 今度は、一人ずつ自己紹介を始める。

「ぼくの名前は、レルル」

「あたしの名前は、リララ」

 さらに、手をつないで再び同時に。

「「二人合わせて、強欲組。優勝は、ぼく(あたし)たちがいただきます」」

 まさに、相思相愛のカップルみたいだ。どちらかは、何らかの動物であるはずなのに。

 敵の紹介が終わると、猫男が言う。

「言いたいことは、それだけか。それじゃあ、早速斃させてもらうぜ」

 前のめりの状態から、身体をユラユラと左右に振る。そして、右足を一歩下げたかと思うと、地面を強く蹴り勢いよく相手に襲い掛かる。

 彼はまず、男の方に爪を向ける。避けられないと、私は確信を持った。だが、刺さることは無かった。

 隣にいた女が、猫男の詰めを両手で掴んだのだ。

「この爪、カッコイイですね。あたしにください」

 女は、嬉しそうに言う。

 言葉の意味が分からなかったが、すぐに理解させられる。猫男の爪が、一瞬にして消えたのだ。

 攻撃手段を失った彼は、すぐに私の元へ戻ってくる。

「ねえ、どういう事」

「分からねぇ、痛みや苦しみは一切ないのに」

 私たちが睨む先に、笑顔の男女がいる。

 女の方が、ゆっくりと右手を上げる。すると、鋭い爪が突如として生えた。

「あなたのもの、ううん、世界中のすべては、強欲の罪であるあたしのもの」

「リララのものは、飼主であるぼくのもの」

「「ぼく(あたし)たちは、世界を手にする強欲組」」

 猫男の爪は消えたのではなく、奪われたということか。これでは、物理的な攻撃を与えられない。

「どうしよう、あの子たち、ヤバいよ」

「ああ、いろんな意味でな」

 彼は、珍しく考えている顔をしている。ダメージを与えられる方法を、探しているのだろうか。

 一方の強欲陣営は、攻めて来る気配が無い。せっかく、武器を手にしたというのに、どうしたのか。

 私は、自ら動物(マイペット)の前に歩み出て、敵に尋ねる。

「強欲の罪を宿らした動物は君なんだよね、えっと、リララちゃん」

 名前を呼んだだけなのに、女は跳ね上がった。

「はっ、はい。あたしが、そうです」

 やっぱり、本当は弱い子なんじゃないかと思えてきた。続けざまに聞く。

「今の流れを見ると、君は相手の武器を奪うことができるんだよね。なら、何でそれで攻めてこないの」

 強欲陣営は、黙ってしまった。この機を逃すまいと、私は追い打ちの様に尋ねる。

「もしかして、あまり早く動けないから、怖くて攻められないのかな」

 この戦いは、なるべく負けられない。戦力にならない私は、少しでも相手を動揺させたりしないと。

 逆上されて、やられる危険(リスク)もあるけど、相手を乱心させたら猫男は攻撃しやすくなるはず。私が負けても、彼さえ勝ってくれればそれでいいから。

 その気持ちを察知したのかは分からないけど、猫男は庇うように私の前に出た。

「ちょっと、レスト。これで相手が仕掛けてきたら、あなたがダメージを受けちゃうじゃん」

 私は、退くように言う。しかし、彼は動こうとしない。一体、どういうつもりなのか。

「安心しろ、(アイツら)はまだ攻撃する感じじゃ無い。それに、飼主(キーパー)を守ることも、動物(ペット)の役目だしな」

 なぜ、急にカッコつけたに。意味が分からない。

 私は、彼の背中に向けて怪しみの視線を放つ。それに感づいたか違うのか、振り向く。そして言った。

「向こうが強欲らしく相手の物を奪ったんだから、こっちも怠惰らしく、やる気をなくさないとな」

 耳を疑った。なぜこの状況で、面倒くさがりになる必要があるのか。それではまるで、攻撃してもらいたいみたいではないか。

 気が狂ったのだと思い、彼の背中に向かって思い切り拳を発射する。が、空を切るに終わった。彼は既に、地面に倒れ込んでいたのだ。

「何やってんだよ、そんなんじゃ反撃だってできないだろ。って、うわぁっ。ほら、来たぞ」

 笑顔で、切れ味抜群の刃物同様の爪を振り回しながら、女が迫ってきた。寝転がっている猫ではなく、真っ直ぐ私に狙いを定めて。

 なぜか、心なしか穏やかな気分になった時だった。女は、私の目の前で倒れた。

「えっ、なに、どうなったの」

 下を向くと、女の足首を猫男が掴んでいた。

「ちょっと、レスト。一体、何をしたんだ」

 すると、猫男はフラフラと立ち上がり、首を鳴らしながら言ってきた。

「やー、あっぶなかった。オレが狙われてたら、完全に負けてたが。案外、上手く行くもんだな」

 全く説明になっていない。彼は、倒れている女を投げ飛ばす。その衝撃で、彼女のゲージが少し減った。

 そして今度は、私の方を向き直って端的に言う。

「今のは、オレの無気力を奴に移したんだ。オレがやる気を無くせば無くすほど、移された相手もやる気がなくなる。だが、その分危険度も高い。今見せた通り、無気力状態中は動くどころか、立つこともできない」

 つまり、一か八かの大勝負だったということか。そんな大事なことを、何の相談もせずにやるなんて。飼主に対する心遣いがなっていない。

 強欲の飼主である男は動物(ペット)に声をかけ続けているし、動物は何としてでも飼主のために立ち上がろうと頑張っているというのに。

「さてと、んじゃあサクッとやりますか」

 動けない動物と、震えている人間のもとに、猫男は向かう。彼の手からは、またしても爪が生えていた。

 今回は、意外と早く決着がつくと思った。そう、思ってしまった。油断大敵という言葉があるのに。

「ングッ」

 猫男が、低い声を発するとともに倒れ込む。その途端、姿を猫に戻し、私の足元に戻ってきた。

「ヤベェ、なんだ、アイツ。間合が、全然はかれねぇ」

 息を荒げながら喋る猫、彼の腹部からは、血が流れ出ている。

「どうしたの、何でそんな怪我を。…え」

 目の前に、爪から血を垂らしている、前かがみ寄りに立っている女がいる。彼女は、飼主を自分の背後に居させ、こちらを睨んでくる。

 猫は女に刺されたとして、間違いない。しかし、どうして立つこともままならなかった彼女が、反撃を食らわすことができたのか。

「あの女、オレが手を振り上げた瞬間に、腕だけを元の早さで動かしやがった」

 どういう事なんだ、やる気がなくなったはずなのに。…やる気?

 私は、しゃがんで猫に尋ねる。

「ねぇ、やる気を奪われた相手は、どうやったら回復するの。もしかして、個人差が、あったり」

 猫は首を回して顔をこちらに向け、言ってくる。

「普通の相手なら、動けもしないはずだ。だが、アイツは震えながらも立った上に、反撃までした。これは、かなり分の悪い敵だぞ」

 確信した。私たちは、強欲陣営との相性が最悪だと。気力を無くさせても、部分的だがすぐに回復する。数少ない武器は、奪われる。

 おまけに、ゲージの残りも。両陣営の飼主は、未だ減っていない。強欲の動物は、さっきの気力を失ったことで、少し減っている。一方の、私の動物は、先ほどの一撃で4分の1ほど減っただけでなく、今も少しずつだが減り続けている。しかも、人間状態でない。

 武器もない、能力だってあまり使えない。この状況から、逆転する手立てはあるのか。

 私が考えながら、ふと前を見ると。

「あれ、レルル君しかいない」

 離れたところにいるのは、敵の飼主だけ。決して油断できる相手ではない強欲の姿が、見当たらない。

 背後を振り返っても、目を細めて見ても、視線には全くと言っていいほど映らない。

 しゃがんだまま、猫に見ていないか聞いてみるが、彼も見失ってしまったらしい。ちょっとの会話でも、隙を逃さず何かする強欲の罪を宿した動物。

 狭い戦闘場所全体に目を配っても見つからないということは、残る選択肢は一つしかない。

 敵も、動物になっている。しかも、かなり小さい。

 さらに目を凝らすと、ある違和感に気付いた。敵飼主の服の中で、何かが動いているのだ。

 暴食の動物がリスなので、手乗りサイズの動物はもういないと思っていた。が、もしかしたら。

 小動物は臆病だと信じ、私は立ち上がって叫ぶ。

「ヨッシャー、動物がいない今がチャンスだー。レルル君はこれで終わりだー、いけー」

 我ながら見事な棒読みだが、それでも効果はあったらしい。服の中から、声を上げながら動物が出てきた。

「レルル、危ないっ。って、あれ」

 両腕両足を伸ばして、少しでも大きく見せようとするところは、やはり小動物の性なのだろうか。

 強欲の動物は、何もしていない怠惰(私)陣営(たち)を見て、呆気にとられている。ように見える。そう、確かではない。なぜなら、正体はハムスターだったから。

 数メートル離れたハムの表情を読み取れるほど、私の目は優れていない。

 一方の私の動物は、何だか様子がおかしい。

「どうしたんだ、レスト。まさか、ハムスターに興奮してたり、しないよね」

 猫がネズミを食い殺す映像は、なるべくご遠慮願いたい。ましてや、ハムスターなど。

 手負いだから、跳びかかることは無いだろう。怪我をしていてよかった、という訳ではないが、安心はできた。ら、良かったのに。

 血を垂らし、本能むき出しの鳴き声を上げながら、彼はハムスターを食いにかかった。

 人間が人間を倒すのと、動物界での食物連鎖は、同扱いしてはいけない。

 こればかりは、私は両手で顔をふさいでしまう。その分、耳には意識してしまった。

 悲鳴とか引き千切る音とかを覚悟していたが、まさかの無音だった。ので、恐る恐る手をどかす。

 視界に入ってきたのは、目をふさいだのを後悔したくなる、経緯が気になる光景だった。

 強欲の飼主は恐らく、猫に引っかかれたり噛まれたりしたのだろう。服が所々破れており、皮膚が赤くなったり血も出ている。あくまで私の予想だが、彼は自分のペットを庇って、猫にやられたのだろう。今は逆に、動物のハムスターが、小さな体を激しく震わせながら、飼主を守っている。猫は、睨んではいるものの、それ以上動く気配は無い。

 私は、今のうちに猫に指示を出す。

「レスト、もういい。戻ってこい」

 猫は、最初こそ反発したものの、渋々従ってくれた。

 私の所に戻ってくるため、敵に背中を向ける。その時だった。本来の姿が、再び人間になった。そして。

「よくも、レルルをこんなに、傷つけてくれましたね」

 突如として、人間に戻った女の上に、能力を発動するためのアイコンが出現した。と同時に、弾ける。

【あたし(ゴスト)の(・)一番(プリ)大切(メイロ)な(・)もの(ハムスター)】

 能力解放と同時に、彼女の手が、黒く不気味で巨大な、例えるなら悪魔の手のように変化した。

 それが、猫を掴みかかろうとする。

 その時、私は頭より先に体が動いていた。これまでずっと、ろくに動けもせず、現実を見つめるだけが精いっぱいだったのに。動物に明らかにヤバイ危機が迫った今だけは、飼主としての役目を、果たせたかもしれない。猫の代わりに、敵の餌食となった。

 悪魔のような手は、私の胸を貫くと、心臓と思われる物体を、容赦なく握りつぶす。即死ではない。ただ、呼吸ができず、声にならない悲鳴を上げながら、悶え苦しんでいる。

 強欲の能力は、相手の命(心臓)を奪うのだろう。

 薄れゆく意識の中で、私は確信した。そして、完全に視界が暗闇に包まれる。



            ○



 目が覚めるとそこは、見慣れた景色。当たり前だ、ここは自分の部屋の、自分のベッドの中なのだから。

 身体に異常はない。慌てて寝具から出ると、自分の動物を探す。割とすぐに見つかった。

 彼は、猫の姿のまま、ソファーに座っていた。あくまで座っているので、珍しく寝ていなかった。

 私が起き上がったことに気付くと、彼はもどかしそうにしながら、人間の姿になった。

 こちらが質問する前に、向こうから謝られる。

「すまない、白琉。負けちまった。せっかく、お前が守ってくれたのに」

 とても悔しそうに。そして、悲しそうに。

私が、「手負いだったから仕方ない」とか、「どちらにせよ結果はこうなる運命だった」とか、いくら励ましても、彼は後悔の念を掃いきれないでいる。

このタイミングで、電話が掛かってきた。受話器の向こうにいるのは、やはり審判。

用件だけ端的に言われ、すぐに通話は切れる。

 猫男は、内容について聞いて来なかった。なので、私は自分から、彼に伝える。

「なんか、敗者復活戦について説明するから、またあの部屋に来てくれってさ」

 いつまでも立ち直れない様子の彼の腕を掴み、自室を飛び出す。



「調子はどうだ、少しは回復したか」

 呼ばれた部屋に入るなり、審判に体調を心配される。

 私が「問題ない」と言うと、すぐに椅子に座らされ、本題に入れられる。例によって、室内には怠惰陣営と審判の三人しかいない。

「君たちには、明日から行われる敗者復活戦に、参加してもらう。ルールはこれまで同様、三陣営によるリーグ戦だ。心してかかれ」

 説明と言うより、再確認みたいだった。

 敵は、傲慢と嫉妬。傲慢の試合は、前に一度見たことがある。嫉妬については、全然知らない。

 それはそうと、私は呼ばれた理由を尋ねる。

「あの、敗者復活の説明は、もう終わりですか。何かしら、変更点的な物はないの」

 審判の男は、伸ばしていた背筋を曲げ、言う。

「戦闘内容に関しては、特にない。強いて言えば、場所が変わる。廊下の途中に階段があるのは、知っているな。今日からは、二階に移動してもらう」

 たしかこの建物は、三階建てだった。予選リーグが一階、敗者復活が二階。ということは、決勝トーナメントは三階だろうか。

 私がそう予想すると、続けざまに男は言ってくる。

「二階フロアは、一階よりも格段に充実している。君の記憶を取り戻す手掛かりも、あるかもしれないぞ」

 薄ら笑いを浮かべているところも気になるが、期待を膨らませる台詞に、心が躍る。

 話は、ココで終わった。今まで部屋鍵と交換で、新しい鍵を受け取る。まだ精神的に回復していない猫男の腕を再度掴み、部屋を出て上のフロアに向かう。



            ○



 階段を登りきっただけで、気分が高揚した。廊下の照明が綺麗で、しかも広い。

「すごい。この建物って、本当にどうなってるんだろ」

 部屋数が多く、早速見て回りたかったが、まずは新しい部屋に行くため、マットの敷かれた廊下を歩く。

 探すこと数分、ようやくこれからの自室を見つけた。

興奮気味に入ったものの、内装は今までと大差なかったので、少し残念な気持ちになる。

「まあ、この雰囲気割と好きだし、良しとしますか」

 滞在してまだ数日だが、すっかり慣れた間取りに、不満を抱くことは無い。

 猫男をソファーに座らせ、自分はベッドにダイブ。

「さてと、明日は傲慢との試合だけど、どうしよう。やっぱり、いろいろ見てこようかな」

 時刻は午後二時過ぎ、お腹は空いていない。

 時間に余裕があるので、猫男に声をかける。

「私、これからいろんな部屋を見て来るつもりだけど。レストはどうする、一緒に来てくれる」

 彼はゆっくりと立ち上がり、同行を受け入れる。

 暗い気持ちのまま試合に臨んでも、勝てる見込みは少ない。気分転換もかねて、私たち部屋を出る。



 決闘室と観戦室はもちろん、二階にも食堂はあった。加えて、自室にはシャワーしかないことに不平していたが、風呂部屋まで用意されており、嬉しくなる。

「見て、レスト。ここ、共同だけど湯船があるよ」

 はしゃぐ私に対し、彼は。

「敵と一緒に風呂とか、冗談じゃねぇ。あと、猫に水は御法度だろ」

 十中八九この男は、ここを利用しないだろう。

 他にも、トレーニング室や、武器を所有して無い私たちに打って付けの、持ち出し可能な武器庫まである。

 審判の、粋な計らいかもしれない。

 そんな中で、一番心を引かれたのは。

「なんだか、とても落ち着く」

 凄まじい数の本が置かれている、図書室。

 絶対とは言い切れないが、もしかしたらこの中に、何かヒントとなる書物があるかもしれない。

 小さな希望を信じ、手当たりしだい物色を始める。



「あー、目が痛い」

 ひたすら本を読み続けたので、目が疲れた。

 そんな私の横で、寝息を立てている猫男。思わず、その頭を叩いて起こす。

 結局、何もわからなかった苛立ちによる八つ当たりでもあったが、少々強すぎたらしい。彼は、目を覚ますとすぐに、誰が見ても不機嫌な顔で怒鳴った。

 謝っても落ち着いてくれないので、壁に貼られた紙を指さして言う。

「ほら、『図書室では静かに』って、書いてあるよ。他の人の迷惑になるから、静かに」

 他の人などいないのだが、何とか黙らせた。

 これまた、壁に掛けられている時計を見ると、既に午後6時を過ぎている。

「うわっ、もうこんな時間だ」

 つい、大声を上げてしまった。すかさず、猫男がわざとらしく私に注意してくる。

 出していた本を元の位置に戻し、図書室を後にする。

 


 急いで自室の戻ると、留守電が一通録音されている。

思ったとおり、審判からの夕食の件だった。

 思い返せば、初めてこちらから審判に電話をした。少し嫌味を言われたが、なんとか持って来てもらえることになった。

「はぁ、やれやれ。小言で済んでよかったわ」

 受話器を置き、私は呟く。

 ベッドに腰を下ろすと、猫男が聞いて来た。

「そういや、何か分かったことはあるか」

 寝ていたくせに、偉そうに。

 動物なら、飼主を手伝ってくれてもいいだろうに。

 心中で舌打ちしてから、応える。

「ううん、なにも。あんなにあるんだもん。仮にヒントが隠されていても、見つけるのは容易じゃないよ」

 半ば、協力を要請する言い方をした。しかし、彼は。

「そうか。まあ、がんばれ」

 全力で殴る。心無きペットに、天誅。

 彼が床に倒れていると、審判が料理を運んできた。

 今回は、室内に入ってこなかったので、ダウンしている動物を見られなかった。

 私が、先にご飯を食べていると。

「いってぇ。白琉、やっぱりお前、明日の試合で敵にその拳を、お見舞いしてやれ」

 猫男が、殴られた場所を抑えながら、言ってくる。

 仮にも、人間より優れた力を持つ動物を気絶させたので、自分に自信がついた。

 猫男は起き上がり、普通にご飯を食す。

 お互い食べ終わり、食器を廊下に出すと、これからのことについて話し合いを始める。

 強欲陣営に敗戦した理由を振り返り、自分たちの弱点を見つめ直す。以前の傲慢陣営の試合を思い出し、対策を練る。いつの間にか、午後九時を回っていた。

「なんか、時間経つのが早いなぁ。一旦話は中断してさ、お風呂入りに行かない」

 何気なく誘ってみたが、きっぱり断られた。

 仕方ないので、一人で行くことにする。明日、万全の状態で挑むため。これまでの疲れを、癒すため。

 誰かが入っていることなど、気にせずに。



 脱衣所に着くと、先客がいた。

 服を入れるカゴが6つあるが、2つが使用中である。誰の服なのかは、大体の予想はつく。その上で私は、浴場へと足を踏み入れる覚悟を決める。

 裸になり、入り口前に用意されているタオルを一枚手に取り、スライド式の扉を開ける。

 一瞬、湯気が視界を奪った。が、すぐに中が見渡せるようになる。思いの外、広かった。

 なんと、浴槽が三つもあるのだ。その種類は、ノーマル、ジェットバス、電気風呂。どこから入ろうか迷っていると、声を掛けられた。

「白琉様、湯船に浸かる前に体を洗ってください」

 いつからいたのか、背後に憂鬱の飼主が立っている。

「あ、ごめんなさい。それと、何だか久しぶりな気がしますね。ユラルコさん」

 メイド服を脱ぎ棄て、女へと羽化した彼女の体は、凄かった。特に、胸部が。

「…大きいですね」

 私は、顔を下に向ける。ビックリするくらい、見晴らしが良い。自分の足が、しっかり視界に映る。

 もう一度、顔を前に向ける。やはり、でかい。

「…ちなみに、サイズはいかほど」

 恐る恐る、尋ねる。無意識に、足が震えている。

「サイズ、ですか。24・5cmです」

「は?」

 どこから出たのか、自分でも分からない声を発した。

 メイドも、首をかしげながら聞いてくる。

「えっと、尋ねられたのは、足の大きさではなかったのですか。ご自身の足を見られていましたので、そうでは無いかと思ったのですが」

 もしかしたらこの人は、天然なのか。なぜ風呂場で、足の大きさを聞かれたと思えるのだ。

「違います。私が聞いたのは、むn…」

 改めて言うのは、恥ずかしい。顔を逸らした私に対して、メイドは躊躇いも無く。

「もしかして、胸の方だったのですか。それでしたら、Fでございますが」

 まだお湯に浸かってないのに、のぼせたように頭がくらっとした。濡れたタイルの上では踏みとどまれず、足を滑らしたので完全にコケる覚悟を決める。

「白琉様、危ない」

 メイドさんが、手をつかんで助けてくれた。

「ありがとうございます、助かりました」

 倒れかけたのはこの人の所為だが、助けてもらったのも事実なので、一応礼儀としてお礼を言う。

 私が、再びメイドの胸に視線を向けながら考え事をしていると。

「あの、せっかくの浴場ですのに、ずっと立ち話も如何なものかと。宜しければ、御背中をお流ししますが」

 敵であるにもかかわらず、毒の無い親切な発言。

 お言葉に甘えて、洗ってもらう事にする。さっそく、湯船と反対にある洗体所に行くと。

「あっ」

 忘れていたが、脱衣所のカゴにしまってあった二人分の服の片方は、彼女のものだった。

「リララちゃんも、来てたんだね」

 身体を洗っているのは、まだ記憶に新しい、私たちを倒してくれた、強欲の罪を宿したハムスター。今は、人間の小柄な女の姿をしている。前見た時はフワフワした感じの髪形だったが、今は濡れているせいか、綺麗なストレートになっている。彼女は、私に気付くと。

「や、夜桜さん。こっ、こんにちは。その、い、良いお湯ですね。まだ、入っていませんけど」

 私の心臓を握りつぶしておいて、普通に話すこともできないのか。なぜ、そこまで動揺するんだ。

 彼女への疑問も多いが、待ってくれているメイドに申し訳ないので、先に洗ってもらう事にする。

「あ~、気持ちいい~」

 自分でやるのとはわけが違う。さすがはメイドと言うべきか、その洗体テクは、素晴らしかった。

 快楽の最中、ふと隣で髪を洗う女に尋ねる。

「そういえば、なんで私の名字を知ってるの」

 今まで出会った人で、私の事を『白琉』ではなく、『夜桜』と呼んだのは、彼女が初めてかもしれない。

 すると、照れくさそうに答えられた。

「実は、高読さんに教えてもらったんです。あなたの名前、すごく、気になってしまって」

 気になられるようなことをした心当たりは無い。それに、私に言わせてみれば、私より背が低いのに胸が大きいその理由を、審判である高読に問いただしたい。なぜ、彼女が擬人化する際、こんなスタイルの良い姿を与えたのか。

 自分の体の理不尽さに、思わず肩を落とす。


            ○



 お風呂と言うのはここまで安らぎに満ちた空間だとは。リラックス&デトックス、最高だ。

「ハァ。明日の試合。勝てるかな」

 気が緩んだせいか、ふいに弱音を吐く。

 それを聞いた、決勝トーナメント参加を決め、これから数日間は試合の予定が無い二人が、それぞれの意見を言ってくる。まずは、強欲の罪を宿した動物女。

「あたしが言うのもなんですけど、きっと大丈夫です。自信を持ってください、応援していますから」

 次に、メイドが。

「ええ、是非とも勝利を収めてください。そして、お手合わせができる日が来ることを、望んでおります」

 さっきの恥ずかしい行動は、私を落ち着かせるための好意だったらしい。それにしては、やり過ぎだが。

 その後も叱咤激励をもらい、お風呂を後にした。



 部屋に戻ると、猫男がソファーに座りながら。

「おかえり、遅かったな。そんなに、良かったのか」

 水嫌いの彼は、どことなく信じられない物を見る目をしている気がする。

 時刻は、十一時半を回ったところだ。私は、いつでも寝られる用意をして、先ほどの話の続きを持ちかける。明日の、傲慢戦についてだ。

 すると、彼は彼なりの考えを、私が風呂に入りに行っている間に想い着いたようで、話してくる。

 聞き終わっても、特に意見するところは無かった。明日は、動物の指示に従う形で戦おうと決めた。また、試合前には武器庫に寄って、幾つか戴くことにする。

 日付が変わる三分前、私は部屋の灯を消した。

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