本性
現実に戻り、時計を確認する。時刻は、3時33分過ぎ。恐らく、既に暴食陣営の試合は始まっているだろう。ともあれ、そこまで慌てる時間ではないが、私は猫を抱きかかえ、すぐさま観戦室へ向かう。
「よし、特に気になる感じはしないぞ」
始まって数分で大きな動きがある試合は、中々あるものじゃない。両陣営共に、ゲージは減っていない。
「ほら、慌てる必要なんてねぇんだよ。白琉、これからは焦って変な行動を取るなよ」
私がいつ、変な行動を取ったって?
再び人間になっている、猫男の首を掴もうとしたが、それが変な行動だと思われたくないので自制心を保持する。そして、落ち着いてモニターに集中する。
よく見ると、やっぱり一つ気になった。暴食陣営オリジナルの戦闘服なのかもしれないが、二人とも、つなぎみたいな服を着ている。
「ねえ、やっぱり他の人たちは、着替えがあるのかな」
動物が人間状態になっている時に来ている服は、毛皮みたいなものだから一着でもいいだろう。しかし、人間である私のコスチュームが一着限定といのは、如何なものだろうか。一応女だもの、オシャレしたいさ。
「そりゃあ、あるだろ。戦闘用の動きやすい服装とか、単純な着替えとか。むしろ、一着しか持ってない奴の方が変わり者だろ」
じゃあ、此奴にとって私は、変わり者であるという事か。なぜだろう、むかつく。
服装については、後で暴食陣営にでも訊こう。とりあえず今は、彼らの試合に集中せねば。
と思って、モニターからずれていた視線を元に戻すと、どうしてこうなったか訳のわからない状況だった。
暴食の飼主であるアリン君は、機関銃を構えている。動物のロニーカちゃんは、笑顔で右手に手榴弾を持っている。いったい、どこにしまってあったのか。
一方の憤怒陣営、こちらは初めて姿を見た。片方は、恰幅の良い男性で、もう片方は露出度の高い服装で割れた腹筋を見せている、色黒の男。
見た感じは、憤怒陣営が強そうだが、謎の武器を所有している暴食陣営に手も足も出ていない様子。
暴食は互いに、ゲージがほとんど減っていなく余裕そう。だが、憤怒は両者共に半分ほど減っているうえ、疲れている。
「なあ、レスト。たしか、服の中に隠せる程の武器なら、持ち込みオッケーだったよな」
映像に目をやったまま、隣の猫男に尋ねる。彼は、迷いなく肯定した。
私達は、試合が開始した後に見始めたが、その時は何も持っていなかった。ならば、それ以前も当然、持っていなかっただろう。となると、いつどのタイミングで出したのか。やはり、よそ見は禁物だった。
モニター内では、憤怒陣営が文字通り、怒っているように見える。なんと言っているかは分からないが、険しい顔と素早い口の動きで、暴食陣営のことを罵倒しているのは、なんとなく察しが付く。
しかし、言われている方は特に気にした様子もなく、むしろ笑っているように見える。
なんだか、雰囲気が違う。これが、豹変というやつか。それとも、単に戦闘になると人格が変わってしまうのか。いずれにしろ、私は暴食陣営について、詳しくは知らないのだと認識した。
動きのないまま、数秒間が過ぎた。すると、憤怒の色黒男が深呼吸の動作をする。気持ちの入れ替えをしたのだろうと思った、その瞬間。男の腕と足の筋肉が膨張し、暴食に向かって嘗てない速さで襲い掛かる。
反応した暴食少女が、手榴弾を投げる。だが、色黒男はそれをキャッチ。間髪入れず、投げ返そうと腕を振り上げる。そこに、今度は飼主が機関銃を連射。男は、なんとかかわそうとするも、急な体勢変換は出来ずに命中。不運なことに、銃弾が手榴弾にあたり、振り上げた手の中、男の頭上で爆発した。
爆風で、そこそこ体格のいい色黒男が、ペアの足元にまで吹き戻された。そして、姿が変わっていく。
色黒男の正体は、チンパンジーだった。
飼主の恰幅の良い男は、足を左右に震わせている。
その大きな体に、銃弾が次々と打ち込まれる。ものすごい勢いで、ゲージが減っていく。
怒りと苦しみに満ちた顔をしながら、どうすることもできない憤怒の飼主。もはや動くこともできず、ただの的と化した動物。容赦のない暴食陣営。
「あれが、本当にあの二人」
勝ってほしいと願ってはいたが、このやり方はあんまりだと思う。さっきまで、戦うこと事態を怯えている様だったのに、あれは嘘だったのか。
今の暴食陣営は、相手を倒すことを、とても悦んでいるように見える。目の狂いだと、信じたい。
数秒間、同じ光景を見続けた後、ついに憤怒陣営のゲージは0になった。
これで二敗、即ち脱落が決定した。徐々に、身体が変色していく。何度見ても、全然慣れない。
敵が目の前で消えていくところを見ている暴食陣営を、私は怖くて見ることができなかった。
気分が悪くなる。猫男に体を支えてもらいながら、一刻も早くマイルームに戻る。
○
電話が掛かってきた、夕食の支度が出来たから食堂に来いと。だけど、今回は。
「すみません、部屋に持って来ていただけませんか」
私の一言で、受話器の向こう側の男も、同室にいる猫も、驚きの声を上げた。
電話を掛けてきた審判の男は、数秒の沈黙の後、持ってくることを了承してくれた。
通話を終了してベッドに腰を下ろすと、今度は、猫が私の膝に乗り話しかけてくる。
「初めてじゃないか、デリバリーを頼むの。どうした、ついに歩くのすら面倒になったか」
彼が、冗談で言っているのか、はたまた本気なのか。分からないが、とりあえず和ませの言葉として、良いように受け取ることにする。
数分後、審判の男が二人分の食事を持って来た。
「少し、お邪魔してもいいかな」
食事と共に、自らも部屋に入る審判。彼は椅子に腰を掛けると、むかいのソファーに私たちを座らせた。
そして、口を開く。
「君たちは、暴食陣営と顔見知りだったな。どうだ、さっきの試合を見て」
どうして審判(この男)は、私たちが試合を見ていたことを知っているのか。いや、それよりも。
「なぜ、そんな事を聞くのですか」
何か、教えてくれるのだろうか。
「今の君は、まるで覇気がない。何が原因か考えると、心当たりはそれしか無くてな。で、どうなんだ」
真意は不明だが、とりあえず話す。
「はい、確かに私たちは試合を見ました。とても、信じられないんです。いつも食堂で話す時と、戦闘中の姿が、あまりにも違くて。人が変わったような」
すると男は、落ち着いた口調で話し始める。
「暴食陣営が着ていたのは、ゴム製の作業着だ。銃器や爆弾を服の中に隠すことは、容易にできる」
審判は一息ついて、続ける。
「彼らの武器入手経路は、私も分からない。だが、仮に手に入ったとしても、あそこまで躊躇なく使いこなしたとなると、審判役として見過ごす訳にはいかない」
男は両手を口の前で合わせ、いかにも悩んでいる素振りを見せる。
ここで、気になっている事を聞いてみる。
「あの、服とか武器って、自らが用意するんですか」
審判は、分かりやすく説明する。
「ああ。飼主となる人間は、予め自分が用意した荷物を持って、この戦いに参加することになっていた。君の場合は、稀な例だがな」
ということは、銃も爆弾も暴食の飼主が持ち込んだのか。…そういえば。
「たしか、アリン君って」
私は、自分が知っているアリン君の情報を侵犯に伝える。
「なるほど、十分あり得るな。暴食の飼主の経歴を、もう一度確認してみるか」
審判は顎に手を当て、呟く。そこから姿勢を整えると、私たちに相談してきた。
「暴食陣営は二勝し、既にトーナメント進出を決めた。もう一組、進出を決めたペアはいるが、そちらも信用できない。そこでだ、君たちに優勝してもらいたい」
私が、何故かと尋ねると。
「君たちが、一番信頼できるからだ。審判として、不埒な奴らが優勝するのは、些か面白くないのでね」
何を根拠にそんなことを言うのか分からないが、期待されて悪い気はしない。
「ところで、そのもう一組とは」
なんとなく予想していたが、やはり憂鬱陣営だった。
つまり、憂鬱と暴食がトーナメント進出を決め、傲慢と嫉妬が敗者復活に回ったことになる。
明日の私たちの試合が終わると、ようやくトーナメントと敗者復活、それぞれの出場が決まりきる。
何としても、明日の強欲戦を勝ちたい。
「すまない、話が長くなったな。だが安心しろ、この飯は冷めても美味いからな」
たしかに、まだ良い匂いだ。私は、尋ねる。
「ところで、ご飯って誰が作ってるんですか」
審判は、鼻で笑って答える。
「私以外に誰がいる。料理など、赤子の手を捻るより遥かにたやすい」
コイツの手料理を今まで美味しく頂いていたかと思うと、なんだか複雑な気持ちだ。
審判の男は、邪魔をしたと言い残して、出て行った。
私たちは、隣に座ったままご飯を食べ始める。
量は決まっているが、時間を気にしなくていいのはありがたい。話しながらでも、全然平気だ。
「レストは、霊夢の言葉をどう思う?」
あの男が参加者を信じないように、私もあの男の言葉をうのみにする気は無い。とは言っても、私個人の考えだけでは心配なので、同意してもらいたい。
「誰に何と言われようが、オレは傍から優勝するつもりでいる。当然、敵は全て斃す。それ以外意見は無い」
期待していた応えとは異なるが、良しとしよう。
その後は、私が一方的に愚痴を溢し続けた。主に、私物が何一つ無いことに対して。着替えにしろ、武器にしろ、明らかに不利。
途中で何度も、愛猫に黙るよう言われたが、募り募った不満を吐き出さずにはいられなかった。
料理は飲み込んでいるけどね、なんちゃって。
結局、食べ終わるまで止めなかった。
審判に言われた通り、空食器は廊下に出しておく。
時刻は20時38分、正確な時刻をお伝えします。
さて、明日はいよいよ予選最終試合だが、特に緊張感が浮かんでこない。とりあえず、何か下準備はしておこうと、腹筋背筋腕立てを限界までやった。すぐに、全身が痛くなってしまった。
「やばい、筋肉痛かも。慣れないことなんて、するんじゃなかった。どうしよう、動けなかったら」
私が後悔していると。
「ゆっくりシャワーを浴びて、終わったら痛い所に氷を当てて冷やせ。もちろん、ストレッチは忘れるな」
猫男から、的確な助言をもらった。当の彼自身は、口だけで全く動いていないのだが。
嬉しくもあり、憎らしくもあったので。
「そう言えば、レストって人間状態でシャワー浴びたことないよね。いつも、猫の姿になって全身を毛繕いするだけで。もしかして、水が苦手なの?」
少しからかうつもりで言ったのに、思いのほか動揺したものだから、もうちょっと攻めることにする。
「折角だしさ、一緒にどう。背中、流してあげるから」
今更、恥ずかしくもないし。しかし、彼は頑なに。
「オイ、大事な試合前夜に、色欲を出してんじゃねぇぞ。さっさと一人で入れ。あと、猫は水に関して飲む専門なんだ。よく覚えとけ」
怒らせてしまった、やっぱりやり過ぎか。
ちょっぴり残念に思いつつ、大人しくシャワーを浴びる。助言通り、痛いところを集中的に温める。
全身清め終わると、すぐさま体を拭いて、氷を皮膚に付ける。気持ちよくなったところで服を着て、柔軟体操を開始。だが、思うように腰が曲がらない。
「お前、身体固すぎるだろ」
いつの間にか背後に回っていた猫男が、呟きながら私の背中を押す。
「痛いイタイイタイっ‼ ちょっ、やめて」
抵抗しても、全く無意味。彼は、黙ったまま押し続ける。拷問に近い時間がしばらく続いた。
やっと解放された私は、身体が痛くて思うように立てなかった。これでは、本末転倒ではなかろうか。
とりあえず、ゲン担ぎと言うか自尊心の回復というか。何もせずに寝るよりは、意味があったと思う。
大丈夫と、何度も自分に言い聞かせて、志だけでも高く持つ。歯を磨いて、髪を乾かし、寝具に入る。
元の緑色の猫に戻った動物は、既に寝ていた。
「おやすみ」と声をかけ、私も眠りにつく。