異世界転移犬シロ
もっと展開早い方が面白いんだろうけど。
なんでシロがこの世界に居るんだろう。
多分あれはうちの愛犬だ。
この世界に柴犬が当たり前に野良犬として居ると言うのなら別かも知れないが、首に付けた赤い首輪は俺が買って上げた物によく似て見えた。
階段を駆け下りると侍女が止めるのを振り切って門を抜けた。
湖への道は何度が歩いたから覚えている。そんなに遠くじゃないのでしばらく走ればすぐに陽の光を乱反射する湖面が木々の間から見えて来た。
貴族の行楽地でもある為畔には四阿の白い屋根も見える。
「わん!」
「シロ!どこにいる?」
声のする方向へ叫ぶ。木々の下生えの隙間から元気に揺れる尻尾が見えた。
「シロ!なんでお前こんなところに居るんだよ!」
草を掻き分けて愛犬を見つけると、シロもこっちに気付いたらしく飛び掛って来た。
「わはは、やめろ!顔舐めるな!くすぐったい!」
わしゃわしゃと頭やら首周りやら撫で回す。小型犬だけど俺も今は小さいから抱きごたえがある。
「あ、あのぅ…」
「うわっ!ビックリした!」
なんか声がしたと思ったらシロが潜り込んでいた先に幼女が座り込んでいた。マジでビビるからやめて!
「ごめんごめん」
ちょっと腰が引けてたのを取り繕いながら声を掛ける。
「人が居るとは思わなくて。驚かせてゴメンよ」
栗色の髪をした女の子は少し安心した様な表情をすると、ブンブンと首を振る。あどけない仕草からして俺と同い年くらいかな。
「キミのイヌなの?しろくてちいさくてかわいい」
「あー、うん。そうだよ。ってかそうだったっつーか…」
幼女は後半よく分からなかったのか首を傾げる。
「?…ねぇだっこしてもいい?」
遠慮気味に両腕を差し伸べてくる。俺はシロを抱えると向かい合う様にしてあげて抱っこさせた。
シロも幼女が気に入ったのかほっぺたをペロペロ舐め始める。それが嬉しかったのかキャッキャと笑い始めた。
「ニーナ、どうしたの?…あらっ」
ガサガサと葉音を立ててご婦人が現れる。
俺の顔を見て固まった。
驚いた顔でこっちを見つめながらあらあらと口許を隠しながら慌て始めた。
あー、ヤバいかな?そういえば俺屋敷の人間以外の人と初対面だわ。
「あのね、このことワンちゃんとあそんでたの!」
「あらそう?あらあら、それはありがとうございました」
丁寧にお辞儀をして来る。多分俺が何者か察しが付いてる感じね。
「どうしたのですか?ネリーさん。ニーナちゃんは見つかったのですか?」
別の女性の声が四阿の方から聞こえて来る。それも聞き覚えのある声が。
慌てて走り去ろうと振り返った瞬間、追い討ちの鋭い声が飛んできた。
「ユリアンさま!なんでこんな所に居るのですか?今日は謹慎を言い付けましたよね?」
こめかみに血管が走る音がピシッと聴こえる気がした程マイヤは鬼の形相だ。
しかしシロの愛くるしい姿を目にすると、急に表情を変えてモジモジし始めた。
「あ、そ、その愛らしいい生き物はなんですか?」
抱っこしたいのか両手がワキワキしている。お前ちょっと怖いよ!シロも何となく引いてるじゃないか。
「コイツはシロだよ。僕の友達なんだ」
ニーナと呼ばれた幼女からシロを返して貰うと、
鼻息の荒いマイヤに手渡した。
ふふん。かわいいんだろ?撫でたいんだろ?いいんだぜ、連れて帰っても?
「こ、困りましたねえ。屋敷には犬小屋などないのですが。小さ過ぎて番犬にはならないでしょうしああかわいいぺろぺろしてる」
メロメロですやん!飼う気満々!
てか犬も異世界転生するのか?いやこの場合異世界転移?
まぁ何はともあれ愛でたく無事にシロはナルヴァの離宮のペットとなりました。
因みにネリー、ニーナの二人は村の粉屋の母娘らしい。祭りの花火を湖畔で打ち上げる相談を四阿で婦人会が集まって話し合ってたそうだ。
また祭りの話しをして俺が行きたいとか言い出すのが怖くて秘密にしてたんだろうな。それに母娘にも俺と会った事は誰にも言わない様に口止めしてる様だった。
俺ってそんなに世間様に出せないやつなのか?
なんか落ち込むわ。
――――――――――
シロはとりあえず厨房裏の勝手口を出た所に爺ちゃんが簡単な小屋を作ってくれた。
首輪はしているがリードは繋いで無い。
なーんかコイツ前より賢くなってる気がするんだよね。
爺ちゃんがここがお前の家だぞ!って言ったらワン!とか言ってすぐに小屋の中に丸くなったり、腹が減ったらワン!っつって可愛らしい目で見つめて来たり…
あれ?前と変わんないか。
でもお前言葉解ってるだろって聞いたらワン!っつって慌てて誤魔化してる風だったしな。
まぁいいや。
それにしても、やっぱり村には同い年くらいの子供居るんだな。
そりゃそうだよな。
帰り際手を振ってまた遊んでね!とか言ってたけどネリーさんの慌てぶりからすると、多分ダメなんだろう。
まあ幼女と遊ぶっても何していいか分からんし、ままごとに付き合わされるって考えるとゾッとするから別にいいんだけどさ。
そんな事してる暇あったら魔法の練習してる方がよっぽどマシだわ。
「な、シロ。お前もそう思うだろ?」
庭で蝶々を追っ掛けてたシロが立ち止まって振り返るとワン!と吠える。かわいい奴だ。
本当なら向こうに残って母さんを慰めて欲しかったんだけどな。
来ちまったものはしょうがないわな、シロ。
代わりに俺を慰めてくれよ。
柴犬かわいいよね。