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第7話

遠くに巨大な砂埃。

物見筒で覗くと、何十体というゴブリンの集団が、狂気に駆られて叫びながら走ってくるのが見えた。

距離は離れてはいるものの、猶予はない。


「その石はよほど大切なものらしい」


タツローさんは肉眼だ。まさか見えているのだろうか。


「返しちゃえばいいじゃない」


リンが呆れたようにこちらを見る。


「いや弟の形見だし」


「嘘でしょ」


「嘘だね」


まあ嘘なんだけど。

まさか宝石1つでここまでの事態になるなんて!

本当に昨日からついてない!


「そもそもゴブリンに話は通じないでしょ!コレ返したって暴れるのは変わらないって!」


「その通りだネム。だが我々だけではあの数は止められん。今は1人でも多くの協力が必要だ。」


そう言いながら、警備隊のおじさんは剣を鞘から抜こうと頑張っている。

どうやら錆びてなかなか抜けないらしい。


そもそも平和なこの町では剣など使う必要も無かったのだろう。

後ろに控えて震えている2人の若者も、警備隊という事にはなっているがその実はこのおじさんの息子というだけだ。

彼らは普段は大工と革細工師であり、戦いの経験などない。


「ネム。お前は足が速いから都に援軍を呼びに行け。リンはメイジ達と共に女たちを連れて魔法で身を隠すんだ。」


おじさんはやっと抜けた剣を振りながら言った。

ゴブリン達の喚き声が少しずつ近付いてくる。


「おじさんはどうするの!」


「なあに、ゴブリンの足止め程度ならばやってみせるさ。私がこの町を守るのだ!」


言葉こそ勇ましいが、足は震えている。

武者震いではないだろう。


「間に合うわけないでしょ!それに、こんな小さな町1つに都の兵士は来てくれないよ!」


「しかし、敵があの数では蹂躙されるだけだ!他に手があるというのか!」


「石を集めてくれ」


タツローさんが静かに、しかしよく通る声で会話を遮った。

その足元にはもう石が少し積まれている。


「何を集めるって?」


「石だ。投げやすいのはこのくらいの大きさだが、多少は違っても構わない」


タツローさんは手に握った石を見せてきた。

りんごより少し小さい程度の大きさの、丸に近い形のもの。

おじさんは怪訝そうにそれを見て言った。


「投石か。だが、この人数差で意味があるかどうか」


「これはチャンスだ」


タツローさんは次々と石を拾っては置いていく。


「壁というものは、超えられる者にしかやってこない。だから壁がきた時はチャンスなんだ」


「チャレンジしてみようじゃないか」


左手の上で石を遊ばせながら、彼がニヤリと笑う。

それを見て、息子2人は石を拾い始めた。


この人の言葉はなぜか勇気をくれる。


「あんた、誰だい?」


「タツロー。元シアトルウェーブスのタツローだ」


タツローさんが不意に石を握りしめ、右足をゴブリンの方に向けて鋭く踏み込んだ。


「タツローさん、まだ遠っ……!」


出し掛けた言葉が喉で止まった。


彼の全身がムチのようにしなる。

腕の先端は早すぎて目視できなかったが、その風圧だけが私の背中へ駆け抜けていく。


気付いたら、振り下ろされていた彼の手から石が消えていた。


ゴブリン達の声が止んだ。


物見筒を覗くと、先頭の一体が倒れていた。


「次だ」


彼が再び石を拾い、先ほどと全く変わらない、なんのブレもないモーションで投げる。


放たれた石は目にも留まらぬ速さで閃光のように真っ直ぐと飛び、次の瞬間にはゴブリン特有の紫色の血が飛び散った。


彼は淡々と、しかしひとつずつ丁寧に握りしめた石を投げつけて行く。

その度に遠方で火花のように血が吹き上がった。


ただの投石。


されど、それはどんな彫刻よりも美しく、どんな戦士よりも勇ましく、どんな兵器よりも恐ろしかった。


「石を集めろ!」


おじさんが叫びながら走り出した。

私は積み上がった石を拾い、タツローさんに投げた。


「ありがとう!」


彼はそれを一切見ずに受け取り、投げた。

私もすぐに次々と石を投げ渡す。


「嘘でしょ……?あの距離じゃまだ弓も届かない!一体どうやって!?」


「凄いでしょ」


困惑するリンに、私は言ってやった。


「これがタツローさんよ」


昨日出会ったばかりの人なのに、私は自慢せずにはいられなかった。


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