第4話
町に着くのはそれからすぐだった。
何しろこの男、とてつもなく足が速い。
森を抜けて走りやすい街道に出ると、まるで馬にでも乗っているかのような速度であっという間に町までの道を駆け抜けたのだった。
「ここが君の町かい?」
町の入り口で彼が立ち止まる。
「あ、はい。あの、ありがとうございます。」
「いや。彼らには少し悪い事をしたかもしれないな」
彼ら?
まさか、ゴブリンの事を言っているのだろうか。
「大して太い木ではなかったが、大怪我をしてなければいいが」
「あの、もしかしてゴブリンを知らない?」
「彼らの事かい?ああ、あの緑色の顔は初めて見る」
「彼らに慈悲はいらないわ。人間を敵視して、弱い相手に集団で襲いかかるズル賢い奴らよ」
「……人間を敵視?」
「詳しくは歴史のセンセーにでも聞いて。私は亜人の歴史なんて知らないけど、とにかくそういう奴らなの」
「人間では……ないのか」
困惑している様子だ。
亜人を見るのは初めてなのだろうか。
しかし、どこに住んでいようが話くらいは聞くものだと思うが。
「あなた、一体どこから来たの?」
「東京ドームホテルだ」
「トウキョー?どこですって?」
「東京ドームホテルで記者会見を行い、退室した瞬間に森の中にいた。訳がわからないよ」
訳の分からないのはこっちだ。
何を言っているのやらさっぱりだわ。
でも……
「私、あなたの事を知りたい」
しまった!ついうっかり口に出してしまった!
これじゃまるで……。
「ちょうどいい。僕も色々と聞きたい事があるんだ」
どうやら、気にしてないようだ。
鈍感なのか、それどころじゃないのか。
とにかく、意見は一致した。
「それじゃ、私の家に案内するわ」
「オーケー。どこだい?」
…………
「あの」
「どうかしたかい?案内してくれるのでは?」
「いや、まず降ろしてください」
「足の治療がまだだ。今は動かすべきじゃない」
「でも、この姿を誰かに見られちゃったら」
「何か問題が?」
無いわけないでしょ。
お姫様だっこのまま町を練り歩くなんて、恥ずかしさで顔が燃え尽きてしまう。
が、彼は意に介さない。
「さあ、案内を頼むよお姫様」
彼が白い歯をキラリと輝かせて笑った。
私は、その笑顔に負けてしまった。
……道中で誰とも会わなかったのは幸いである。
「……タツローさんはニホンのトウキョーという場所から来た、と。しかしこの土地の事は何も知らない」
「そうなるな。僕の住んでいた所とは色々と違う点があるようだ」
彼は私の足に手早く包帯を巻き終えて言った。
本当にこの人何でも出来る。
「どうやって来たか、どうやって帰るかも分からないと」
「ああ。心配する人も居るだろう。出来ればすぐにでも帰りたい」
「そして、何度も聞きますが」
「ああ」
「奥さんがいると」
「家で妻と犬一匹が帰りを待っている」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ」
「気に障ったならすまない。この国の常識には慣れていないから、至らない所もあるのだろう」
そういう事じゃなくて
そういう事じゃなくてっ!
好きな人が既婚者だと知って落ち込まない女はどこの国にも居ないでしょーが!
「参ったな。僕が今よく知らない土地にいるという点しか分からないか」
私の失恋は分かったけどな!
まあ、それは仕方ない。仕方ないが……
「でも、タツローさん話よりも随分と若く見えますね」
「僕もさっきのスイングで感じた。いつもよりキレがいい。昔のスイングに戻ったような感覚だ」
「若返り。それに転移ですか」
「魔法のようだな」
「そうですね。メイジギルドで魔法の話を聞くべきかも」
タツローさんの言葉が切れた。
ふと顔を上げると、目をぱちくりさせている。
「あるのかい?魔法」
「そりゃあるでしょ。私は使えませんが」
「ファンタジーだね」
「何の話ですか」
「いや、すまない。どうも長年染み付いた常識というものはここでは邪魔になるようだな」
魔法のない国から来たのかしら
でも、ゴブリンも魔法も無い国なんて想像し辛い。
彼と私では知っている事が違いすぎる。
「それとあとひとつ。重要な事があるね」
「はい」
「君に弟はいない」
「あー……」
「嘘つきは泥棒の始まりだよ」
「その言葉、私の国にもあります」
「不思議なものだ」
「本当に」
本当に……不思議な出会い。
これが私とタツローさんの出会いだった。