第29話
「ヘレナさん!この牢の外はどうなってるの!?」
「ここは屋敷の地下だ。階段を登れば屋敷の中庭に出る。だが、おそらく騎士達が警備しているはずだ」
私は階段の前で立ち止まった。
考えなしにこの階段を登るのはまずい、か。
しかし、おそらく出口はここだけ。
やむを得ない。多少血生臭い展開は覚悟するしかない。
「あー。ちゃうで。こっちやこっち!」
私がナイフに手をかけた時、ジェミニが階段わきの壁を指差した。
そう壁。ただの壁だ。
「どういう事?」
「タッツ。ちょいとこれをそこに投げてや」
ジェミニが私のカバンから何かを取り出して投げた。
タツローさんが受け止める。
「ってそれ、炸裂玉じゃん!何するつもり!?」
炸裂玉。
盗賊道具の一つだ。
要するに小型の爆弾で、弾け魚の脂を藁に染み込ませて持ち運びやすいように木の樹脂で保護してある。
導火線に火をつければ小規模な爆発が起こるが、爆発の影響範囲はかなり小さいため戦闘で使えるものではない。
大きな音を出したりカギなんかを壊したりするのに使うのだが……。
って、すでに火が付いている!
「タツローさん危ない!早く手放して!」
「その壁でいいんだな」
タツローさんが振りかぶった。
ヤバい!私は素早く地面を蹴って壁から離れる。
次の瞬間、轟音と共に大爆発が起こり、壁は粉々に砕け散った。
壁だけではない。その裏の岩盤までぶち抜いている。
いや、炸裂玉ってこんな威力あるものじゃないんだけど……。
「計算通りや!投球スピードが早すぎるがために球の前方に圧縮空気、後方に真空が形成され、それが爆発時に言わばバックドラフト現象のように……」
「つまりタツローさんが凄いって事ね!流石だわぁ!」
リンにはジェミニの話を聞く気は微塵もない。
それでいいのかメイジ。
理屈はよく分からないが、タツローさんが投げると低威力の炸裂弾でも岩を砕く威力になるらしい。
本当に常識外れな人だ。
「まあええわ。あれを見るんやで!」
ジェミニが指差した先には破壊された壁、そして砕かれた岩、更に奥には……空間が広がっていた。
洞窟だ。
「なんだあれは!こんなものが屋敷にあるなどとは聞いた事がないぞ?」
「言ったやろ。魔石はファムタズの洞窟にあるってな」
「えっ?まさか……」
「せや!これがファムタズ家の隠し洞窟や!だいぶ昔の当主がここに魔石を隠して埋めたんや」
「ジェミニはこれを知ってたの!?」
「当たり前やろ。やから君らが捕まるのを黙って見てたんやで」
私達が捕まって牢屋に案内されるのを待ってたということか。
……なんて危険な作戦だ。
私たち、あの場で殺されてもおかしくなかったんだけど。
「急ごう。さっきの音には騎士達も気付いたはずだ」
確かに階段の上が騒がしくなっている。
とにかく追っ手が来る前に行くしかなさそうだ。
私達が穴を潜って洞窟に入ると、リンが振り返って杖を穴に向けた。
「氷牙!」
リンが魔法を唱えると、穴の入り口あたりの地面から氷の柱が何本か勢いよく生えてきた。
柱は穴を隠すように重なって固まる。
これで道を塞いで時間稼ぎというわけだ。
「空気穴は空けといてよ。出口が他にあるか分からないし」
「分かってるわよ」
私は鞄から小型の松明を取り出して火をつけた。
辺りは暗く、少し肌寒い。
こんな頼りない火種がとても暖かく思えた。
「みんな離れないで」
コケさえも生えていない
全く光の届かない場所だという事だ。
足を滑らせる心配が無いのは幸いか。
声が反響して聞こえる。
そこそこ広い空間のようだ。とにかく固まって前に進むしかないだろう。
私達は暗闇の中へ一歩ずつ慎重に歩を進めた。
それはまるで暗闇の中に吸い込まれていくような感覚だった。