第26話
大きなお屋敷だ。
高く厚い石の塀に、更に鉄柵まで乗せた完全なセキュリティ。
屈強な番人2人が守る門を抜けると、鮮やかな花で彩られたパステルカラーの花壇と美しく切り揃えられた低木が目を引く。
石畳を進んで庭から屋敷に入ると、金細工のシャンデリアと豪勢な赤絨毯、そして絨毯の脇には頭を下げる使用人がお出迎え。
その使用人の纏っている衣類でさえ、私のボロの何十倍ものお値打ちものなのだろう。
ここはファムタズ領主の屋敷である。
ヘレナさんが任務の報告をするという事で来たのだが、明らかに私達は場違いだ。
入り口ですでに腰が引けて帰ろうとする私達だったが、ヘレナさんに引っ張られて一緒に入る事になった。
命の恩人なので紹介したいという。
一応、タツローさんが魔神だというのは伏せてもらうように言ってある。
ジェミニの言う通りの人物であれば、タツローさんの力を利用しようとするに違いないからだ。
カバンの中からジェミニの寝息が聞こえる。
おとなしいし、いびきや寝言が無ければまあ良いが、なんというか呑気すぎやしないだろうか。
使用人に案内された広間で待っていると、厳つい男が奥から現れた。
着ている服装こそ煌びやかなシルクのローブだが、その中から覗く胸板や腕の太さは戦士のそれだ。
頬には大きな傷跡に、腰に幅広の剣を携えている。
この人がファムタズ卿……。
ヘレナさんが跪き、頭を下げた。
私たちもそれに倣ってとりあえず跪く。
卿は堂々と歩き、私たちの正面の椅子に腰かけた。
「ヘレナ・マーリン・フェリクス。帰還致しました」
「うむ。まずは任務ご苦労。彼らは?」
「はい。帰りの道中世話になった方々で御座います」
「なるほど。そこの御仁。線は細いがなかなかの使い手だな?」
ファムタズ卿の視線の先はもちろんタツローさん。
タツローさんの実力を一目で見抜くあたり、やはり只者ではない。
騎士の国の領主は伊達ではないということか。
「恐縮です」
タツローさんは肯定も否定もせず、とりあえず謙遜。
慎重だ。
「ふむ。本題に入ろう」
「はっ!」
ヘレナさんが立ち上がり、ピシッと直立する。
私たちももちろん立って並ぶ。
場の空気に流され、なんとなく背筋を伸ばしてしまう。
「向かわせた隊は11人。帰還したのはお主1人。これはどういうわけだ?」
ヘレナさんが言葉に詰まる。
隣にいる私からはかすかに震えているのが分かった。
「皆は……死にました。召喚された魔神に虐殺されたのです」
「ほう。魔神に?詳しく話してみよ」
ファムタズ卿の眉がピクリと動いた。
だが、思ったより冷静だ。
配下の騎士が死んだというのに?
「魔神召喚の術には成功したのです。ですが、12の魔神のうち最初の魔神は現れるなりエドウィン術師を殺害。そして、仲間たちも……」
「他の魔神はどうなった」
「見ておりません。召喚された後に自ら移動したものかと」
「そうか。手痛いな……」
「皆、私を逃がすために……!」
ヘレナさんは一度顔を伏せたが、すぐに正面を向き直した。
「ファムタズ卿!魔神は危険で御座います!すぐに元の世界に返さねば、取り返しのつかない事になりかねません!」
「元の世界に返す方法があると?」
「はっ!この世界にある12の魔石を揃え、術を解除するのです!そのうち1つは既に彼女の手に御座います!」
「ほほう」
2人がこちらを向く。
いきなり話を振られてちょっとドキッとした。
鋭い視線に少し気圧される。なんて迫力。
ファムタズ卿がおもむろに片手を上げた。
その瞬間、ドアが開き武装した騎士たちが続々と部屋に入って来た。
物々しい雰囲気で彼らの抜いた剣の切っ先が向いているのは……私達。
なんで!?
「魔石を渡して貰おうか」
混乱する私達の前で、ファムタズ卿は無表情に言った。