第25話
町に戻った後、一晩休んだ私達はファムタズに向かう馬車の中にいた。
ヘレナさんはファムタズに帰還しなければならないし、私達もそれについていく形だ。
ジェミニの話では領主の協力をあおぐのは難しいというが、ヘレナさんを通じてとりあえずお願いはしてもらう。
別に私とリンがついていく必要はないのだが、やっぱり魔神の危険さを知ったからには放っておけない。
この世界の平和のためと考えればやる気も出るというものだ。
決してタツローさんと離れたくないとか、そういう俗っぽい理由だけではない。
いや、それも、まあ、ちょっとはあるけど……。
「タッツはモテモテで羨ましいわ」
「心を読むな黄色。あんたはモテなさそうね」
「うぐっ……どどど童貞ちゃうわ!」
「あらあら可愛い事ねえ」
「ファッ!?これはリンちゃんが貰ってくれるおねショタ展開か!?」
「悪いけど、私足が速くて投擲の上手い人が好みなの」
「1人しかおらんやんけ……」
当のタツローさんはというと、棍棒を一心不乱に削っている。
何やら綺麗に形を整えているようだが、あんなに丸っこくて威力が出るのだろうか。
もっとゴツゴツさせた方が痛そうだけど。
「こんな所だな。あとはグラブとボールがあれば良いんだが」
タツローさんは削り終えたバットにふっと息を吹きかけ、木屑を飛ばした。
美しい流線型になったバットを見て満足そうだ。
「あの川の先がファムタズ領だ」
ヘレナさんが馬車の進行方向を指差した。
澄み切った川と、それに架かる橋。
そして橋の入り口には石造りの検問所が建てられていた。
この川はファムタズとミウリアンツの国境として機能している。
ファムタズからミウリアンツに入るにはこの橋を渡るか、先日のような危険な森を抜けるしかない。
馬車が検問所に差し掛かると、守衛が1人顔をのぞかせた。
「ご苦労さん。ファムタズに入る目的は?」
「ヘレナ・マーリン・フェリクスである。任務から帰還する所だ」
「おや、フェリクス様のご息女ですか。なんでまた民間の馬車なんぞに?」
「……予想外の事態が起きた。やむを得んのだ」
「へえ。騎士様も大変ですなあ。ま、どうぞお通り下さい」
「ご苦労」
馬車は再び動き出す。
「ずいぶんテキトーなのねえ」
「戦時であればともかく、平時ならばあんなものだ」
そう。平時ならば、だ。
領主が魔神召喚などと物騒な事をやっているなんて、この人たちは知らない。
いや、出来ればそんな事は知らずにこのまま平穏に仕事をこなして欲しいものだ。
私達が止めなければ。
遠くに見えてきたファムタズの街並みを見ながら、決意を固める。
ふと、頭の上に白い羽が落ちてきた。
空を見上げると、一羽の鳩が馬車を追い抜いていった。
「僕の国では、鳩は平和の象徴と言われている」
鳩を見ながら、タツローさんは言った。
「彼が平和を運んでくれるさ。きっとね」
もしかしたら私が気負っていると思って気を使ってくれたのかもしれない。
本当に優しい人だ。
魔神がみんなこの人みたいなら良いのに。
鳩の姿はだんだん小さくなり、やがて空に消えた。
きっと大丈夫だ。彼がいれば、きっと。
私は羽を捨てようとして、ふと違和感に気付いた。
さっきの鳩、足に何か付いていたような……?