第21話
ファムタズとミウリアンツの関係が悪いというのは前述した通りだ。
それが戦争にまで発展しないのは、両者のパワーバランスにある。
両者の軍事力はだいたい互角なのだという。
私たちの国、ミウリアンツは優れた魔法技術を持っている。
領地中に存在するメイジギルドがメイジの育成に一役買い、強力な魔法や優秀なメイジが他国よりも多い。
対してファムタズには騎士団がある。
ヘレナさんもそうだが、ファムタズの貴族達は名誉を重んじるそうだ。
彼らは私財を投じて豪華な装備や兵士をで揃えて名誉を競い合うのだという。
そうやって他国よりも金のかかった騎士達は、ひとたび戦になれば名誉を求めて勇猛に戦うのだという。
そういうわけで、戦いになればどちらが勝つか全くわからない。
だからそれぞれの領主も相手の領地をほしがってはいるものの、戦争に踏み切る事はできないのだ。
しかし、ファムタズの研究家がある事を発見した。
それが魔神召喚の術だったという。
彼はかつてヤクス城が英雄バクロウに攻め落とされた時、あまりにも城が無防備過ぎたことに注目した。
反乱が起きる機運というのは、城から出ずとも感じるものだ。
通常はそこで守りを固めるなり、国民をなだめるなりと言った手段を講じる。
しかし、ヤクス王はそうした防衛策を行ったという記録がない。
国庫は潤っていたのにも関わらずだ。
これは王が凡愚であったというのが通説であったが、研究者はそこに疑問を持った。
また、王の財産が全く見つかってない事も気になった。
そして、実はヤクスがこの魔神召喚のために財産を使っていた事を突き止めたのだ。
王は召喚した魔神に身を守らせるつもりだったが、なんらかの理由で失敗した。
そのため、英雄バクロウが来た時には無防備だったのだ。
ファムタズは騎士団をヤクス城に派遣し、魔神召喚の術を手に入れた。
そして先日、ついに現地に派遣されたヘレナさんの目の前で、ファムタズの魔導士によって術は行使された。
術によって12の魔神が異界より召喚され、ファムタズに忠誠を誓う。
……はずだった。
呪文の詠唱があると、魔法陣は眩い光に包まれた。
やがて光の中から赤黒い肌の大男が現れた。
肉体は筋骨隆々。金色の瞳を持つ目付きは鋭い。
騎士団は歓喜した。
これぞ魔神。我々は魔神を手に入れたのだと。
ファムタズが天下を取る時が来たのだと。
魔神は周囲を見回した後、術を行使した魔導士にゆっくりと歩み寄った。
そして、その頭を握り潰した。
まるで果実でも潰すように簡単に。
まるで目の前のゴミを拾うように当然の如く。
まるで地に這う虫を踏み潰すかのように無造作に。
そいつは人を殺した。
その後は凄惨なものだったという。
怒って立ち向かう騎士団を片手であしらい、まるで草花でも摘むように勇猛な騎士達の命が奪われていったという。
「私は女だからという理由で皆に逃してもらったのだ」
ヘレナさんは悔しそうに言った。
「ネルソンも!ロビンも!私の為に囮になって……っ!!」
「……そうか。そいつは今どこにいる?」
「……分からない。逃げるのに必死だったし、もう三度は日が沈んだ」
この人、3日も森でさまよってたのか……。
「とにかく行ってみるしかないか」
タツローさんが立ち上がる。
「ちょっとタツローさん!今の話を聞きましたよね?」
危険すぎる。
だが、私の心配をよそにタツローさんは淀みなく答えた。
「ああ。人を簡単に殺す危険な奴がいる」
「だから逃げるんです!」
「だから止めるのさ。放ってはおけない」
お人好しなのは知っていたが、ここまでとは!
私がどう説得するべきか考えていると、リンがひょいと挙手した。
「ちょっと気になるんだけど、いいかしら」
「なによ」
「12人の魔神を呼んだのよね?ほかの魔神はどうなったの?」
「分からない。私が見たのは1人だ」
「なら、残りの11人は後からそこに召喚された可能性があるわね」
「でも、術を使った人は殺されたんでしょ?失敗じゃない」
「一度使われた術は、術者が死んでも止まるとは限らないわ。ヘレナさんは術の途中までしか見てないのよ」
「馬鹿な!奴のような者が12人も解き放たれれば……」
「急ごう。ネム、城は向こうで良いんだな?」
私は頭を抱えた。この人は私が何を言っても考えを曲げない。
「ああもう!分かりました!でも、危なかったら逃げますからね!」
「ありがとう」
こんな時だと言うのに、タツローさんは爽やかに笑った。
私はその笑顔に負けてしまった。