第19話
ファムタズといえば、確か隣の領主である。
私達の町、スイベはミウリアンツ家という領主に治められている事になっている。
ファムタズはそのミウリアンツとかつてのヤクス領地を取り合った仲だ。
当然関係はとても悪い。
戦争などと物騒な話ではないものの、何かのきっかけがあればそうなりそうな不安定な情勢と言える。
国境はちょうどヤクス城のあたりなので、もうすぐそこだ。
「それで、お隣の騎士サマが何故こんな辺鄙な森に?」
「隣だと?ここはファムタズ領ではないのか?」
「こっちはミウリアンツ領。ファムタズはもうちょい向こうよ」
「うそ!?道理で見たことない道だと……」
言いかけてヘレナさんとやらはゴホン、と咳払いした。
「ふむ。進軍ルートを外れたようだな。協力感謝する」
「進軍って。あなた1人じゃない」
「いや、それは……」
「なるほどね。はぐれて迷子になって彷徨ってたらドライアドの根っこでも踏んづけたとか?」
「いや、腹が減って木ノ実でも食おうかともぎ取った所、それがちょうど化け物の宿り木でな」
「えぇ……」
なぜ得体の知れない木ノ実なんて食べようとするのか。
そして、たまたまそれがドライアドの木とはついていない。
失礼ながら、この人は頭も運も悪いようだ。
これはほっといたらまた迷子になりそうである。
どうせ国境近くのヤクス城まで行くのなら、案内しても良いかもしれない。
貴族ならちょっとしたお駄賃くらい出してくれるかも。
「私達ヤクス城に向かう途中だし、一緒に来る?」
「ヤクス城だと……!?」
ヤクス城、という単語を聞いてヘレナさんの表情が硬くなった。
「すぐに引き返せ。行く事は許さん」
「はぁ?」
「これは命令だ。フェリクスの命令が聞けぬのか?」
と言っても違う領地の貴族だし、知らないお家の命令など聞く義理はない。
しかし、この態度の変わりようはどうした事だろう。
ヤクス城に何かがあるのだろうか?
「僕はそこに行かなければなりません。理由を教えて頂けますか?」
「理由などない。行ってはならん」
タツローさんの丁寧な言葉も届かない。
しかし、こんな理屈で納得するのが無理というものだ。
「行きましょ。こんなポンコツ騎士の言う事、聞かなくていいでしょ」
「誰がポンコツ騎士よ!あ、いや、それは聞き捨てならん!」
「はいはい」
リンがめんどくさそうに突き放す。
さすがに辛辣だとは思うが、実際のところ私もそう思う。
だが、この様子を見るにヤクス城には何かあるようだ。
ヤクス城は現在どこの領地でもない空白地帯だ。
そこにファムタズの騎士が関係しているとなると、少しキナ臭い。
ここはひとつ……。
「そうね。騎士サマは怖がってるみたいだし、置いて行こうか」
「おい貴様!いつ私が怖がった!?」
「だってこんな所で迷子になってるって事はさあ」
「だ、だから何だというのだ!」
「必死に逃げたんじゃない?お城の『何か』から」
「なっ……っ!?」
ヘレナさんの顔色が変わった。どうやら当たりらしい。
「そうね。あんなの見ちゃったら逃げちゃうわよね」
「……貴様!何を知っている!?」
「実は私も同じものを見たわ。だから私達も行くの」
無論、ブラフである。
だが、反応を見るになかなか良いセンを突いていそうだ。
「……奴らを倒せる気でいるの?でも、さっきの戦いぶりなら、もしかしたら」
何やらブツブツと呟いている。奴らとは?
「それじゃ、私達は行くから」
「い、いや待て!本当に奴らを倒す気なのか!?」
「ええ。楽勝よ」
「か、仇が取れるというのか……?」
私は適当ぶっこいているが、向こうは真剣そのものだ。
あれ、もしかしてこれって相当ヤバいヤマだったりする……?
「……私も連れて行ってくれ。頼む」
さっきまであんなに尊大だったくせに、突然頭を下げてきた。
え、なにこの変わりよう。
「良いけど、本当に何をするか分かってるの?」
どうも立場が逆転したような空気があるので、ちょっと偉そうに言ってみる。
我ながら良い演技だ。
「ああ。分かっているとも」
ヘレナさんは剣を頭上に掲げ、仰々しく叫んだ。
「いざ行かん!魔神退治に!!」
………………
えっ?