第18話
タイトル変更しました。
『元メジャーリーガーの異世界無双』
から
『元メジャーリーガーが野球一つで異世界無双する話』
になりました。
今後ともよろしくお願い致します。
タツローさんが壁に作った大穴を中心にして、周囲の蔦もぼろぼろと崩れ始めた。
私は急いでその穴を潜り抜け、素早く周りに視線を滑らせる。
見るべきは、衝撃でそこかしこに倒れている樹木!
その中のひとつに、私は見つけた。
横たわっている大木と一体になってくっついている女性の体。
それはとても美しく、妖艶な魅力を持った美女だった。
しかし、それこそがドライアドだ。
森の精霊であり、狡猾で危険な怪物。
私は声もなく苦しみに喘いでいるそいつの胸元に勢いよくナイフを突き立てた。
ドライアドの白い肌は木の肌のようにボロボロになり、やがて粉々に崩れ落ちた。
終わった。
とどめを刺す、というのは重要な事である。
特にこういう狡猾な奴が相手の場合、少しでも息があれば最後に何かしら仕掛けてくる可能性がある。
イタチの最後っ屁というやつだ。
盗賊は用心深くあれ。おかしらの教えだ。
ナイフを木から引き抜いていると、タツローさんとリンがやってきた。
私が急いだのは、リンにはこの場面を見せたくなかったからというのもある。
人の見た目をしたものにナイフを突き立てるなんて、なかなかショッキングな映像だ。
こんなの実戦経験の浅いメイジのリンには少々刺激が強いと思うし。
タツローさんはどうだろう?
気にしないだろうか?それともやっぱりヒくだろうか?
分からない以上は安全策。
繰り返すが、盗賊は用心深くあれ……だ。
「終わったよ」
「みたいね。死ぬかと思ったわぁ……」
リンがへなへなと崩れ落ちる。
「それにしても、よく本体の場所が分かったわね」
「ああ、それ?こっちの壁だけ他の場所より厚かったからよ」
なるほど、本丸は他よりも頑丈に、ということか。
リンもあてずっぽうで適当に撃っていたわけではないらしい。
「ふふ、リンさんお手柄でしょう」
「まーた調子に乗って」
「乗らせなさいよ。私は褒められて伸びるタイプなの」
「言ってろ」
とはいえ、リンのおかげで状況を打開できたのは確かだ。
こいつは昔から土壇場に強い。案外頼りになるのかも。
タツローさんはドライアドに捕まっていた女性に肩を貸していた。
「ネム。彼女はまだ動けないようだ。何か手はあるかい」
「毒消しがあります。特効薬ではないけど、かなり良くなるはず」
私は鞄から一房の薬草とすりこぎを取り出し、その場ですり潰して女性に飲ませた。
それを飲んだ直後、女性が激しく咳き込み、その、汚い話だが……。
吐いた。
女性の名誉のために、嘔吐物の詳細は省く。
「ちょっ、ネム、これ大丈夫なの!?」
「これでいいの。薬が効いてる」
毒の成分が不明な以上、絶対に効く薬というものは用意出来ない。
薬屋のおじさんによると、そういう時はとにかく毒を体外に出す事が肝心なのだという。
この薬は人の『体を守る機能』を刺激し、毒物を全て吐かせるためのものなのだ。
「良薬口に苦し。という事かな」
タツローさんが何か納得したように頷いている。
ちゃんと女性からは目線をそらしているのはタツローさんなりの気の使い方だろうか。
「ゲホッ、ゲホッ……くっ、何を飲ませた!?」
女性はタツローさんを突き飛ばし、こちらに詰め寄ってきた。
「毒を吐かせる薬。ちゃんと動けてるでしょ」
「むっ……確かに。いや!しかし人前で嘔吐するなどフェリクス家の恥!かくなる上は……」
女性は腰に手を当て、停止した。
沈黙が流れる。
「あのう、それは何してるの?」
リンが呆れつつ尋ねた。
「な、無い!無いのだ!我が愛剣フェノムが!」
自分の体中をぺたぺたと触りなから慌てる女性。
あ、この人面白い人だ。
「剣なら向こうに落ちていた。少し取ってこよう」
「構うな!あれこそ私を騎士たらしめる名誉の象徴!私自身の手で探さねばならん!」
「どうぞ」
言葉が終わる前にタツローさんはその場から消え、更にもう戻ってきていた。
そして、おそらくその一瞬で拾ってきた身に付けた鎧と同じように鞘に美しい細工が施された細身の剣を女性に手渡す。
「あら、ありがと」
思わず受け取る女性。
が、受け取った剣を見ながら急に顔を真っ赤にしてまた騒ぎ出した。
「違う違う!私の話を聞いていなかったのか!」
剣を持ったまま地団駄を踏んでいる。
からかい甲斐のありそうな人だ、と思った。
ニヤニヤしている顔を見る限り、多分リンも同感だろう。
「お礼、言えるんじゃない」
「わりと素直」
「うるさいぞ貴様ら!おのれ、私を誰だと思っている!」
「いや名前聞いてないし」
「てか、助けて貰ったくせにその態度どうなの?」
「騎士サマでしょ?礼ってやつがなってないよね」
「ぬううううっ!」
女性の顔がますます顔が赤くなる。
これはいいオモチャだと思っていると、タツローさんが私達を手で制した。
「気に障ったのならすみません。しかし、我々に敵意はありません。どうか落ち着いて」
タツローさんの紳士的で落ち着いた声を聞き、女性は少し目を瞑って深呼吸した。
私はちょっと遊び過ぎたかな、と反省した。
「分かった」
女性は姿勢を正し、剣を目の前で立てた。
そして、仰々しく名乗るのだった。
「我が名はヘレナ・マーリン・フェリクス。フェリクス家の長女であり、ファムタズの騎士である」