第17話
私が放り投げたのは小さな木ノ実ひとつ。
普通ならそんなもの投げたってどうにもならない、本当にただの木の実だ。
だが、投げた先には棍棒、いや、バットを携えたタツローさんがいる。
彼は”普通”ではない!
木の実が私の手から離れた瞬間。
既に彼はバットを目の前で立てていた。
音や動き?いや、そんなもので気付いたのではない。
言うなれば『ヤキュウ』に対する嗅覚が、彼を行動させたのだろう。
タツローさんが構えに入る。
何の確証も無かった行動であったが、確信はあった。
タツローさんがこれを見逃すはずがない!!
タツローさんの『間合い』に木の実が入った。
瞬間、彼はバットを振り抜いた。
疾く、力強く、正確で、美しく、そして……恐ろしい。
そんな彼の一振りは、いつものように突風を巻き起こした。
一瞬嵐の中にいるなかと錯覚するようなその強風は、周囲の毒花粉を一気に吹き飛ばす。
それだけではない。
毒を撒き散らしていた花さえも地面から引き剥がされ、儚く散っていった。
更に、タツローさんが打ち返した木の実は女性の手に巻きついていた細い蔓を直撃。
女性は片手を解放された。
体がバランスを崩し、宙で揺れる。
だが、もう一本は千切れることもなく健在だ。
「ネム!もう一球頼む!」
私が足元に目を落として投げるものを探し始めると、リンの杖が光った。
「その必要はありませんわ!『雹弾』!!」
リンの杖先にいくつかの小さな魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から小石ほどの大きさの氷の弾丸が勢いよく放たれた。
弾丸の一つは女性を拘束するもう一本の蔓を貫く。
私は駆け寄り、支えを失って落ちてきた女性を受け止める。
「良し!良いチームワークだ!」
タツローさんが右手をグッと胸の前で握る。
私も同じように握り拳を作って見せると、タツローさんがニヤリと笑った。
「うぐ……」
助けたは良いが、女性は毒を吸っている。
様子から見るに、おそらく麻痺毒。
どれくらい吸ったかによるが、多く吸っていたのならば命にも関わる。
早く毒消しを飲ませなければ。
「2人とも!ここは逃げないと!」
私が叫ぶが、2人は周囲を見渡して立ち止まっている。
私も同じように周りを見て、絶句した。
周囲の地面から無数の蔦が伸び、それぞれが絡み合って壁を作り出している。
それが360度全て、私達を囲むようにものすごいスピードで形成されていた。
「どうやら逃してはくれないようだな」
タツローさんが冷静に言う。
「雹弾!」
リンが再び魔法を放ち、蔦の壁を撃ち抜く。
貫かれた壁の一部がボロボロと腐り落ちるが、すぐに次の蔦が伸びて修復されてしまった。
「何それ!ズルいわよ!」
めげずに氷の弾丸を撃ちまくるリン。
だが、その行動を嘲笑うかのように、次々と蔦が生えてくる。
そうしている内に、足元にはまた小さな花が咲き始めた。
すかさずタツローさんがスイングで吹き飛ばす。
だが、蔦と同様にすぐに次の花が咲いている。
「キリがないな」
そう。タツローさんの言う通りだ。
このままではジリ貧だろう。
私達がいるのは狡猾で容赦のないキルゾーン。
獲物を殺す為だけに作られた自然の牢獄だ。
これを打開するにはドライアドの本体を探すしか無い。
だが、蔦の壁に阻まれて視界さえ通らないため、それも難しい。
リンは未だに魔法を撃ちまくっている。
タツローさんも何度も何度もバットを振って花を散らす。
タツローさんは表情ひとつ変えないが、リンの息が荒くなっている。
魔法を使い続けて疲労しているのだ。
「リン!魔法を止めて!それじゃ壁は破れない!」
私の言葉を無視して尚も撃ちまくるリン。
「聞こえないの?止めてってば!」
「うっさいわね!聞こえてるわよ!!」
叫びながら、リンは魔法を止めて壁の一点を指差した。
「本体はあっちの壁の向こうだわ。多分ね」
「分かったの?」
「説明は後よ!タツローさん!『雹小玉』!!」
リンが杖をタツローさんに向ける。
先程よりも若干大きめな、拳ほどの氷の塊がタツローさんに向かって飛んだ。
が、少し狙いが逸れている。
頭上高くを通り越しそうな弾道だ。
「ああもう!これ慣れてないから!」
「任せろ!」
タツローさんはそれをジャンプして見事に受け止めた。
「あっちにお願いします!」
私とリンが同じ方向を指差す。
タツローさんは頷き、なんと空中でそのまま氷の塊を投げた。
空中だというのに流れるように自然でスムーズに投擲体制に移行する神業。
これもヤキュウの技術というものだろうか。
手から離れた氷塊は私たちの指した先に真っ直ぐに飛んだ。
それはこの間以上に物凄い速度で、弾道を中心とした衝撃波は大きく土をえぐり、木をなぎ倒し、草花を消しとばした。
当然、蔦の壁などものともせずに貫通して行く。
その投擲の後には、まるで大岩が転がったかのような跡が残った。
「少し本気を出しすぎたかな」
唖然とする私たちに、地面に降りたタツローさんはさらりと言うのだった。




