第15話
さて、準備は整った。
足の痛みはもうないし、愛用のナイフを腰に差し、いくつかの盗賊道具や食料を詰め込んだバッグを肩から下げる。
タツローさんに剣や鎧を勧めたが、使い慣れていないからと断られた。
まあ、この人にそんなものは必要ないのかもしれない。
「それじゃあ、行きましょう!」
と、町を出ようとしたその時。
「あのねえ。何2人で行こうとしてるのよ」
リンだ。
すっかり忘れていた。
というか、出来れば置いて行きたかった。
「やあリン。準備はいいかい?」
「はぁいタツローさん♪あ、これどうぞ」
リンがタツローさんに何やら手渡した。
「それ、棍棒?スプリガンの?」
「私の杖よりは使いやすいと思ってね。それに、アークメイジが魔法をかけてくださったわ」
よく見ると、表面にぐるりとリボンを巻くように帯状に模様が書いてある。
呪文というやつだろう。
「折れにくくしてあるのと、魔法への抵抗力を与えているらしいわよ。タツローさん、どうかしら?」
タツローさんは手の上でぽんぽんと棍棒を跳ねさせた後、軽く振った。
突風が周囲の砂埃を巻き上げる。
もうこの風圧にも慣れたものだ。
私は咄嗟に目をガードして砂埃を避けた。
リンは尻餅をついている。いい気味だ。
「うん、良いバットだ」
「バット?」
「ああ。僕の世界にある道具だよ。僕はそれを仕事で振り回していた」
タツローさんが棍棒を振り回す仕事……。
傭兵か何かだろうか。
きっと、さぞ恐れられたに違いない。
子供達に教えていたヤキュウというものを仕事にしていたらしいが、きっと遊びという体で護身術的なものを教えていたのではなかろうか。
「き、気に入っていただけました?」
リンがお尻をはたきながら立ち上がった。
こういう所作ひとつとってもなんか色っぽいのは女性らしいプロポーションのおかげだろうか。
少し羨ましい、と自分の控えめな胸を見て思った。
「ああ。素晴らしいプレゼントだよ。シニタさんにも礼を言わなければならないな」
「喜んで頂けたなら光栄ですぅ」
ニヤリとこちらを見て笑うリン。
おのれ。
「さあ、出発しよう。走るかい?」
冗談ではない。
タツローさんの足で走られると、とてもじゃないが追いつけない。
「い、いえ。リンもいるし歩いていきましょう!」
「そうですわ。せっかくの2人の時間、ゆっくり過ごしましょう?」
「私もいるが」
「この平原を駆ける動物たちを眺めながら歩いて」
「ビッグアントが出るから気をつけないとね」
「森で鳥の声に耳を傾けて」
「森はヘビや虫もいるし、ゴブリンが居なくなったからコボルトが幅を利かせてるかも」
「爽やかな川の流れで涼んで」
「水場の近くには大型の生き物も多いしから油断できないよ」
「……何なのよ!いちいち口挟んで!」
「あんたと違って私は現実主義者なの」
「中身に女子らしさがないから胸も男みたいなのよ」
「関係ないでしょ!てかタツローさんの前でそういう事言うな!」
「タツローさんも女の子らしいカラダの方がお好みよね?」
「そ、そんな事ないもん!ね、タツローさん!」
2人で一斉にタツローさんを見る……が、いない。
「2人とも、置いていくぞ!」
声の主はすでに遥か遠く、豆粒程度の大きさになっていた。
「ええっ、早っ!!」
「待ってください!タツローさぁ〜ん!」
リンと共にタツローさんを追いかけながら、ふと思った。
途中まで確かにタツローさんの気配はすぐそばにあった。
もしかして、返答に困ったから急いであんな遠くまで行ったのでは?
タツローさんの紳士的な態度の裏のしたたかさを感じながら、私は走るのだった。