第14話
うっかり昨日の掲載を忘れていたので、今日は2話分掲載予定です。
「なるほどなあ。異世界ねえ」
おかしらは麦酒をあおりながら言った。
まだ昼前だと言うのに、テーブルの下には酒樽が並んでいる。
いや、昼前だからこそだろうか。
盗賊の活動時間は主に夜。昼は休息の時間なのだ。
だからと言って、ギルドで酒を飲みまくるのはいかがなものか。
正直、家でやって欲しい。
酒臭くてたまらない。
「今から魔法が使われたという場所に行こうかと思います」
「俺だったらやめとくね。そんな得体の知れない魔法を使う奴には近付きたくねえ」
「おかしら、メイジはあんまり好きじゃないですよね」
「嫌いだな。シーフは金で動くが、メイジは違う」
おかしらがドン、と空になった木のジョッキを机に置く。
「奴らは何を考えてるか分かんねえんだよ。だから嫌いだ」
メイジはすべからく学術の徒である。
リンのように多少不真面目な者もいるにはいるが、基本は知識や記録といったものを求める者ばかりだ。
魔法というのも彼らがこの世界を研究した成果なのだという。
メイジギルドの第1目的は魔法という技術の発展であり、シニタさんのような人助けを主とするメイジは少数派だ。
一方、我らがシーフギルドの目的はシンプルである。
生活に困窮したものが集まり、金になるものを集めて皆で分配する。
泥棒や遺跡荒らし、詐欺や恐喝など方法は多岐に渡るが、目的は金銭ただひとつ。
難しい目的などはなく、ただ皆で生きるための寄り合いなのだ。
かくいう私も元は都の捨て子で、幼い頃におかしらに拾われてこの町のギルドで育ってきた。
私が悪い事と知りながらシーフギルドに所属しているのはそういうわけである。
これ以外に生きる術を知らないのだ。
「ネムも付いていくんだろう?だが、あそこにはもう宝は残ってねえって話だぞ」
「その話はこの前聞きましたって。ゴブリンが持ち出したんでしょ?」
「そんで、一人でそれ盗りに行ったけどしくじって抱っこされて帰宅と」
お宝を独り占めしようとしたのもバレている。
くそう、一人でこっそり行くつもりだったのに。
「んで、ゴブリンどものお宝はどうだったんだ?」
おかしらの目が輝く。
しかし、この宝石は値打ちもののようだし、これだけは死守しなければ。
「いやあ、それが逃げ出すので精一杯でして」
無意識のうちにこっそりポケットを触る。
……ない!?
どこかで落とした!?そんなはずは……!
「ほほう、すげえもん見つけたなネム」
気が付いたら、宝石はおかしらの手にあった。
やられた!!
おかしらはデカい体のわりに、手先は器用だ。
スリの腕も一級品なのだ。
「こいつは『コイセンの涙』ってやつだな。ほれ。見てみろよ」
おかしらが突然宝玉を地面に叩きつけた。
「ちょっ!なんて事するんですか!!」
驚く私をよそに、タツローさんが冷静に拾い上げる。
「不思議だな。ヒビどころか傷ひとつ付いていない」
タツローさんから受け取った宝玉を落ち着いてよく見てみると、なるほど確かに綺麗なままだ。
そう言えば、無造作にポケットに突っ込んでいたものだから細かい傷なんかは付きそうなものである。
だが、おかしらが今叩きつけた分も含めてキズは全くない。
「不思議だろう。昔はこいつを争って貴族どもがやり合って、死人まで出たらしい」
「それって、物凄いお宝って事!?」
「そうだなあ。この町丸ごと買えちまうくらいの金額にはなるだろうな」
なんと胸踊る話だろうか。
何気なく拝借したものが、まさかそんなとんでもないモノだとは!
おかしらに見つかったからにはギルドで分配する事になるが、それでも十分な儲けになるだろう。
ナイフを新調して、ベッドもふかふかのやつに替えよう!
あとは服。かわいくておしゃれで、タツローさんの隣に並んで歩けるような……。
っていやいや!何考えてるのよ!
「ただ、そんな大金を出してくれる商人なんてこの辺にはいねえわな。しかもゴブリンに狙われるなんてオマケ付きとなりゃあ、な。」
無慈悲か!
私の皮算用は一瞬でご破算である。
「しかし、どうもくせえな。こいつはてめえが持ってろネム」
「えっ、何でですか?」
「ゴブリンが持ち出したって事は、もともとヤクス城にあったもののはずだ。おそらく、そいつはその魔法とやらに関係がある」
「そうなの?どういう事なんです?」
「単なる勘だよ。とにかく持ってけ」
「勘って……」
私は呆れたが、タツローさんは頷いている。
「信じましょう」
「ええ……どうせこんなの売れないから適当言ってるんじゃないですか?」
「一流の男の勘は信用出来る。プロでプレーして学んだ事の一つだ」
よく分からない理屈だが、タツローさんが言うと妙に説得力がある。
「話がわかるねえ兄さん」
おかしらが手を出すと、タツローさんもそれに応じてた。
私は手にした宝玉に一抹の不安を感じつつ、上機嫌に握手を交わす2人に少し疎外感を感じたのだった。