第12話
「いらっしゃ〜いタツローさぁ〜ん!」
ドアを開けた途端、猫撫で声のお出迎え。
リンが媚びっ媚びの態度でタツローさんを出迎える。
今日はスカートにも深いスリットが入っているし、ローブの胸元も心なしか緩い。
この攻めに徹する精神は見習うべきかもしれない。
「あ、ネムもいたんだ」
対して幼馴染にはこの露骨な態度だ。
女の友情とはかくも脆いものか。
「悪かったわね。おばあちゃんは?」
「奥にいるわよ。さ、タツローさんご案内します。お手をどーうぞっ♪」
「ありがとう。でも1人で平気だ」
さすがタツローさんは紳士的だ。
おそらくリンの好意にも気付いているはずだが、そう簡単には誘惑に乗らない。
奥さんがいるからだろうか。
「そう言わずに〜」
「じゃあ私を助けてもらおうかな。足、まだ治ってないの」
強引にリンの肩にのしかかってやる。
「なんであんたなのよ!普通に歩いて来たでしょうが!」
「うっさい色ボケメイジ!さっさとばあちゃんに会わせなさいよ!」
とかなんとかやってると、奥のシニタさんからうるさいと怒られた。
おのれ、リンのせいだ。
「お待たせしましたシニタさん。先日のお話ですが」
タツローさんが切り出す。
「ああ。とりあえず座りな」
タツローさんは用意されていた椅子に腰掛ける。
私とリンの分は何故かなかったので、その辺から引っ張り出して勝手に座った。
「リンから話は聞いてるよ。おそらく召喚されたって事もね」
「はい。異世界というのは?」
「そうさね。こことは似ているが異なる世界。例えるなら、別の神が創りたもうた隣の皿」
シニタさんがパンの置かれた皿を見ながら言った。
「大地。空。海。生きる者と生きぬ者。似たものによって作られた世界が、創造主の数だけ存在する」
「僕が住んでいたのは別の神様が作った世界だと?」
「左様じゃ。尤も、神によって世界の様相は変わってくる。この世界とはまた違っていた事じゃろう」
「シェフが変われば、料理も変わる。そんなところですか」
「うむ。だが元を辿れば同じ世界。お前さんと私たちの見た目や言葉が似通っているのもそのためだろうね」
「しかし、僕の世界では異世界から人が来るというのは聞いた事がありません。こちらの世界ではよくある事なのですか?」
「おばあちゃん、私も聞いたことないよ」
「この世界はちと変わっておってな。こういうものがある」
シニタさんが人差し指をピンと立てると、小さな炎が灯った。
「魔法ですか。僕の世界ではおとぎ話の中のものです」
「ネム。この炎、どうやって生まれたと思うね?」
私は首を傾げた。
「どうって、魔法でしょ?」
「無から有は生まれん。本来ならば何も無いところに火は灯らん」
「どういう事?」
「リンよ。説明できるかい?」
「でぇっ!?私ですか?」
こいつ、ボーっとタツローさんに見惚れていやがった。
「えーと、魔法っていうのは異界から何かを『借りる』もの。その炎もここで生まれたんじゃなくてどっかから借りてきた……で合ってます?」
「うむ。腑抜けちゃあいるが、忘れてはいないようだね」
リンが恥ずかしそうにうつむく。
ざまあ。
とにかく、なんとなく話の筋が見えてきた。
つまりタツローさんは……。
「僕は誰かに『借り』られた、という事ですか。なぜ分かったんです?」
「ああ。この世界に借りられたものは、全て元の世界よりも力を増すらしいのさ」
「力を増す?」
「この世界が他よりも弱い世界だとか、色々と言われてるがね。ともかく、あんな芸当が出来るのはこの世の者じゃなかろう」
なるほど。
たしかにタツローさんの尋常ならざる強さを目の当たりにすれば、納得できる理屈ではある。
「確かにコンディションはとても良い。10年は若返ったようです」
あれ。
もしかしてこの人、素であの身体能力だったりする?
「なぜ僕がこの世界に呼ばれたのでしょう?」
「異界から人を召喚するなんてそうそうあることじゃない。そんな大層な魔法使ったんだから、何か理由があったとは思うがね。呼んだ奴に聞かないとなんとも言えん」
シニタさんが指をくるりと回すと、指先の火が消えた。
「重要なのはこれさ。魔法を解除すれば、火は元の世界に還る」
「魔法を解除すれば、タツローさんは元の世界に帰れるって事?」
「うむ。解除する方法は魔法によって異なる。まずはどんな魔法かを知る必要があるね」
タツローさんは深く頷き、立ち上がった。
「ありがとうございます。やるべき事が見えてきました」
「ああ。魔法の事が分かったらまた来ておくれ。私も興味がある」
タツローさんはニコっと微笑み、ドアへ歩き出した。
私も急いで後に続く。ちなみに私の後ろでリンが何やら荷造りをしているが、待つ義理はない。
多分ほっといたら勝手に追って来るだろう。
私は、彼の背中を見ながら考えていた。
異世界の人間……。
この人が魅力的に見えるのもそのせいなのだろうか。
それとも、彼が元から持っている魅力なのだろうか。
いや、やめておこう。
それは、たぶん私には判断出来ない。
ただ、私は彼の力になりたい。
それだけは確かだった。