第11話
「異世界と仰られましたか?」
タツローさんはシニタさんに真剣な顔で向き直った。
「ああ。詳しくはアタシの家で話そう。ついてきな」
彼は周囲を見渡した。
倒れたゴブリンを前に、勝利の雄叫びをあげるおじさんと息子達に目を止める。
「失礼ですが、後日で構いませんか?」
「ほう。構わないが、何かあるのかい」
「皆と祝いたい。勝利とはそうあるべきです」
タツローさんは爽やかに言うと、おじさんの方に走り寄って突然肩を組んだ。
一瞬驚いたおじさんだったが、満面の笑みのタツローさんを見てつられて笑う。
そのうち息子達も空いた腕に巻き込まれ、なんだかもみくちゃになりながら4人で愉快そうに笑うのだった。
「タツローさん、子供みたい」
思わず私も笑みが溢れてしまう。
「まあ、別に急ぐ話でもないさね。あとネム」
「なあに?お婆ちゃん」
「これに懲りたら盗むもんはちゃんと選びな」
バレてた。
怪我人も(私は除いて)特になく結果オーライとはいえ、さすがにちょっと罪悪感も感じる。
が、そんな事でめげていたら盗賊稼業あがったり!
次は気をつけよう!どう気をつけるかはまた今度考えることにする!
「ネム。あの人……」
リンが小さく呟いた。
その眼差しはどこか熱っぽい。
こいつまさか!!
「ねえ。私、彼の事本気で……」
「あーーーーっ!私も混ぜてくださーーーい!」
私は大声で叫び、みんなの方に駆け寄った。
リンがまだぼーっとタツローさんを見つめていた気がしたが、無視した。
その後、シニタさんの指揮のもとゴブリン達の遺体を焼き払った。
重労働になると覚悟していたが、そこは流石のタツローさん。
物凄いスピードで平原を駆け回り、死体を次々と正確に同じ場所に投げ込んでくれたおかげであっという間に片付いた。
そして、夕方にはおじさんの提案で街で唯一の酒場へ皆で赴いた。
私はお酒は飲まないが、食事はおごりとの事なのでこれ幸いとついて行ってみた。
「おじさんが魔法に腰を抜かした時の顔、見たか?こんなだったぞ!」
ひょうきんにおじさんの怯える様子を真似するタツローさん。
おじさんも息子達も腹を抱えて笑っている。
彼はこれまでずっと紳士的でクレバーな人だと思ったけれど、こういう気さくな面もある人なのか。
「ねえタツローさん、今日はとっても素敵でした……」
リンがとろんとした顔でタツローさんにしなだれかかる。
タツローさんはさりげなく身をよじってかわした。
「ああ。君に借りた杖のおかげさ。乱暴に使って悪かったね」
「構いませんわ。タツローさんになら乱暴にされても……」
「あんたはこっちに来なさい!酔っ払いが!」
「ああん、タツローさぁん!」
リンの耳を引っ張ってタツローさんから引き剥がす。
油断も隙もない!
宴もたけなわな頃、おじさんが真剣な顔で切り出した。
「タツローさん。あんたはこの町の英雄だ。」
全員が無言でうんうんとうなずく。
「ぜひ何か礼をさせて頂きたい。この町は小さな町だし、大したものは用意出来んかもしれんが」
タツローさんは少し考えると、言った。
「それじゃあこうしよう。明日、この町の子供を集めてほしい」
「子供を?もちろんお安い御用だが、何をするつもりで?」
「決まっているさ!」
タツローさんは目を輝かせた。
「子供たちに野球を教えたい」
……翌日、原っぱに子供達が集められた。
シュリ農家の兄弟に、羊飼いの一人息子。
他にも顔なじみの子供達が大きいのから小さいのまで。
もちろん女の子も混じっている。
タツローさんは子供達の顔を見渡し、満足そうに笑った。
「よーしみんな!今日は僕が野球を教える!」
「おじさん誰?野球ってなに?」
石工の息子が無遠慮に言うが、タツローさんは笑顔を崩さない。
「僕はタツロー。いや『さん』はいらない。呼び捨てで構わない。野球というのはスポーツの一つ……いや、みんなでやる遊びだ!」
遊びと聞いて子供達がはしゃぐ。
一気に場が賑やかになった。
「よーし、元気は十分だな!それじゃあ教えていくぞ!!」
タツローさんはスプリガンの棍棒と、なにやら革細工の玉を取り出して子供達に見せた。
それから、彼は日が暮れるまで子供達に『ヤキュウ』なる遊びを教えた。
その様子はとても無邪気で、楽しそうで……
そして、今までで一番笑顔が素敵に見えた。