第9話
ゴブリンの投石が止んだ。
さすがに効果が無いどころか、弾き返されて被害が出続けるのは止めるべきだと気付いたのだろうか。
彼らの後ろには無数の屍が晒され、
数十はいたであろう大軍も今は見る影もない。
もはや10匹程度が残るのみ。
「凄いぞ!この調子なら我々の勝利だ!」
おじさんが興奮しながら剣を掲げる。
我々、とは言うが実質全てタツローさん1人の手柄だ。
私たちは石拾いくらいしかやってない。
「待って!動きが妙よ!」
リンが柱に隠れながら言った。
見ると、残ったゴブリン達が集結し出している。
「何をする気なの……?」
「今更何をやっても遅いわい!わっはっは!」
おじさんはすっかり気が大きくなっている。
こういうのを都会ではフラグと呼ぶらしい。
ゴブリン達はまるでおしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうに固まっていく。
「あれは……まるでファランクスだわ」
「ファランクス?リン、知ってるの?」
「兵隊さんの使う戦法よ。ああやって固まり、全員で隙間なく盾を構えて身を守るの」
「盾なんて持ってないけど」
「いや……」
タツローさんの表情が険しい。
彼は足元の石を一つ器用に蹴り上げると、それを杖で打ち飛ばした。
それ塊の中のゴブリンの一体に直撃し、頭をぐちゃりとトマトのように潰した。
「奴ら自体が盾だ!」
その一撃を号令にしたように、ゴブリン達が固まったまま突撃してきた!
タツローさんは素早く2発の石を打ち飛ばす。
前面のゴブリンが倒れるが、突撃する塊は速度をゆるめない。
「一体でもこちらに辿りつこうというわけね!」
「でも、そんなの無意味だよ!何匹か残ったところで……」
いや、違う。
ゴブリンじゃないんだ。
私が洞窟で出会ったのは、ゴブリンだけではない!
タツローさんが次々と『ファランクス』のゴブリンを引き剥がす。
あと数匹!
と、そこで塊から一つのずんぐりとした何かが飛び出してきた!
「タカラ ヲ カエセッ!」
「スプリガン!!」
そいつは私に向かって猛然と体当たりしてきた。
私は間一髪、横っ飛びで身をかわす。
が、足を痛めていたのを忘れていた。
不覚にも受け身を取り損ねて地面に無様に転がってしまった。
「痛ったぁ〜……っ!」
「ネム!危ない!!」
タツローさんの声とともに目の前に石が飛んでくる。
棍棒を振り上げていたスプリガンがとっさに後ろへ跳ねる。
稲妻のように飛んできたタツローさんの一撃は、地面を大きくえぐった。
近くで見ると本当にすごい迫力だ。
スプリガンがタツローさんを睨む。
スプリガンというのはずんぐりむっくりで醜悪、というのは前に説明したと思う。
こいつの四肢は人間の普通の成人男性の倍は太く、その腕力も脚力も人間を凌ぐ。
そのおそるべき脚力で素早く飛び跳ねながら、手に持った棍棒で殴りかかってくるのが基本戦法だ。
ゴブリンみたいな雑魚とは一味違い、訓練された戦士でさえこいつには手こずるという。
ふと、不安がよぎる。
今までは投石や石を弾くという戦法を使ったタツローさんだが、接近戦はどうなんだろう?
タツローさんの構えや動きというのは、何かを打ち返したり、キャッチして投げ返したりを基本としている。
どう見ても敵を直接倒す剣術には見えない。
だが、今スプリガンとタツローさんの距離は1レール程度。
剣であれば一歩踏み込めば届く間合いだ。
この距離であれば、いくらタツローと言えども投石は不可能。
では、一体どうやって戦うのだろう……?
「任せてくれネム。心配はいらない」
タツローさんは優しく、そして力強く言った。
この人はいつも私が口に出してない事に答えてしまう。
そして、杖を足元からぐるりと回し、目の前で立て……。
そして構えた。
石を弾き返す時の、あの構えだ。
ここからどうすると言うのか。
「タカラ カエセェッ!!」
スプリガンがタツローさんに飛び込む。
一瞬のうちに間合いがなくなる。
同時に、スプリガンの棍棒を握った右腕が振り下ろされる!
「タツローさん!」
一瞬の出来事だった。
タツローさんは構えたまま、身を少し横にかわした。
そして、頭の後ろに両手で握って立てていた杖を一気に振り抜いた!
タツローさんの杖と、スプリガンの棍棒が交差する。
ブォン!と今までにない激しい風圧が周囲の砂埃を舞い上げてぶつかって来た。
思わず目を瞑ってしまう私。
再び目を開いた時、スプリガンの腕が棍棒ごと地面に転がっていた。