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更新

 信者たちから捧げられた供物を、一時間ほどかけてなんとかたいらげた。正直あんまり美味しくないし、気が進まないけれど、私の信徒から渡されたものを受け取らない訳にはいかず、受け取ったからには捨てられない。


「もっとこう、時代の変化に従ってさ、流行り物とかさ、パンケーキとかマカロンとか……」


「も、申し訳ありませんナイアさま、次回はもっと若い女を増やします!」


「ん、あ、ああ、頼んだぞ」


いつの間に部屋の端に信者がいた。

後半は聞かれていなかったようだ。


「報告書と、あとハガキが届いておりましたよ。机に置いておきますね」


そそくさと立ち去る信者の青年を見送って、汚れた手と口元を拭く。この飽食の時代に生け贄とは、もっと邪神が喜ぶものなんていくらでもあるだろうに。スイーツとか。


 しかし信仰対象として威厳を保つべき私がそんなわがままを言うなんて、できるはずがないのである。いいかげん察してほしい。娯楽と飽食に満ちた日本支部だが、思考が固い者ばかりなのはどうにかならないのだろうか。


活動報告書を手に取ると、ハガキが床に落ちた。自動車免許更新時期のお知らせ、とある。


 私のように人間に紛れて活動する者にとって必携なのが身分証明書である。これがあるだけで記憶消去や催眠といった手間が一気になくなる便利なものだ。


「ふむ、明日行っておこう。教団外用の姿は……こんなかんじか」


 日本支部向けの華奢な少女の姿を解き、免許証の写真どおりな細身の男の姿になる。一気に手足も大きくなって、視界も高い。やはりこういう姿の方が動きやすい。


昨今のブームに乗って少女の姿を取ってからというもの、信者の数が右肩上がりなのは良い事なのだが、正直辞め時が分からない。そもそも私は千の貌を持つ無貌の神が一柱だときちんと理解している者はいるのか?


次回あたり毒性を持つ黄色い粘液とか、体中に口のある太った女とか、燃える三眼とか、見せてやるべきだろう。数だけ揃えるより、信仰心のある者を選別しよう……。


 更新会場はすごい混雑だったが、視力検査や写真撮影待ちの間、男女問わず熱のこもった眼差しを浴びられて気分が良かった。さすがは私、このような地味で凡庸な姿を取っていても狂乱と羨望をもたらすもの、それこそ這い寄る混沌ニャルラトホテプなのだ。


 手続きがすんだら講習を受けねばならない。身分証として持っているだけの私は当然ゴールドなので三十分。


教室に入ると、見覚えのある女がにこにこと手を振っていた。距離をとる理由もないのでそいつの隣の席につく。


「やあニャル、じゃないや(あらた)君。朝から救急車来たりすごい混乱だったからどーせ君だと思ったよ」


「蓮田か、久しぶりだね」


長い金髪をポニーテールにして黄色いパーカーを羽織った女、によく間違えられるがこいつは男だ。羊飼いを守護するもの、カルコサから来る名状しがたきものハスター。風を司る神格らしく、オフの日には車やバイクを乗り回すのが趣味の、平たく言えばスピード狂だ。


「教室間違えてるぞ」


「ひどいな! ぼくが事故起こしたりするように見える?」


「見える」


「そんなヘマしないよ! ちゃんと生き物も生きてない物もよけてるよ」


「講習始まるぞ、静かに」


「勝手だなーもー」


講習の間、蓮田はおとなしかった。やつは基本的にオンとオフの切り替えがきちんとできる方の邪神だ。


 講習が終わって、やっと免許証ができあがり一人ずつ手渡されていく。五十音順なので蓮田が先に呼ばれた。


「よーしまたツーリングいくぞー北の方は去年行ったから南下して、そうだ太平洋側の海沿い走ったら気持ちよさそうだなー」


こいつが出掛ける土地では、突風や竜巻がかなり多くなる。が、死者が出たことはないのだと風の精から聞いたことがある。仕事と趣味をきちんと分ける律儀なやつらしい。


柳井新(やないあらた)さん」


蓮田のツーリング計画を聞き流しているうちにやっと私の番がきた。今回も写真写りはばっちりだ。ほれぼれと免許証を眺めていると、蓮田に肩をつつかれた。


「新君、この後は宮殿に戻るの?」


「いや、今日は一日休みにしてもらったが」


「そっかあ。じゃ、ぼくに付き合ってくれないかな」


「ほう?」


「ひさしぶりだから情報交換もしたいし、一人じゃ入りづらくってさ」


断っても、あてもなくぶらぶらするだけなので承諾した。


「……で、ここは?」


さっき解放されたはずの行列にまた並んでいる。違うのは、行列の九割が女ということだ。


「遠出するとその土地での食事とかにも凝りたくなるんだけどね、グルメ情報集めてるといろんなジャンルに挑戦したくなってきて、でも、店の雰囲気にお客が合わせなきゃいけない所ってあるじゃん? だから、ね」


「風の邪神なのに、お一人様ができないのか」


「できなくないよ、普段は! でもこーいう所はさすがに無理だよ」


「ひとつに決められないなら全部注文すれば解決だろ。お前そんなに小食だったか?」


「ちがうよ!」


パンケーキが大人気というパステルカラーの建物に吸い込まれていく客はみな二人かそれ以上のグループで、ここで堂々と一人で食事するのはたしかにキツいな、とは思うが蓮田をからかうのが楽しい。


店内のメルヘンチックな装飾も見事なもので、水色の壁や天井に五芒星形の星がちりばめられている。


蓮田がベリーとホイップたっぷりの、私はチョコづくしのメニューを注文した。


「蓮田、ありがとう」


「急にどうしたの、こちらこそ付き合ってくれてありがとうだよ」


「昨日集会だったんだけど、捧げられた生け贄がすごい量で、口直しがしたかったんだよ」


「その話今じゃないとダメだった?」


眉間にしわを寄せていた蓮田だが、パンケーキが到着するところっと笑顔になった。


「わーいおいしそー!」


「これはすごいな……!」


柔らかいパンケーキと果物とソースとホイップで構成された二皿は、きらきら輝いて見えた。


 そのまま二人でスイーツ巡りに繰り出して、計八件それぞれのパンケーキやパフェやシュークリームやケーキを堪能したのだった。気分が良いので宮殿の従者たちへマカロンを土産に買って帰ってやったら泣いて喜ばれた。

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