夜宴
淡く赤を吸った花びらが風にのって、ひらひらと降りつもる。この時期だけ設置される提灯が照らす地面はすっかり白く変わっている。
たった数日間しか現れない幻想的風景に心奪われ、詩にしたり絵に描いたり歌に表したりするこの国の住民の気持ちも、こうして散りゆく桜を見上げているとよく分かる。
「やっぱり唐揚げも食べたいな。ニャル君お願い」
「自分で行ってくださいすぐ近くじゃないっすか」
花見そっちのけで食料を食い尽くしたヨグ=ソトース先輩は五本目のビールを開けた。ペース早すぎです先輩。
とはいえ綺麗にビールしか残っていないので、ごきげんで手を振る先輩を残してコンビニへ向かう。
入店直後に男にナイフを突きつけられたり店員が震えっぱなしで時間がかかったりしたものの、追加の揚げ物とビールを買い込んで戻ってくると先輩に抱きつかれた。
「唐揚げー!」
「ポテトにコロッケもありますよ」
すばやく唐揚げを抜き取った先輩の前に、揚げ物たちを並べる。私もコロッケをひとついただく。揚げたてはおいしい。
「……綺麗だねえ」
「はい、綺麗ですね」
奪い合うようにフライドポテトをたいらげて、私たちはようやく二人で桜の木を見上げた。
数時間前、ヨグ=ソトース先輩に誘われたときはどんな植物の群れと相対するのかと恐ろしかったけれど。こんなに平和に先輩と過ごす時間は久しぶりで、ビールもおいしくて、良い気分だ。
「遠い遠いところから、よくおいで下さいました」
いつの間にか木の下に立っていたのは、桜色の民族衣装を着た少女だった。
「こんばんは。いい夜だね」
「こんばんは。よい休息の助けになれると良いのですが」
「……そんなに疲れてるように見えるかな」
今の私たちは、地味なサラリーマンの姿をとっている。しかしあんな事件の後だし、一目で心配されるほどくたびれたサラリーマンに見えるらしい。
我が主アザトースによる宇宙の破壊。
ほぼすべての時間を宇宙の深奥の宮殿で罵詈雑言をまき散らしながら微睡んでいるアザトースの信者は少ないが、まれに直接お姿を見ようと無茶な儀式をやらかすカルトが発生することがある。
それにしても召喚に成功することなどまず無い、のだが、先日ある宇宙にて大規模な儀式が成功してしまったのである。
結果、沸騰する巨大なエネルギー体として顕現したアザトース(のごく一部)によりその宇宙は当然として、次元間航行技術により繋がっていた近くの宇宙三つまで壊滅。
先輩も私もその後処理に追われ、一月ほどでなんとか惨状から脱した時先輩は言ったのだ。
「お花見したい。君もおいでよ疲れたでしょ。世界の残骸片付けるのは皆に任せていいでしょほら行こう」
次の瞬間には日の沈んだこの公園に二人立っていた。
風が吹くたびに舞い落ちる花びらの中、くたびれたスーツの男二人と少女。なんだか周りの目が気になって見回して見るが、それぞれに盛り上がっている花見の人間たちはこちらを気にしている様子などない。
「よろしければ、また私をご覧にいらしてくださいな」
ざあっ、と枝がゆれる風が吹くと景色は一面白く染まり、少女の姿はそれきり消えた。
「ええ、またいつか」
紺色の夜空に白く浮かび上がる「彼女」を見上げて、先輩はにこにこ笑っている。
こんなに穏やかで美しい夜が終わってしまうのが、とても名残惜しい。
「今度は他の奴らも誘おうかな」
「騒がしいのは嫌ですよ」
「なら君だけでいいや、また付き合ってね」
「……よろこんで」
私が頷くと、なぜか先輩は驚いた顔をして、にっこり笑った。