祝祭
十二月二十四日、クリスマスイヴ。
世間では鳥類の殺戮数が最高数に達し、明かりという明かりを往来に屋内に灯し、来もしないものを崇めつつ浮かれ騒ぐ祭りとして定着している日。
私がその日の業務を終えたのは、イヴもあと数十分で終わろうかという頃だった。我が主アザトースの宮殿に設えた自室には七面鳥の丸焼きもシャンパンもなく、贈り物もなく。
積み上がった持ち帰りの書類がせめてもの彩りとなっていた。
しかしクリスマスとは人類が掲げる人類の救世主のための祭りで、神と神の従者たる私はそんな名では呼ばない。
その祝祭は、ベツレヘムよりもバビロンよりも古く、長く長く世代を超えて人類にも伝えられた。
神を名乗るものと契約を交わした一派に一掃されてからも、なお綿々と伝わるユールの祝祭。
火を焚いて古き神性と交わる我々の祝祭のことを思い出した私は、自室の奥にある暖炉を使ってみようと思い立った。
この部屋の奥には、なぜか半透明の石材で組まれた大きな暖炉があった。使う暇もなく放置していたのだが、城の従者によってきれいに整えられてはいるし、薪も常に一定量置かれていた。
火は簡単に点いた。
明るく燃える緑色の火が部屋をあたためてくれる。薪が爆ぜてパチパチと音をたてる。
暖炉のそばに椅子を持ってきてコーヒーを飲むだけでも悪くなかった。浮かれ騒ぐだけが祭りではなく、むしろ本質は騒ぎが過ぎ去った後の静けさの中にこそあるのだ。集団の内にあるのではなく、虚空より俯瞰してこそ立ち現れてくるものが。
「メリーユール! 這い寄る混沌さま!」
静かな思索に沈んでいた私の膝の上に飛び込んできたのは、青白い炎をまとった少女だった。
「メ、メリーユール」
「お久しゅうございます、ニャルラトホテプさま。旦那さまはパーティーの最中でして、わたくしだけでお邪魔しております」
「余計な情報をどうも。ついでに膝の上から降りてくれると助かるよ」
しゅた、と少女が降り立った床に、数秒で氷の柱ができていた。
彼女は私の別荘を灰に変えた炎クトウグアから生じた青白い炎アフーム・ザー。なんでもかんでも燃やすばかりの赤い炎とは似ても似つかない、極寒の冷気をまとうもの。
彼女の到来によって、心地よく暖まっていた部屋は外と変わらない位にまで冷えてしまっていた。
「この炎を焚いたから来たんだよね?」
とりあえず角砂糖とミルクをたっぷりのコーヒーを出してやる。
「皆さま盛り上がっていらっしゃいますけれど、わたくしはお酒飲めませんし……」
いつも冬山の頂に引きこもっている彼女も、祝祭と名のつく今日は断り切れなかったらしい。
「あたたかいところで盛大に祝っていらっしゃる人間の集団もいたのですが、これ以上街を氷漬けにすると封印されちゃいそうですし、どうしようかと思っていたら貴方さまが火を焚いてくださったので」
「ここなら君の炎の影響はないからね。何もないけどゆっくりしていくといいよ」
なに、冷気を放つ青白い炎によって、床が少し凍り付いて少し室内の気温が下がっただけだ。
それに、いつもクトゥグアに呼び出されて慌ただしく顔を合わせるだけの彼女と、少し話がしてみたかった。
「ねえ、その衣装って」
「だっ、旦那さまが! これを着てと仰られてきかなかったので! 今宵はユールの祝祭だといいますのに!」
白と青で構成されているものの、それはサンタクロースの衣装にほかならなかった。
青い生地に白い毛皮で縁取られた肩出しワンピースに革のショートブーツ、腕のほとんどを覆う白い手袋、頭には特徴的な帽子。
青白い炎に取り巻かれた少女は、ため息をひとつついてコーヒーを飲み始めた。
「いくら楽しげだからって、我々が新しい俗習に飛びつくなんていけませんよ……まったく」
「君も大変だよね。長としての仕事もあるのに」
「そちらは、みんな基本動かない子ばかりなので。貴方さまもいつもお忙しそうでいらっしゃいますね」
困ったような笑顔を見せる青白い炎と、緑の炎と。明るく照らされた部屋はなかなか心地よい。
「そうだ! ケーキ食べましょう!」
気怠い沈黙を唐突にやぶった少女は、暖炉から皿を二つ取り出した。
それは、ユールの祝祭に使われる薪を模したブッシュ・ド・ノエルだった。
一つをこちらに差し出して、青いサンタクロースはふんわりと笑った。
「メリーユール、いいえ、メリークリスマス!」