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登頂

 ここは果たして何地獄なのだろうか。

果てなき生クリームに溺れ、果実の暴力的な糖分に脳髄を弄ばれる。


アイスの冷たさに至ってはそういう拷問なのかもしれないとまで思わされる非情さが感じられるのだ。


時計の文字盤は、食べ始めて十分経過したことを示しているが、少しも減った気配がなかった。


「なんなんだスペシャルジャンボパフェメロンマックスって、なんなんだこのガラス容器の常識外れな巨大さは、なんなんだこんなのを平然と平らげていく人間達は」


この店の売りは提供するメニューの巨大さ、所謂デカ盛りだと理解はした。


理解はしたが、目の前のスペシャルジャンボパフェメロンマックスの重量の大きさに、この重量を月一ペースでたいらげていた「彼」の消化機能に恐怖を覚えずには居られないのだった。


 切り分けられて生クリームに刺さっている緑色のメロンを一切れ抜き出して、口に押し込む。


当店で使用するメロンはすべて糖度一六度以上です。と壁に貼りだしてあるとおりに甘い。その美味しさがもはや辛い。


このメニューはなんと、まるまる一玉が使われているので細く十二等分された半分を食べ終わっても、まるまる半分がそのままパフェの土台として控えているのだ。


さらに赤肉メロン味のアイス、バニラアイス、メロンジェラートが元々種が詰まっていた部分を埋め、周囲をイチゴやキウイやマカロンやワッフルで飾られている。それらの隙間をすべて白い生クリームが覆いパフェとしての形を支えているのだ。これらの重量、七キロである。


 重量というのはガラス製の容れ物の重量を引いた上で、可食部が七キロあるのである。ふざけたスペシャルジャンボパフェメロンマックスである。


 完璧に焼き上げられた、ピンクのマカロンをかじる。果実とはまた別格の甘さが私を襲った。


美味いは美味いのだ。だけれど多すぎるのだ。


しかしこの体の持ち主は、こんなのを月一ペースで食べているのだ。信じられないことに。


 とある大学の資料庫で、ほこりを被っている魔導書があった。


それをアフリカのとある部族のもとへ送り、数百年不完全なままだった儀式を完全なものにさせる必要があった。


だからそこの教授の精神を乗っ取り、本人の精神は癒やしを求めていたのでウルタールに送り込み、アフリカ大陸行きの荷物に魔導書を滑り込ませた。


私の役割はこれで全部だった。


幻夢境はウルタールに本人の精神を迎えに行ったのだが、もっふもふの塊の中心に、たいそう幸せそうな表情で座り込んでいた。


ウルタールのすべての猫が彼の元に集まったかのような毛皮の集合体がうごめいていた。


「七日間もすまなかったね。身体を返しにきたよ」


「ええ、っと、どちらさまですっけ」


「君の身体を乗っ取ってた神性です。もう君のセキュリティ権限が必要な用事が済んだから、現実世界に戻りなさい」


「ええー」


「いや、ね、いきなり自分の身体追い出されて夢の中に閉じ込められて、嫌だったでしょ? 君、最初脳内に話しかけたら驚きのあまりディスプレイ一枚割ったじゃない。新しいやつ届いたし、使いやすい配置にセッティングしといたから。ね、身体返すよ?」


「猫ちゃんに囲まれて過ごせるここが天国すぎるので、もうすこし居ちゃだめですかね、神様」


「ええーなにそれ、こんな人間はじめてみたよ。自分の肉体に執着持とうよ」


「だって、僕になったなら分かるでしょ? 猫飼っちゃいけないくらい自宅に帰ってこられない仕事やってるんですよ僕。猫飼えるのは定年後、あと何十年も我慢しなきゃ飼えないんですよ。猫カフェでひととき癒やされるのと猫と暮らす幸せはちがうんですよ」


白猫にほっぺたをさりさりさりさり舐められながら熱弁している。


「それは分かるけども、ね? もうこっちに身体借りる用事はないから」


「甘いものお好きでしょ?」


「いきなりなに?」


「甘いものお好きでしょ?」


頭の上に乗っかったしま模様の猫に髪の毛をくちゃくちゃくちゃくちゃ噛まれながら、神を説得にかかっている。


「まあ、好きだよ」


「僕も好きなんですよ。月一で通ってるカフェがあるんんですけど、限定メニューを予約してあるんすよ。たしか明日」


「……ほう」


「それ食べに行って良いんで、それまでモフモフ天国にいさせてほしいです」


 かくして新たな契約が成立した。




 それがこんな、客も店員も狂気の渦に巻き込まれているとしか思えないデカ盛りスイーツ店だとは、ふつう思わないだろう?


 形が崩れてきたアイスをすくって食べるたびに、体温が一度ずつ下がる気がする。


ああ、隣のテーブルではイチゴ何パック分だか分からないイチゴパフェを和気あいあいと三人がつついて……三人で。


誰かを呼んで手伝ってもらえることに、そこではじめて思い至った。


この店の磁場かなにかが思考力を奪っているとしか思えない、頭の回転の遅さである。


 愛しき我が妻イホウンデー、は絶対だめだ。こんなスイーツの暴力の最前線にかの愛らしい妻を呼んではだめだ。


となるとハスター、にラインを送ったが既読がつかない。運転中は絶対スマホ触らない優良ライダーだからな、偉いな。


ヨグ=ソトース先輩は大食いだからこの場に最適だが、時空の連結に異常発生とかで緊急事態以外で呼びだすなと言われている。非情に残念である。


 ならばと巨大パフェとの自撮りを送りつけたクトゥグアが、やっと返事をよこした。


「どれぐらい減った?」


「減ってない」


「そう、あっ店員さん、俺ブレンドコーヒーホットね」


「ほら、お前の取り皿とスプーンこれな。このメロンの糖度の高さは体験しとくべきだぞ」


「それじゃ、ゴチになります、うわメロン甘っ」


「ワッフルでクリームを掬え」


「赤いメロンアイスもなにこれ美味っ」


「メロンの下半分はお前のものだぞ」


「多いよ半分で十分だよ」


「真面目にたべろ、マカロンの割り当てはあと四個な」


「うえええええんもうお腹一杯だし寒いよ」


なんだかんだと七キロのスペシャルジャンボパフェメロンマックスを二人で食べ進めていき、残り一キロ程度まできた。


もうアイスと生クリームと小さいシュークリームが溶け合った一キロの液体である。


これを飲み干せば、スイーツ地獄から解放される。


勢いに任せて巨大な容器を抱えようとしたその時、ふいに湯気を立てるコーヒーが置かれた。


「金田さん、今日は調子悪いですね? これサービスです」


「あ、どうもありがとうございます」


「いつもお一人で完食されてるので、お友達とご一緒に召し上がるなんて珍しいですね」


かわいらしい小顔と重量に耐えるだけの筋肉を兼ね備えた店員の娘が、信じがたい証言をのこして去って行った。


「これパーティーメニューじゃん? 一人前に出していい量じゃないじゃん? 人間こわっ……」


クトゥグアが青ざめた顔でコーヒーをすすっている。


かなりレアな表情なのだが、いじる余裕など今の私にはない。


「仕事のストレス解消、なんだろうなあ」


泣きそうなのをこらえながら一言返すのが精一杯だ。


「ほら、一気に飲んじゃってニャル」


いまにも消えそうな頼りない炎の神性が見守ってくれる中、私は意を決してガラス容器を抱え上げた。




「あそこ良い店でしょう」


やっとの思いでウルタールにやって来た私を見るなり、金田は笑顔をうかべて言った。


「人間って、すごいね。ごちそうさま」




「ああ、あったかーい」


やっと身体を金田に返して見送った私は、膝の上で丸くなった黒猫の体温に安堵の笑みをうかべずにはいられなかった。 

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