勧誘(四)
「行ってきたけど」
「お疲れさまです、ヨグ先輩」
「神を便利に使いすぎじゃない?」
「それが私の仕事なんですよねえ」
「使うのは現地の小さき神々を、だよね」
じとりと私をにらむヨグ=ソトース先輩は、いつものスーツではなく黄色いポロシャツにスラックス、頭にはキャップと配達員スタイルにしてもらっている。
「あ、届いたってメール来ました。皆から」
「きっちり三件お届けしてきたとも」
「いや本当にありがとうございました先輩」
現実に神と接触すると発狂するなら、夢で馴らせばいい。
一般販売前のヒプノス社製最高級枕を目印にして。
幸い、私たちにはヨグ=ソトース先輩という、距離も時間も関係ない頼れる邪神がついている。
「枕のモニター募集中だってホテルで聞いたから、皆の分応募しといたよ」
そんなメールをポラリス氏に送ってもらい、魔術的目印を施した枕を梱包してお届けするまで二時間弱。
くしゃくしゃに丸められた楽譜が散乱している、ようなことはなく、ノートパソコンとシンセサイザーといった小型の機械がきちんと整列したきれいな作曲家の部屋で、私とヨグ先輩とトルネンブラ、邪神が三柱集合していた。
「僕に現場仕事させるなんて……現場に出るなんて何百年やってないことを……」
「たまには身体動かすのもいいでしょう?」
「そんな気遣いしてくれるのもニャル君だけだね、感動で涙出そう」
「埋め合わせは今度させてください」
「ケーキがいい」
「分かりました、とっておきの店行きましょう」
皮肉で返してくれただけだとは思うが、もし本当にここで号泣されたら島ごと壊れかねないので内心冷や汗をかいた。
最悪時空間が歪んで「最初から島などなかった」ことになりかねない。
とりあえずのマンゴーパフェを楽しんでいただき、ヨグ先輩にはお戻り頂いた。
それからの一週間、作詞に作曲にリモートで音合わせにと、邪神と狂信者たちはたいそう楽しそうにアルバム作りに励んでいた。
宮殿へのスカウトの方も、
「三人ともいい音奏でてくれそう」
と文句なしの合格だったとかでポラリス氏もトルネンブラもご機嫌だ。
昼間はアルバム作りに精を出し、夜には夢の中で狂った音階を仕込まれる。
音楽漬けの生活はまさに夢のようなのだろう。
「神様に見つけてもらえるなんて、ぼくは幸運です」
「暗い曲ばっかりでつまらないなんて酷評を本気にしなくてよかった」
「見いだしてくれてありがとうございます」
ポラリス氏は始終そんなことをつぶやくようになっていた。
※ ※ ※
静けさと騒々しさをたっぷり味わえたリゾート視察兼休暇もおわり、また冒涜的な寝言をまき散らすアザトースの宮殿で忙しく働いていると、フルート奏者が二、三人いきなり崩れて消えた。
ねじくれた調べがそうして崩壊を始めると、また一人、また一人崩れては音楽があらぬ方へ壊れていく。
曲調がいきなり変わってご不満、なんてことは盲目白痴のこの神にあるはずもないのだが、醜く色を変え続ける触手が伸びて、神殿の柱をなぎ倒した。
太鼓の奏者たちが必死にリズムを叩きまくるが、触手の破壊は止まらない。
因果も時間も関係ない神殿なら放っておけば勝手に修復するものではあるが、どうしたものかと天井まで突き破り出した触手を眺めていると。
「やあやあお待たせしました太鼓持ち諸君、新人さんたちのご到着!」
元気よく奇妙な音色を放出する音楽、トルネンブラのご帰還だ。
彼は身体ごと持ち帰ったポラリス氏を先頭に、バンドメンバーとアルバムの視聴者たちと思われる魂を数十人引き連れていた。
「見たまえ、私が手塩にかけて育てたこの『水晶宮』は正当なる評価を受けたようだ。よかったねポラリス君」
「はい、トルネンブラさま」
「いい音楽は繰り返し聴くほどよくなるものだからね、彼らは深く深く、現世の心の臓が止まるまで聴きこんでくれたんだよ」
「はい、トルネンブラさま。感謝します」
「……それはさておき、まず演奏を始めなくてはね。我らの魔王さまは楽団の欠員にご立腹なのかもしれない」
「はい」
相変わらず幸せそうな薄ら笑いをうかべて、ポラリスは透きとおった弦楽器をかまえた。他の魂たちも彼に倣う。
新たな旋律が神殿に流れ始めると、魔王アザトースの触手もおとなしく引っ込んで、ぼろぼろの柱や天井の自動修復がはじまった。
「ニャル先輩、お疲れさまです」
「楽団員が消えるとこ、初めて見たんだけど」
順調に初仕事をこなす新人たちから離れて、私が膝を抱えている神殿のすみへ寄ってきたトルネンブラは満足そうだ。
「過去一番の売り上げで、もう再販してほしいとの声まであがってるんですよ」
ずいっと『流星の集う水晶宮』と題されたCDアルバムを渡された。
「このまま再販させずに、幻と化したこれを探し回らせた方が面白くない?」
「そういうものですか?」
「アザトースの神殿に導かれるアルバムなんて、簡単に手に入っちゃ面白くないよ」
二人してくすくす笑っていると、新しい旋律にテンションが上がったのか玉虫色の粘液がまき散らされた。
「これから楽団の新人研修に忙しいでしょ、今のうちに休憩しておいで」
ああ、またモップがけしなければ。おそるおそる神殿に戻ってきた蕃神たちに指示を出しながら、戻ってきた日常に安堵の笑いをこぼさずにいらなかった。




