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勧誘(三)

 翌日。白一色の外壁と裏腹に、青い絨毯じゅうたん、青い客席、青く塗られたピアノ、青で埋めつくされた音楽ホールに弦楽器の音階が漂っていた。


「まるで深海だね、照明が少ないのじゃないか?」


「我々にとって美しい音楽とは何だと思いますか?」


半魚人の秘書が質問で打ち返してきた。


「沈んだ船から引きずり出したピアノとか?」


「ピアノは皆好きですね。セイレーンの歌声のバックとして」


「あれらも親類とは」


「クトゥルフ様がこの星に来られて数千年です、海の中で関わらぬ方が不自然ですとも。よく知られているのは人を狩るために海上で歌う方でしょうが、それは一部にすぎません」


「海底でうたわれるあのうたの美しさは、とても陸では再現できませんが、こうして深き奥底の海の雰囲気だけでもお裾分けして差し上げようと、染色をこだわり抜いて出来上がったのがこのホールなのです」


「つまり、これでも明るすぎるというのだね」


「はい、人間の視力に最大限合わせたのですよ」


足下を照らす球体の照明は星のようには輝いておらず、いわば深海魚の目玉のようにぽつぽつと並んでいる。


 その最奥のステージ上で、あわれな音楽家の形を得たトルネンブラは楽しげに大きな弦楽器、チェロというのだったか、を抱えるように弾いていた。


「はじめまして、ニャルラトホテプさま。盲目の魔王様の宮殿にスカウトしていただけるなんて光栄です。ぼく、このために音楽やってきたと思うと幸せで幸せで、あ、実技試験とかあるんでしょうか、いちおうピアノ中心にやってきたんですが他の楽器のほうがよかったり、」


「うん一旦落ち着こっか」


私の知らない声でハイテンション挨拶かました彼は、トルネンブラに制止されて発言を止めた。

これらは一つの身体で行われた。


「ちょっと待って、まだ壊れてないの?」


私はまず当然の疑問を投げた。


 トルネンブラは旋律であり音階であり、調和であり不調和であり、ただ空間に浮かぶ音楽の神性である。それを信仰するのは音楽関係者が十割だ。


トルネンブラは才能ありと認めた音楽家の脳に直接歌いかけ、知識を授け、自分好みの音楽を奏でるように育てるのだが。


アザトースの宮殿で奏でられる音楽がいきなり脳に鳴り響くなんて体験をしたら、人間は発狂して精神は壊れる。この場合だと作曲と演奏以外の行動をとらなくなる。


少なくとも、宮殿にいる楽団に壊れていない魂は見たことがない。


それに加えて、歌いかけてきた神性が身体に乗り込んできたなんて歌いかけられるどころではないのに。


「いるんだね、大当たりっていうの?」


ポラリスと紹介された大当たりの魂とトルネンブラは、どうやら意気投合したらしかった。


「メジャーデビューはまだですけど、そこそこファンも着いてるバンドで曲作ってます」


「最近はすごいんだね、ぱそこんで楽器の音だけ召喚して操れるんだよ」


「仮歌を打ち込んでる最中にトルネンブラさまがいらっしゃったんです。興味深いからぜひ教えてくれと、いや恐れ多いんですけどね、神さまにぼくが教えるなんて。でも作曲にも行き詰まってきてたし、ソフトとかボカロを動かすたびに喜んでもらえるのが楽しくって」


ポラリス氏は人なつっこい猫のような笑顔で語る。


「いくつか曲を聴かせてもらって、少し違うテイストにしたいと相談されたので、じゃあチェロとベースを絡めたら面白そうだなと思って教えてたんです。出来のいい生徒を教えるのは楽しいですね」


トルネンブラの微笑みは、肉食の鳥のようだった。


「それでですね」


猛禽もうきんの茶色い目が、青いステージ上できらりと光る。


「これは、他メンバーもみんなスカウトするべきだと思ったのですよ」


「なるほどね?」


「でもここから日本まで行かないとなんですよ。私が一時帰国するには時間もお金もかかってしまいますから、トルネンブラさまだけで」


「それは面倒な話だね」


 要は個人ではなく、グループとして活動できる状態のまま、スカウトしたい、と。脳内に接触すれば発狂する相手を、である。


「そんなに欲張らなくても、ポラリスだけで十分なのでは」


「でも、アルバム作ってもらって購入者をたどる方が、効率よくスカウトできるじゃないですか」


「ほどよく目立つ疑似餌があるからそれで釣りしようって?」


「重力に縛られながら飛び回るの、疲れるんですよ」


「あと六曲、頑張って作ります!」


魂すり切れるまで逃げようがない爪にかかったばかりか疑似餌扱いされてるのに、そんなに嬉しそうにして。壊れなくても狂信者程度には狂ったんだなと思うと笑わずにはいられなかった。

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