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覚書

セラエノ図書館の門をくぐったとたんに聞こえてきた箍の外れた笑い声と、また黄衣の王チャレンジだよと囁く声。平和でなによりである。


勝手知ったるカウンターをすり抜けると、身長四メートルの司書は一瞬怪訝な顔をして、すぐに石板磨きを再開した。


「館長いる?」


「ここに」


奥の棚からにゅっと覗いた館長は、大きな身体にうっすらとほこりを積もらせていた。円錐形の身体とあいまって、積雪のあった針葉樹のように見える。


「そちらは一段落ついたようで。お疲れさまです」


「館長も、お疲れさまです。掘り出し物ありました?」


「書庫掃除していたら、ミイラが三体見つかりましてね。どんな魔導書目当てだったんですかねぇ」


「それはそれは」


多忙仲間どうしでねぎらいの挨拶を交わして、職員専用区域に通してもらう。


「さっきカフェテリアで食事していたのを見たので、今頃は戻っていると思いますよ」


「ありがとうございます。あとで書庫用の罠魔方陣点検に行きますね」


「ゆっくりしていっていいんですよ。またあとで」


ひらひら手を振って書庫の狭い通路をすり抜け、隠し扉をいくつか抜けて、広大なセラエノ図書館の深部へ潜っていく。


最後の扉を開けて、小部屋の人影を認めて、ああ帰って来た、と思った。


机に向かって書き物をしている彼は、目を上げずに言った。


「やあ私」


私は返した。


「しばらくだね私」


「最近宇宙滅び気味だったし、大変だったね」


「その分、ヨグ先輩にいろいろ連れてってもらったからね」


手土産の紅茶葉と焼菓子のセットを机の端に置くと、やっとこちらを見て微笑んだ。


「まあ座って」


「……ここ百年で滅亡した種族が百六、消滅した宇宙が二十九、それらに伴う幻夢郷の再編が三回。いやぁ、頑張ったね、私」


にこにこ顔で私の仕事を統括してくれる、私と同じ顔の私。


「そんなに働いたっけ、私は」


「あと、星由来の神々の教育とか、新支部の立ち上げもやったね」


「日本支部ね、あれ、順調すぎて怖いくらい広がるよね」


「幼い姿があんなに受けるなんて、時代は変わるね」


ひとしきり仕事の振り返りをして、ふと沈黙した。


図書館司書風のスーツ姿の私の向こうは、すべて壁に取り付けられた棚である。

ぎっしりつまった背表紙を、ただ眺める。

前回の記憶より一列多く詰まった棚。

これは私の日記だ。

私の、私のための覚え書き。

これを書くためだけに、私は私をここに残した。


「ここにいてくれてありがとう、私」

「どういたしまして、私」


発生しては壊れていく宇宙に、産まれては滅びていく文明。それらを管理し幻夢郷を管理しアザトースを寝かしつける、堂々巡りのような仕事の連鎖に、いつしか私すら壊れそうだと思った。


「こんなに広いから、私を一人置いていっても良いでしょう?」


たしか私はそう訊ねて。


「サイズどれくらい? 二メートルないの? いいよそれくらいなら」


館長はさらっとこの部屋をくれた。


ここに帰ることで、私は私を確かめられる。


「私が仕事に励むのは」

「アザトースの眠りのためだ」


「私が夢を集めるのは」

「アザトースを夢で満たしておくためだ」


「私が幻夢郷を守るのは」

「世界を夢で満たしておくためだ」


「私は全ての夢を護るもの」

「私は全ての眠りを護るもの」


はーっ、と長い息を吐いた。


「頑張れそう? 私」

「頑張るよ、私」


「また来るよ、私」

「待っているよ、私」





さあ、我が主アザトースに騒がしき長夜を。

さあ、あまねく宇宙に終わらぬ昼中を。

太鼓のリズムと笛の旋律で宮殿を満たせ。


我々全て魔王アザトースの夢なれば。

足掻け、足掻け、泡沫の群共。


我はアザトースの従者にして泡沫なり。


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