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建機(後編)

さあ、世界で最後の国家へ観光ツアーだ。


お客は二足歩行のニャルラトホテプが一柱、ガイドの自立型機械(チクタクマン)が一機。


「あれから千年経ったけど、元気そうでよかったよ。私も仕事が忙しくって、なかなか寄れなかったんだ」


小国家をくまなく覆った機械群(わたしたち)は、すばやく部品を組み替えて一本道を形成した。


国境線の内部へ入ると、ガイドを勤めてくれた自立型機械(わたし)はお辞儀のようにくるりとまわって見せた。


がたごと、がりがりと駆動音が反響する中、ぱたぱた軽い音が混じる。


「久しぶりですね、這い寄る混沌さん」


千年前と寸分変わらぬ学者の彼が駆けてきた。


「こんなに時間をおくつもりはなかったんだけどね、ごめん」


「え、狙ってこられたのだとばかり」


「うん?」


「貴方のおかげで勝ち逃げできそうです」


学者の手のひらの、最初の歯車(わたし)

磨きたての輝きは千年で失われ、赤黒く錆び付いてさえいた。


「どうやって自分で自分を埋葬するか、考えていたんです。でも貴方が来てくださった」


気の抜けた笑みはまるで、恋人か親に向ける全幅の信頼をのせたそれで。


「贈り物に満足したのなら、よかった。私が来たのはお礼を言うためなんだけど」


「なんですって」


「ありがとうだよ。君が守ったこの国がどんなに特殊な舞台か、分かるかい?


国家という国家が消え去ったあと、ただ一つ残った、世界最後の国。


歯車仕掛けの小国家に守られて、人々がどんな夢を見いだしたか。


浸食され捕食される悪夢は次第になりをひそめ、かつての壮麗たる諸国を機械仕掛けで造りだし、海を知るものは海水をねじで代用し、壁の外を知らぬものは、金属の森で遊び回り。


用途も知れぬ機械を組み立てて癒やしを得たり、

輝く金属面に音楽や絵画や、形のない芸術を見いだしたり。


どれも安らかな眠りだ。積み上がった機械の壁の内側でしか得られない安全に浸かりきった、夢見る者たちは見事だった。


まちがいなく、この最後の国家の国民にしか視られない夢だった」


「そうでしたか」


学者は笑い(じわ)を深くした。


「みんなこの国で平和を安全を謳歌して、幸せに去って行きました。元々は棺に寝かせて埋めていたんですけど、そのうちもっといい方法があると気がついたんです。


この、歯車をかざすだけです。


国民として生きた後、国家に還ることができるんです。みんなをそうやって、還してあげることができました。貴方のおかげです」


あんな複雑怪奇極まるクルーシュチャ方程式(わたし)を解いておいて、歓喜の声ひとつあげなかった彼が、ニャルラトホテプの信者のように跪いた。


「安らかなる千年を、安らかなる最期をありがとうございました、数式の狭間より現れし神よ」


ぱきん。


這い寄る邪神(わたし)に差し出した手のひらの歯車がひび割れる音だった。


これがこの世界、最期のひとすくい。

特殊な環境にある人々の夢の、珍味ともいうべき夢の終わり。


耐用年数を超えた機械わたしたちは最初の歯車に収束し、ここは本当に何もない荒野になりはてた。


「無計画に出てきてみたけれど、案外楽しませてもらったよ。ありがとう」


さて明日も早いし、帰ろうか。


夢の供給元がひとつ無くなってしまったので、また営業に出なければ。適度に荒んでいて、文明があって、不安に浸された、そんなありふれた世界へ。


「あら、ニャル君奇遇ね」


聞くはずのない甘ったるい声を無視しようかと思ったが、後が面倒なので渋々振り返ることにした。


「なんの用でこんなところまで来たんだか」


「ニャル君と同じだと思うわよ? 信者に預けてた仔を引き取りに来たの」


シュブ=ニグラスが両手で抱きかかえているのは、見覚えのある八本足の黒い獣だった。


「ずいぶん大盤振る舞いしたんだな」


「そうねえ、よく覚えてないんだけど、ものすごーく私のこと褒め称えてくれたから、気分良くなっちゃってね」


産んであげちゃった、とテンション高くサバトの思い出を語り出した彼女と並んで歩く。


もうすこし、一人きりで舌先の余韻を味わいたかったのだが。


もう消えてしまった。

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