限界
疲れ切った私は、ふらりと神殿を出た。
フルートを奏で続ける従者の一人が慌てて追いかけて来るが、かまわずシャンタク鳥を呼び出して宇宙空間を駆け出した。巨大な鱗だらけの背中に疲れた身体をあずけて、とりあえず職場のカダスへ向かう。
仕事のしすぎで息抜きの場所すら思いつかなかったわけではない。それはない。
三分で我が職場の縞瑪瑙の城が見えてきたがスルーして、街に出てみよう。こんなへんぴな山の奥なんて面白みも何にもない、部下の弱弱しい地球の神たちが集まっているだけで、荒野が広がるつまらない土地だ。
というわけで、猫で有名な村ウルタールにやってきた。
シャンタク鳥を戻らせて、ここから完全に自由な休暇だ。無難な村人に姿を変えて農道を歩けば、人懐っこい猫たちが次々現れてはお腹を見せてひなたぼっこをするもの、兄弟猫で追いかけっこをするもの、こちらを無視して通り過ぎるもの、おやつを求めて足にすり寄ってくるものとたくさんの猫に出会うことができる。何匹かに肉をあたえ、もふもふの毛並みを堪能させてもらう。
白に黒いぶちのやつが、肉を食べてしまうとこんなことを教えてくれた。
「海辺の街からきた人間が言うには、ここんとこ魚が大漁続きで船が足りないって言ってましたね。なんでも、クトゥルフが起きそうだから海が活気づいてんですって。あたしもご相伴にあずかりたいものだわねえ」
クトゥルフか。ずーっと海の底で眠っていて、まともに話をしたのは何億年前だったっけ。寝起きの寝ぼけ顔を見物に行ってやるとするか。
というわけで、クトゥルフを崇めているダゴン秘密教団があるインスマスにやって来た。
相変わらずさびれた、魚臭い町だ。教団のアジトのドアを開けると、下っ端の信者が寄ってきた。飛び出した目に平たい鼻、首元にはえらのあるブサイクな顔、手には水かき。典型的なインスマス面の男だ。
「クトゥルフのやつが目覚めそうなんだって?」
「いやあ、三度寝がえりをうたれたんですが、それっきりでして。せっかくお越しいただいたのに申し訳ねえです」
「ダゴンはどうした?」
「ダゴン様は、こないだお子様がお生まれになりましたんで、もうお子様とハイドラ奥様にべったりで。仕事中もお子様の話しかされなくて、うるさええっととにかくお忙しそうにしてます」
反吐が出る。
何人作るつもりだよあの夫婦。盛大なのろけ話に巻き込まれる前に退散しよう。
次はそうだ、魔導書で人間が馬鹿なことやらかしてないか観察しに行ってみようか。近くで魔導書が揃っている場所といえば、ミスカトニック大学だな。さっそく眼鏡をかけた大学生に姿を変えて向かおう。町に一つしかないバス停に止まっているぼろぼろのバスに乗り込んだ。