絵日記
数時間かけてゆっくりと水族館の順路を回り終え、俺と彼女は玄関ロビーに戻ってきていた。
そのまま出てしまうのが惜しくて、ロビーの売店を一緒にひやかしている。
周りには、俺達と同じ帰り際と思われる親子の姿もあった。
「ぼくね、きょうの絵にっきに、お魚さんかくよ!」
小学校低学年と思われる男の子が満面の笑みで母親にそう言った瞬間、彼女がつぶやく。
「……いいな」
「え?」
思わず聞きとがめた俺に彼女が自嘲気味に笑う。
「私は子供の頃からずっと家の中に閉じこもっていたから。小学校時代の夏休みの絵日記なんてほとんど読書感想文みたいだったの。文集で他の子が家族で遊びや旅行に行ったことを描いているのがすごく羨ましくて、なんで私だけ、太陽の下に出れない身体に生まれたんだろうってすごく悔しかった」
そう言った彼女はとても寂しそうだった。
「……そっか。でも、今日は水族館に来れたじゃん。描いてみたら? 絵日記。それで俺に見せてよ」
俺の提案に彼女は目をまんまるに見開いて、やがて困ったように笑った。
ちょうど手にしていた珊瑚のアンクレットを意味もなく指でいじっている。
「……えー、なんかそれ、嬉しいような、恥ずかしいような」
「君にとって子供の頃の思い出があまりいいものじゃないんなら、一つずつ楽しい思い出で上書きしていけばいい。アルビノの君には確かにいくつかの 不自由があるだろうけど、だからって楽しいことを全部諦める必要なんかないさ。これからも今日みたいに楽しい思い出を作っていこうよ」
ちょっとだけ勇気を振り絞って、一言付け加える。
「……これからも、俺と一緒にさ!」
赤紫の瞳が涙で潤み、彼女は笑おうとしてちょっと失敗した。
彼女が俺の耳元でささやく。
「私、あなたに出会えてよかった」
Fin.
白いカラス完結です。これからもこの二人にはいろいろあるでしょうが、きっと幸せになるでしょう。ここまでお付き合いありがとうございました。