ハーメルンの笛吹男
生まれつき紫外線への耐性がほとんどない彼女と出掛けるのはだいたい黄昏時で、それもせいぜい近所のコンビニに行くぐらいだったから、こうして真昼の太陽の下で一緒に歩いているのはすごく新鮮だった。
しかも、初デートということでいつもの普段着じゃなく、かなり気合いを入れておしゃれをしてくれた彼女がすごく愛しかった。
本当は駅までタクシーを使うつもりだったのだが「日傘も差してるし、日焼け止めもたっぷり塗ってるから大丈夫」と言う彼女たっての希望により、駅まで歩いていくことになった。
実際、僕らのアパートから駅まで普通に歩いて10分。日陰の多い道を選んでも15分程度だ。
メタセコイアの並木通りを抜け、商店街のアーケードを通り、線路の高架下をくぐって駅に到着する。
「大丈夫だった? 肌とか痛くない?」
「うん、だいじょうぶ。でも、夜はよく通る道なのに昼間はぜんぜん印象が違ってて、まるで知らない街に迷いこんだみたいでワクワクしちゃった」
ほのかに頬を上気させて目を耀かせる彼女に俺の鼓動が高まる。
「い、行こうか。もう電車が来る頃だ」
すると彼女はちょっと迷うそぶりをしてから、意を決したように小さくうなずき、俺の耳元に顔を寄せてきて囁いた。
「……ね、手をつないでもいいかな?」
俺たちはガタンゴトンと揺れる電車の中でもずっと手をつないでいて、なんだか嬉しくも恥ずかしい変な感覚だった。
万事に初々しい彼女と一緒にいると、なんだか自分が高校生の頃に戻ったかのようで、ちょっと不思議な感じがした。
やがて到着した水族館では、遠足だったのだろう、リュックを背負った小学生の団体がちょうど帰るところだった。
先生の笛の合図に合わせてバスに乗り込んでいく子どもたちの様子が、なぜか彼女のツボにはまったらしくクスクス笑いだす。
「なにがそんなにおかしい?」
「あの先生、ハーメルンの笛吹き男みたい」
「……その発想は無かったな」
彼女の瞳に映るこの世界はどんな風に見えているんだろう。
そんなことが、なぜだか無性に知りたかった。