スケルトン本位制?
川が氾濫したことで土石や材木が散乱する場所に、一際目立つ小山があった。
濁流にのまれて、まわりが雑然としているのに、その小山は人工物の整った姿を保ったままだった。
不意にその小山が、猛烈な勢いで周囲の泥を吸い込みながら巨大化を始める。
小山の麓からは透明な水が溢れ、近くを流れる濁った水に合流し、水の透明度を上げる。
やがて、小山の上に人の顔のようなモノが出現し、小山そのものも伏臥した人を模したゴーレムへと変化する。
土のゴーレムがゆっくりと腕を広げると、中から菜緒虎たちが出てくる。
「えらい目に遭ったな・・・土石流に飲まれて1日ぐらいか?」
服についた砂を祓いながら、空を見上げ、太陽の位置を確認しながら菜緒虎は呟く。
泥流にのまれたはずだが、服はまったく濡れてはいなかった。
「いや、本当にすごいなこのゴーレムは。幾らなら譲ってもらえるのだろうか?」
張僚は、周囲の土砂を吸い込んで創成されるブロックを氾濫して新たに出来た川に、積んでその川筋を塞いでいるコンダラゴーレムを眺めながら尋ねる。
「このゴーレムは某専用の特注品です。値段もわが国特有の単位なので外にはお譲りできないでしょうね」
菜緒虎と環寧はふたりそろって苦笑いする。
そう。いまソウキ国の経済は、貨幣以外にもスケルトンが使用されるようになっていた。
これは、菜緒虎が仕えているソウキ国からの俸給のひとつとしてリュウイチが召喚するスケルトンが下賜されること。
このスケルトンが、所有者が所有する、食べるモノや着るモノの作り方を教えれば習得するのが大きい。
これに、
・スケルトンゆえに覚えるスキルはひとつだけだが、不眠不休で動けるので短期間でスキルレベルが最大になる。
・その状態で進化すると条件によって上位スキルをもつ職人と呼ばれるスケルトンになる。
・ソルジャーやアーチャー、マジックユーザーなど国防に携わるスケルトンに進化した場合は国に(等価交換ではあるが)召し上げられるが、ワーカーは召し上げられない。
そして、この職人を、悪韋が自分の所有地の農地拡大のため自分の作る建築用ゴーレム・・・コンダラゴーレムと交換したのが始まりだった。
何故交換なのか?簡単に言えば下賜されるスケルトンを金銭で取り引きしたのでは損をするからだ。
いまでは最初の6人と呼ばれる菜緒虎、リベッチオ、エル、アール、アルファ、悪韋。
それに魏府国からの客将である劉美、関翅、張緋の3人の俸給は対価に見合うスケルトンだけになっている。
あとは、環寧と公蓋の二人が菜緒虎の口利きで一か月の俸給を減らした上で二か月に1体のスケルトンを受け取るようになっていた。
ちなみに、いまの一番人気はアルテミスの骸骨料理人。
定期的に作れる料理が変わるため需要が減らない。
2番目は、多くの官僚を排出してきた劉家の学問を修めた劉美の所有するスケルトンキャリア。
スケルトンキャリアのおかげで、ソウキ国の内政に関わる書類仕事がスムーズに回っていると言っても過言ではない。
もっとも需要が限られているので、国が大きくならない限り今後の人気は下降するだろうというのが大方の見方である。
なお、菜緒虎がスキルを教えて作れるスケルトンは、ハンター(ただしどう頑張っても進化させるとアーチャー)に農夫(汎用)。
珍しいところでは進化すると骸骨木工職人になるスケルトン。
骸骨職人としてはあまり人気がないが、机や椅子といった家具。変わった所では木彫りの一角兎をつくるので、城塞都市ソロモンや港湾都市ジャンを商圏としたミカワヤ商会で働いてるエルやアールには有難られている。
環寧と公蓋の保有するスケルトンワーカーは漁師として活躍している。
閑話休題。
「正直、今の今までこいつにハンター十一体分の価値があるとは思えなかったよ」
ペシペシとコンダラゴーレムを叩きながら菜緒虎が笑うと、環寧が噴き出し信じられないといった顔をする.。
スケルトン十一体。ソウキ国なら1個分隊。環寧の俸給換算なら揃えるのに2年近くかかる。
その顔に張僚は値段の高さ以上のモノを察する。
「コンダラゴーレム。街に戻るぞ。道を頼む」
菜緒虎がコンダラゴーレムに命令すると、コンダラゴーレムは幅1メートルの乾いた道を作りながら歩き始める。
「本当に便利だ」
しみじみと呟く張僚であった。
「よくぞご無事で」
土石流で泥に漬かった街に戻った菜緒虎は漫寵の大げさな歓迎を受ける。
ガタイのいい灰色毛の熊人の漫寵のハグは傍目だと襲われているように見えた。
菜緒虎がちらりと公蓋のほうに視線を送る。
自分が死ねばスケルトンや生きた鉄像が活動を停止するのですぐに判ると説明したはずだがという無言の問い。
公蓋は菜緒虎の視線に気づき苦笑いを浮かべた。
その辺はぼやかして漫寵に説明したのかと納得する。
「優先して土砂を撤去する場所を指示してください。倒壊した建物は引き続き生きた鉄像に処理をやらせます」
「郊外の畑は」
「流石に畑を元に戻すことは出来ませんよ」
菜緒虎の言葉に漫寵は肩を落とす。
変な誤解をされても困るので、コンダラゴーレムは砂を吸い込み石の塊をつくることは出来るが、水を吸い上げることは出来ない。
排水溝を作って排水しても水に押し固められた地面では育成に問題がでる。
なにより畑の土と泥の土を分けて吸い取りが出来るほどコンダラゴーレムは器用ではないということも説明しておく。
結局、街中に入って来た土砂の排出後、畑の横に排水用の溝を作ることで話が纏まる。
「しかし水を吸い上げるゴーレムですか。水が濾過できるのなら海では便利そうですね」
漫寵と別れ、拠点に戻ってきた途端、環寧は呵々と笑う。
海の男である環寧にとってかなり魅力的に映る。
「水魔法の使い手がいればいいだろ」
張僚が指摘する。
「海の上で体を洗ったり、掃除をしたり、そういった生活用水にまで魔法に頼るのは効率が悪いでしょう」
すかさず環寧が返す。
「そうだな。今回、泥水から砂を吸い上げると見た目には濁っていない水ができた。この情報を上げてみよう」
「ですな。アルテミス様か悪韋様あたりが形にしてくれる事を祈りましょう」
環寧はゲラゲラと品のない笑い声をあげる。
そして後日、環寧のもとに悪韋から、太陽熱を利用して海水から真水と塩を分離する全身真っ黒のロックゴーレムが贈られてくることになる。




