僧操との交渉。劉美の仕官
筍幾との交渉は簡単に終了した。
彼らの上司である魏府国の沛郡太守僧操からの正式な謝罪と賠償。
(魏府国は中央集権体制のはずだが)相互の不可侵条約と貿易協定の締結。(これぐらいの権限はあるそうだ。)
貿易は、ソウキ領から沛郡への一定量の食料の輸出。
沛郡からは申し訳程度の武器の輸出に加え、魏府国からの軍事顧問の派遣や文官などの斡旋。
人材に関しては、僧操の推薦があれば誰でも受け入れることになった。
そして、難民の受け入れはしないが、ソウキ領に来る武官・文官とその一族がクレに移住する事は例外として認めた。
会談の終了後、筍幾は、個人的に匿って欲しいと人物がいて、今回同行させているのですと話を切り出す。
恐らく、今回の貿易の人材派遣がお得であると認識させるためのお試しの人材を連れてきたのだろうと菜緒虎は推測する。
筍幾に呼ばれ、菜緒虎の前に三人の獣人が立つ。
「魏府国の官僚を務めておりました劉美幻兎と申します」
真ん中に立っていた百五十センチほどのウサミミの兎人の女性が右拳を左掌で包み親指を合わせ前に出す包拳礼をしたまま頭を下げる。
グリーンメタリックのチャイナ服に包まれたメリハリのある肉体は凶器と言える。
「魏府国で官僚と武官を兼務しておりました関翅雲蝶と申します」
左に立つトカゲの顔に鹿のような角が生え硬そうな顎鬚。額や喉といった急所や肩から手の甲にかけては硬そうな青くメタリックな鱗。
背中には大きな羽をもつ二メートル近い偉丈夫の竜貴人も拳礼をしたまま頭を下げる。
武官らしく黒い胴鎧を身につけている。
「魏府国で劉美殿の護衛をしていた張緋翼疾と申す。よろしく頼む」
右に立つ筋骨隆々で人の身体に虎の頭を持つ二メートル近い偉丈夫の虎人も拳礼をしたまま頭を下げる。
こちらも武官らしく厚ぼったい服に左胸から腹部を覆う鎧を着ている。
菜緒虎は筍幾から手渡された資料に目を落とす。
劉美幻兎。十六歳。
劉美氏はいまから250年前。いまの魏府王国の南西部を支配していたキャン王国国王の庶子だった劉尾玄孫を祖とする名門。
魏府王国がキャン王国を併合したとき、初代の魏府国王はいち早くこの一族を保護して、一族の人間のひとりを戸部尚書に取り立てたという逸話が残っている官吏一族の出身。
幻兎は僅か十二歳にして科挙いわゆる公務員試験に合格。
四年間、王宮で尚書補佐として勤務。
成人した今年、魏府王国の南部、港湾ジャンに隣接する南海郡という都市に監察官として赴任したという英才。
関翅雲蝶。百二十四歳(竜貴人は長寿種。)人間の年齢に換算するなら二十四歳前後。
百十六歳のときに軍に入隊。百十八歳で士官学校に入り百二十歳に首席で卒業。
幼いながら天才といわれた劉美を護衛する武官として任官する。
後に劉美によって文官の才能を見出され科挙を受験し合格。
劉美を支える文武の副官。
張緋翼疾二十九歳。
十六歳のときに軍に入隊。一年先輩だった関翅を兄貴分として慕っていた。
劉美が南海郡の監察官として赴任するときに関翅の推挙で部下の一人として軍から引き抜かれる。
彼らは若くして監察官という幻兎の才に惚れ込んだ関翅と張緋が幻兎に忠誠を誓う。
そのとき、劉美の提案で桃園結義いわゆる義姉弟の契りを結んだ。
いろいろな種類の亜人が多く住む魏府王国では、血の繋がりが何よりも尊ばれる。
しかし血の繋がりのないときは義兄弟の契りを結んで友誼以上の誼を結ぶ風習があるのだという。
ちなみに桃園結義の儀式とは…
桃の花が咲く時期に桃の花咲く果樹園で義兄弟の契りを結ぶ者が自分達の血を一滴混ぜた酒を
「我ら生まれた場所生まれた場所は違えど死すときは同じとき同じ場所であるのとを願わん」
と誓って飲み干すものらしい。
「これほどの人物がこんな辺境に流れて来た理由が判りませんね」
菜緒虎は訝しげに幻兎と筍幾を見る。
「これには深い訳があります」
苦笑いしながら劉美は話し始めた。




