魏府王国より外交官きたる
大陸歴3185年刈月(9月)。
マッサチン国のドラド辺境伯が、大陸南方にある自分の寄子貴族に対して討伐軍を興したという情報が大陸全土を駆け巡る。
公称では、騎兵を中心とした兵三千。ドラド辺境伯が直接指揮を執るという。
これに対し、東の隣国である魏府王国は、根回し済みなのか、早々に干渉せずと声明を出した。
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菜緒虎のクレ砦は、ソウキ領アキから徒歩で東に約5日ほど行ったところにある港湾砦である。
拠点としている建物は、クレ湾を形成する北側にある岬の山の中腹を、悪韋が特殊能力を駆使して岩石採掘したついでに削りだして創った中世欧州風の城。
湾には人工の防波堤とその内海に4本の桟橋があり、いまはガレー船2隻と小型帆船が停泊している。
砂浜と土を区切るように存在する櫓を擁する土塁と、その後ろに建てられた家屋が港としてのきざはしを見せていた。
「魏府王国が沈黙を選んだのは、クレ攻防戦の後遺症ですかねぇ」
部隊の再編を経て、海兵隊の隊長に任命された環寧がぼそりと呟く。
環寧は、いまだ菜緒虎の奴隷という身分ではあるが、菜緒虎の執務室への出入りが許されていた。
「今年も魏府王国の飢饉は深刻で、遠征軍を養う兵糧がなかなか集まらない」
菜緒虎は、机に置いてある地図上の魏府王国がある場所の駒を北東方向に動かす。
「何より、ニーダ半島情勢の不安定化が激しい」
魏府王国のうえにあった駒の前、ニーダ半島に新たに駒を置く。
「魏府王国は今年、国王壇羽十二世によるニーダ半島への親征ですかねぇ」
「国内の不満を逸らすための遠征。だが、失敗したときのダメージがな」
「それはマッサチン国も・・・ああ、こちらはドラド辺境伯の首で収める腹ですかねぇ」
ぽんと環寧が手を叩く。
「アルテミス様がトライアルに素顔を曝して恫喝したのがいまになって効いてると」
菜緒虎は机に両肘をついて腕を組んで息を吐く。
アンデットとゴーレムを主力としたリュウイチの国は、人間が支配者層に多いマッサチン国にとって目障りなのは予想に固くない。
今回、ドラド辺境伯の兵が公称三千といっても補給隊や工作隊込みの数字。
戦力になるのは良くて二千前後。
アタラカ森砦は未完成だった城門の設置も完了している。
アタラカ森砦を抜くのは不可能。「砦に張り付けば最後、後は擂り潰されるだけだ」とアルテミスは笑ったという。
「菜緒虎さま。魏府王国の使者が到着したようです」
天城が囁くように報告する。
「来たか」
菜緒虎は席を立った。
クレ砦にある畳に換算して二十畳はある、会議のための広間にある黒曜石で出来た巨大な机の前に五人の獣人が立っていた。
内容は三人が狐人。二人が虎人だ。
「お待たせして申し訳ない。ソウキ領クレの責任者で奈緒虎と申します」
軽いノックのあと扉が開き、菜緒虎が部屋に入ってくる。
ざわり
僅かに空気が緊張する。二人を除く獣人たちは明らかに怒気をはらんでいる。
が、続いて入って来たスケルトンナイトメアを見てその怒気が一瞬で霧散する。
「魏府国の沛郡太守、僧操の配下で筍幾と申します」
如何にも文官らしい服に身を包んだ銀色の毛並みの狐人が席を立ち上がり大きく頭を下げる。
「お久しぶりですね火候惇殿」
見知った顔を見つけ、菜緒虎が声を掛けると隻眼の虎人火候惇は苦虫を噛み潰したような顔をして頭を下げる。
「うちの上司の契約破りは安くなかったでしょう」
「ええ、火候殿の懐は当分下っ端兵士並みです」
菜緒虎の軽口に筍幾の顔が愉快そうに崩れる。
「なのであなた方のことは力も含めよく理解しているつもりです。交渉をお願いします」
「お話を承るよう仰せつかっています今日はよろしくお願いします」
菜緒虎も筍幾も顔を引き締めた。




