菜緒虎。ソウキ領への帰還
オクトパスを配下にしてから3日。菜緒虎はゆっくりと陽が沈む海をぼんやりと見ていた。
厳密にいうと、風魔法を全力で行使して魔力が枯渇。倦怠感に苛まれている状態だ。
これは、オクトパスを配下にしてから行軍スピードが大幅に上がったことに原因がある。
菜緒虎のさらに先、小型帆船の舳先の更にもっと先にそれはいた。
♪
オクトパスが、どんぶらどんどらと小型帆船を曳いている。その姿はとても上機嫌だ。
いままでは、菜緒虎が休息する時間には投錨して漂流するのを防いでいたのだが、いまは物理的に小型帆船を操作できるオクトパスがいる。
夜明けから陽が沈むまでは菜緒虎が風魔法を駆使して操船し、休息する12時間の間をオクトパスが天城の指示のもと小型帆船を曳く。
跋扈する海の怪物たちも、菜緒虎、天城、オクトパス、悪夢の骸骨のいずれか二組がいれば寄ってくることはなかったので、海岸線を目印に南下していた。
「菜緒虎さま。よろしいでしょうか」
メインセイルの天辺で見張りをしていた天城が、ふわふわとしながら降りて来て、ある一点を指さす。
そこには、天へと昇る赤い煙。やがて、破裂音と共に光が、そして煙が四散する。
「あれは…悪韋殿の照明弾か」
菜緒虎は、化けクジラを撃退したときに使用した武器を思い出す。
「となると」
菜緒虎は、長弓を取り出し照明弾を番えて空に向かって放つ。
パァン
菜緒虎の照明弾が炸裂し、それに呼応するように再び照明弾が打ち上がる、
そして少し時間をおいて、アルテミスから連絡が入る。
『三キロ南下したところに港湾があるのでそこに向かうこと』
「港湾?港があるの?」
アルテミスからの指示に、思わず首をかしげる菜緒虎だが、疑っても仕方ないのでオクトパスに南進を指示する。
やがて菜緒虎は、海岸線の先に小さな灯りが燈っていることに気付く。
小さな灯りは小型帆船が進む毎に少しずつ大きくなる。
「おお…いつの間に」
山頂に篝火が灯る岬を超えたとき、眼前に広がる人工の防波堤と数本の桟橋。
海岸には、櫓を擁する土塁がポツポツと存在。
岬を形成する山の斜面には、削りだされるような形で砦のようなモノが存在し、迎撃施設としての姿を現していた。
防波堤をすり抜け、カンテラがクルクルと回っている一番右の桟橋に小型帆船をつける。
桟橋にいるスケルトンに向かって係留ロープを投げ、錨を落とす。
わらわらと寄って来て、係留作業を開始するスケルトンたちを眺めながら、菜緒虎と天城は上陸。
小型帆船近くの海面で、オクトパスが足の一本で敬礼しながら菜緒虎たちを見送る。
オクトパスがついてこないのは、菜緒虎たちを見送ったあと海底の調査を命じられているからだ。
「任務完了。お疲れさん」
身長3メートルのトロールと呼ばれる巨人が、菜緒虎を出迎える。
一般的に野蛮と言われるトロールだが、目の前のトロールは違っていた。
心臓部分に蟹の甲羅のようなものが丁寧に編み込まれている丁寧に鞣された革の胸当に、キチンと形成された革のベルトで締められている黒狼の毛革でつくられたズボン。
左手に武骨で大き目な手甲を嵌め、その腰には身長に見合った長さと太さの鉄の剣が吊ってある。
「えっと、貴方も遠慮しない…というやつかな?悪韋殿」
菜緒虎の指摘に、悪韋はガハハハッと笑う。
この悪韋というトロール。実は、異世界から精神だけがやってきたという転移者である。
岩石生成というスキルを使い、ソウキ領の土木工事で革命を起こした張本人でもある。
ちなみに岩石生成とは、砂を集めて石に、石を集めて巨石に、巨石を集めて岩に、岩を集めて巨岩を創り出すというスキルだ。
石畳によって整地された道路。港の沖にある人工の防波堤や浜にある土塁や櫓。山の斜面に創られている砦。
すべて岩石生成で造ったものである。
ががっ、ががっ、ががっ、ががっ、
石畳を力強く叩く蹄の音が響き、骸骨馬に跨った真っ赤なマント姿の骸骨騎士が現れ、菜緒虎の前に止まる。
鉄の全身鎧に身を包んだ骸骨…死騎士は骸骨馬から飛び降りると、菜緒虎の前で片膝を付いて頭を下げる。
「元就。某の留守の間の指揮、ご苦労である」
菜緒虎は、近接大隊改め菜緒虎隊で部隊の副官を務める死騎士のひとりで元就という名前持ちの死騎士に声を掛ける。
「菜緒虎さま。指揮権をお返しします」
元春の差し出した指輪を受け取った菜緒虎は、自分が嵌めている指輪に触れさせる。
「了承した」
宣言すると同時に、指輪は光を放ち融合する。
菜緒虎がソウキ辺境騎士伯領軍三百人長の指揮官に復帰した瞬間である。
「ここで指揮権の返還ということは、魏府の海賊はここで私の隊で食い止めろということですね」
「ああ、俺も支援に入るからよろしくな」
悪韋はサムズアップして笑った。
ありがとうございました。




