一足お先に港湾都市ジャン入り
大陸歴3183年月後(12月)。
菜緒虎が魔の荒野に踏み込んで三週間。
天城『牛銅たち速報:順調に北上中』
天城からの定時連絡が入る。
菜緒虎の方は色々あったが、あちらは順調なようだ。
ただ、基本夜だけの移動である牛銅たちとは違い、菜緒虎はパワーレベリングを兼ねての昼夜移動。
菜緒虎はかなり早くマッサチン国の飛び地である港湾都市ジャンに着いていた。
港湾都市ジャン。
7年前に大陸西部を支配するマッサチン国と大陸東部を支配する魏府王国との間で起こった戦争の講和条件として岐魏府王国からマッサチン国に十五年間貸与された港湾都市である。
マッサチン国は、この港湾都市を手に入れることで塩を含む海産物の安定的な確保が出来たのだが、一方の魏府王国にもメリットが生まれた。
五十年近く国交断絶状態にあった、魏府王国の東の海上にある弓状列島国家であるワ国からの貿易品が、港湾都市ジャンを通じて流通するようになったのだ。
「ここがジャン」
菜緒虎は目の前の都市を眺める。
城壁はないが、代わりに外苑に建っている建物の壁がどれもそれなりに高い。
土台だけでも切り出された石が三メートル近く積まれている。これが城壁の代わりだという事だ。
「ここには何を?」
新兵らしい赤毛の衛兵が訪ねる。
「仕事です」
菜緒虎はソロモンの商業ギルドのカードをひらひらさせながら答える。
「カードを持ってそこの水晶に手をかざしてください。犯罪履歴の確認の後、この街での身分証になります」
赤毛の衛兵は少し離れたところにあるこぶし大の透明な水晶を指さす。
菜緒虎はカードを持って水晶に手をかざす。
ピカッと水晶は青く輝く。
「過去の犯罪歴がないのを確認しました。ようこそジャンへ」
赤毛の衛兵は小さく頭を下げる。
「商業ギルドはどこですか」
「ここから港へ三階建ての建物です」
「ありがとう」
再びひらひらと手を振って、菜緒虎は目的の建物に向かう。
目的の建物はすぐに見つかる。
建物の入り口に、上から鍛冶師ギルドを意味するハンマーを意匠化した看板。商業ギルドを意味するコインが零れる袋を意匠化した看板。
そして一番下には冒険者ギルドを意味する剣を意匠化した看板と居酒屋を意味する皿と徳利を意匠化した看板が並んで掲げてあった。
からん
菜緒虎が扉を押し開くと、扉に備え付けられていた鈴が訪問者が来たことを告げる。
建物の中にいた人間の注目を一斉に浴びるが、すぐに三分の二の視線が離れた。
冒険者ギルドの受付のお嬢さんにギルドカードを提示し、水晶に押し当てると水晶が黒く光る。
これを見て、さらに半分の視線が離れる。
残った視線の主は、おもに駆け出しっぽい若い人間だ。
これは、ギルドカードを押し付けたときの水晶の光の色で、冒険者ギルドに所属する冒険者のランクが解る仕組みからくるものだ。
ランクは、光らないをスタートに黒、白、黄色、赤、青、紫、錦の8階位。
昔の官僚制度の地位を意味する冠の色がもとになっている。
アルファベットならF、E、D、C、B、A、S。
とある小説でいうなら、鉄、銅、銀、金、白金、蒼白銀、紅黄金、金剛鋼だろうか。
視線が逸れたのは、冒険者ギルドでは、組めるパーティが前後2ランクという規則があるためだ。
「資材の買い取りはここ?」
「菜緒虎さんは、直接三階に卸してください」
と、水晶を見ていた受付嬢に、三階に向かうことを案内される。
これに周りの空気が僅かに揺れる。
素材を直接鍛冶師ギルドに卸せるのは、商業ギルドでいえば青ランク以上であり、冒険者ギルドに所属する冒険者が持つにはかなり珍しい資格だ。
タネを明かせば、鉱山都市ソロモンにあるミカワヤ商会を権利ごと賠償として受け取った際に、菜緒虎名義で商業ギルドに再登録し税を納めているのが理由なのだが。
「買い取りお願いします」
3階に上がり声を掛けると、奥から出てきたのは、刈り上げ黒髪に黒瞳。板海苔のような眉毛の130?ほどの背丈の髭もじゃ。いわゆるドワーフの男性だ。
「ドアホーだ。何を売りにきた」
「少ないですが」
菜緒虎は、魔の荒野を踏破する際に収集した一角兎の角や毛皮。
ラージスコーピオンの毒針や砂漠トカゲの毒袋に魔石といったものを積み上げていく。
「魔の荒野にでも入ったか」
「はい」
ドアホーはひとつひとつ品質をチェックしながら尋ねるので素直に肯定する。
「そうか、割増しで金貨一枚と大銀貨九枚だな。金は振り込むか受け取るか」
「振り込みで…なんの物資が不足しているの?」
割増買い取りと聞いて、菜緒虎はギルドカードを渡しながら尋ねる。
「旱魃、蝗害で作物が不作なせいで、動物型モンスターが頻繁に周辺の村の畑を荒らして、そのモンスターを追って肉食モンスターまで村にきて暴れとる」
「武器の需要があると」
菜緒虎は、ギルドに卸した素材が、武器作成に使用するのに必要なものだと思い当る。
「そうじゃな」
受け取ったギルドカードと買い取りカードを水晶に翳したドアホーは、買い取りカードに自分のサインを入れてギルドカードと共に菜緒虎に返却する。
「ところで」
菜緒虎は腰に吊っていた木刀をドアホーに渡す。
「ワ国の刀の模造刀だな?」
「はい。この木刀を元にした自分用に調整した刃の付いた刀が欲しいのですが、製作者に心当たりはありませんか?」
暫く木刀を眺めていたドアホーは、一度大きく深呼吸をして菜緒虎を見る。
「儂に造らせ貰えんか?」
菜緒虎は、静かに笑って承諾するのであった。
ありがとうございます。




