008 一人じゃなかった
悪路を走る為のカートのハンドルやらサスペンションの構造やゴムタイヤの合成の仕方がよくわからないので、調べてプリントアウトしたかったが、ここはギリギリ電波が入る様な田舎。スマホで検索結果を保存するのも面倒くさいので、回線通過した明日以降ノートPCで検索してプリントアウトした物を持っていく事でいいや。
「ナナー」
一声かけるとスルリと蔵の中に入ってきた。そして転移。一回で持ちきれなかったので、二回に分けて持ち込んだが。一度戻っている間にナナは何処かに消えていた。また調子にのらなきゃ良いけど。食材を冷蔵庫に投入してから行動開始。冷蔵庫に入れたガラスープはぷるぷると固まっていた。必要なだけ温めて使える感じになってきたので、何に使えば最適か考えてしまう。何に使っても旨いだろうし。
何だかんだで昼ぐらいか。うーん、こっちと日本を行き来する時に着けたままの自動巻き式の腕時計の指す時間が意味の無い物になっている。こちらの世界用と日本用の両方の時間がわかる時計とか必要があるな。腕時計は難しいかも知れないけど、12倍速の表示を追加するとか出来ないかな?でも、時計自体の難易度が高過ぎる気がするから先送りだな。
また下草が生えてきているので下草と竹を丸鋸にアルミの延長棒着けてサクサク刈取りながら、蟻の巣跡の池の様子を確認。マスモドキの様な大物はあの水路が浅くてこちらにきてないようだが、小さなヤマメの様な魚が群れをなしていた。結構大量だな。蟻の残骸を食べに来たのかな。確か昔にヤマメ釣りに行った時にミミズやその辺りの昆虫で釣った記憶がある。囲炉裏で串打って塩焼きとか旨そうだ。うん、釣りをしよう。
竹の先1m程を切り取り、葉を落として軽く振ってみる。ヒュンヒュンといい感じ。透明で水の中では見難いと思われるシリコンカーバイトで小さな針を作り鶏の頭からとれた小さな3mm結晶を弱く点滅させてルアーにしてみる。で、気が付いた。糸がない。
ネネちゃんのリュックサックを作る時に抜いた猪の毛皮の毛をナノマシンの力で一本の糸に出来ないかな?怪我が治るなら、毛髪の融着ぐらい出来ないだろうか。
表面はCMでよく見るあのキューティクルで覆われているけど、確か中身は中空の繊維の集合体だったはず。繊維と繊維をくっつけるには一本一本の毛の中の繊維の量が同じじゃないと上手くいきそうな気がしないから、キューティクルを半分剥がして重ねて撚り合わせるイメージでくっつくかな?
二本を半分ずらして指ではさみ、毛の中の繊維を撚り合わせるイメージを強く持つ。
イメージが反映された感じがしたので、両端を持って引っ張ってみる。ピンと張ってビクともしない。試しに50cmほど繋いでから本気で引っ張ってもビクともしない。とりあえず2mほど作ってみて竹の先と針と結びつけた。
あ、毛の色が目立つ。透明とは云わなくても脱色は出来ないかと思ったらサクッと白髪になった。
重りが必要かと思ったけど、渦巻き状の水流に引かれてスッと針が沈んでいくと思ったら既に食らいついてた。スレてないのかいとも容易く針を咥えていく。石英で作った即席バケツに水を溜めて20匹ほどでやめておく。いくら冷蔵庫があるといっても、いつでも釣りに来れる釣り堀状態なんだから焦ることはない。石英ガラスで作ったバケツは無茶苦茶重かった失敗した。アルミで作れば良かった。
長めの竹串用の二節程を残して竹炭窯に詰め込んで、窒素環境下で加圧加熱して放置。
鉈である程度の細さに割って、囲炉裏で軽く乾燥させてから、使い慣れたビクトリノックスのナイフで綺麗に整えていく。なんかナノマシンでパパパッと出来そうな気がしたけど、なんとなく手作業でやって削りカスを囲炉裏に投げ入れながら火が上がるのを楽しんでいた。
無心でやっていたら、45cm程の長い竹串が30本程出来た。まだ一節は乾燥させているので、この倍作れると言う事だ。ま、今回のは乾燥が半端だから、歪むかも知れないけども。それでも一回使って焦げ付くのも癪なので、前に何かの資料で見た木材に水ガラスを含浸させる不燃処理を試してみる。乾燥した木材の細胞の空隙に水ガラスを加圧して染み込ませて乾燥させるという方法だったはず。
ええっーと、水ガラスの組成は珪酸ナトリウムの濃い水溶液Na2SiO3だったはず。溶液は作っておいて、30本の串が入るパスタストッカーの様な容器を作り、真空乾燥で暫く放置。ガストラップの水位が変わらなくなったので、いきなり水ガラスを投入して、串同士がくっつかないようにゆるゆると動かし続ける。水ガラスの水位が変わらなくなったので、取り出して、囲炉裏の周りに刺して熱乾燥。
《鶏、とった!》
ナナの声で気が付いたが、既に夕暮れ間近だった。あと、鶏咥えている状態ではナナ用の扉が潜れずに扉に鶏の血がついている。大蟻にやられたトラウマ克服したのか忘れたのかわからんが、また走り回ってきたんだ。蟻が大きさなら、蜂も似たような大きさになるだろうし毒性もわからんし、10倍サイズのオニヤンマとかがいたのなら、あっという間に攫われるし、10倍女郎蜘蛛とか2m超えたりするのか……。流石に恐ろし過ぎる。
いつもの様に内臓と血を餌皿に出して、寸胴に新たなガラスープを作るべく鶏ガラを入れて、竈に火を入れる。
加工した竹串はバリをナノマシンで綺麗に取り除いて仕上げ。打ち鳴らすととても竹串とは思えない金属音がするけど、そんなに重くない。うん、これは使えるかも。
鶏肉は半身を冷蔵庫に入れて半身を一口サイズに切ってから軽く塩をしてから串打ち。ヤマメモドキも腹を割いて串打ちして飾り塩。山椒の粉と七味を用意して囲炉裏で焼く。お供は爺さん秘蔵の古酒。口直しにキャベツを齧りながら、鶏の脂で部屋が燻されていく感じが良いな。竹炭も煙も香りも全くせず中々良いな、ヤマメモドキも旨いし、鶏肉の串も旨い酒も旨いという所までは記憶があった。
気が付いたら真夜中っぽい。囲炉裏の火を付けっぱなしだ酔っ払い寝落ちか。下手したら一酸化炭素中毒だけど、そこまで気密は高くないけど、寝返り打って火傷とかあまりしたくない。
囲炉裏の火は残っているが、上に網を貼って焼いた肉は炭化しており、唯一不燃処理した竹串だけが何事もないように残っていた。ヤマメモドキは焼き過ぎてパサパサになっちゃったな。
風呂に入って寝直した。
翌朝、ナナに起こされる前に外から大声が聞こえてきた。
「トール様!やくそくのいし、たくさんもってきた!」
どう考えてもネネです。何かネネを叱っている声が何人分か聞こえてきたから、里の代表者かそれに準ずる人が着いてきているんだろう。というか、普通に日の出の時刻じゃないか。あ、時刻の尺度が無いから、朝とか昼とかぐらいの指定しか出来ない上に"賢者の曾孫"だから、遅れてはいけないと考えた。その結果、夜明け前に到着して日の出直後に挨拶という事になってしまったと。ナナ行ってこい。
次の瞬間、専用扉から飛び出して
《まだ、朝早すぎ、うるさい!》
とその首輪でしか通じてない私に更にうるさく聞こえるように唸り声上げて威嚇。あああ、全然伝わってない。ああもいいどうせまともに服も着てない奴等だから、寝落ちしたままの服装でいいや。台所で顔だけ洗って、コップ二杯分の水を一気飲みしてから、外に出る。
端っこのネネはわかる。渡したリュックサックと槍を持って立っているからな。で、その隣がほぼ同サイズのウサギ頭の保護者さん?もっと偉い人か?隣に二足歩行する白猫がいた。但し、手が五本指というだけで、猫背でよくわからないが現状130cmぐらい。伸ばしたら150cmぐらいあるのかな。で、その隣の肉の壁だ。というかどうみてもミノタウロスじゃないか。身長2.4mぐらい?あまり見たことの無いサイズでよくわからない。
「ああ、おはよ。みんな朝早いね。まあ、中でゆっくり話そうか。あ、ナナ、もういいからご飯にしよう」
前回のネネと違い、全員念入りに水浴びをしたようで、まだ許せる獣臭。どうせ朝飯も食ってないだろうし。
「あ、この前はあまり考えずにネネちゃんにご飯出しちゃったしおにぎり渡しちゃったけど、何か食べられない物あるかな?」
「肉の類は好みませんが、食べたからといっても不都合はありません」とウサギの爺さん。
「臭いのキツい野菜じゃなければ……」と猫。そもそも男性なのか女性のかさっぱりわからん。というか、もしかすると地球の猫と同じようにネギとかの硫酸アニルとかでヤバくなるのかも。一応避けるか。
「肉も野菜も何でも大丈夫です」とミノタウロス。うん、何でも食いそうだよ。
囲炉裏に薬缶を載せて、特大土鍋で炊飯を開始して、昨日からとっているガラスープに先日までの固まりを少し足して、水かさ足してざく切りキャベツを投入。一応人数分のヤマメモドキに串を打って囲炉裏の周りに並べる。ああ、そうだ。ナナの朝飯用の肉。
「そんな入り口に立ってないで、上がりなよ。あ、足はそこの水の流れている洗い場で洗ってからね」
経験者のネネを先頭に順に洗って座っていく。ちょっとあのミノタウロスが床に乗った時は床からピシッと音がしてビクッとしたけど、中身はシリコンナイトライドだ。表面の竹材が割れたのかな。中身はそう簡単に曲がったりはしないだろ。
皆が座ったのを確認して、奥の採石場で茶碗、汁椀、湯呑み、箸に匙に魚を置く皿。大体の身体のサイズと偏見で器のサイズも変えて作った。
器を抱えて戻ると、薬缶から湯気立ち上り、煎茶を直接投入して、火からおろして皆に茶を注ぐ。
さて、話し合いの始まりだ。




