007 人に集めさせればいいじゃないか
ほぼ日の出とともに翌朝起きたら、ネネの膝でモフられて満足気なナナが視界に入ってきた。昨日の朝まで喜び勇んで狩りに出掛けていた勇猛さの欠片もない。というか、奴の餌認定されてないのか。ま、拙いけど言葉が話せて自由意思がある生物だから、積極的に殺したくはないし、これから爺さんの開発した里の生き物というか住人というか獣人だ。この世界に基本的な人権が存在するかどうかわからないが、一般的な日本人の感覚としてあまり逸脱した行為をしたいとは思わない。
「あ、おはようございます、トールさま」
《飯くれ》
「あーおはよ。あと、ナナあまり無茶はしなくていいからな」
《もう元気》
何ドヤ顔してモフられて何を言っているんだか。熾火状態の竈に炭を足してガラスープを温め、ネギも卵も無い簡単な鶏雑炊を作る傍らで普通の土鍋炊飯も作っておく。おにぎりぐらいは持たせて帰らせた方が良さそうなぐらい痩せてるし。
しかし、なんか敬われている雰囲気なのに、手伝おうとしないこの子何なの?
「ねえ、ネネちゃん。里では稲というかお米作っているんだよね。他に何を作ってるのかな」
「はい、麦が小さいのと大きいのと丸いの。あと、里の外れに蕎麦たくさん」
「野菜とかは?」
「やさい?」
「じゃあ、質問変えよう。米や麦や蕎麦以外に何を食べてるのかな」
「森の木の実とか森の中にある食べれる物」
「最後にもう一つ、米や麦って、普段どうやって食べているのかな?」
「集めた奴を配られて、そのままカリカリと食べるよ。昨日みたいな柔らかい食べ物初めて食べた」
農業教えて、調理方法教えてないとか、うちの爺さんはバカじゃないのと一瞬思うが、齧歯類だから堅い食べ物の方が良いのか色々とグルグル考えてしまう。というか、多分精米どころか脱穀をしているかすら怪しい。
話をしているうちに雑炊と炊飯が終わり、竈から外して雑炊のみを椀に入れて、匙とともに渡す。ナナには塩をせずに焼いておいたマスモドキを一匹。《魚ヤダー》とかいう意見は無視。
本能的にご飯とわかっているのか、既に貪り食うように食っている。絵に描いたような欠食児童。あっさりと食べ終わりソワソワしているから、椀を取り返しもう一杯盛ってやる。こちらはもう終わったので、洗い場に浸けておく。
一度、ネネから見えない所で日本に戻って、紙とペンを取りに帰って、すぐに戻る。
昨日、作った槍を片手に爆発跡を見に行く。吹き飛んだ蟻は殆どバラバラになった蟻ばかりだけど、偶に形が残っている物があるので、生死不明だが一応トドメを刺しておきつつ、穴の付近に立つ。
推定直径15m程度の穴が空いていた。何処かから水か吹き出しているようで、既に底は見えなくなっていたが、その水面は一面の蟻の死骸や卵で埋め尽くされていた。これから溢れるのは時間の問題だろう。そしてそれが竹林中に撒き散らされるのは流石に気持ち悪い。
幸いこの蟻の死骸を食ってくれる魚もいる事なので、川に流してしまおう。
50cm幅で深さも50cmぐらいでいいか。ボコボコとサイズだけ指定して土を抜き取り、残土で周囲を盛っていき、数分で川と繋げる。一時的に川から水が流入していき、あっという間に池になった。爆発痕が水で満たされたら、今度は湧き水の影響で次第に蟻の死骸や卵が緩やかに川に向かい流れていくようになってきた。そこで、念には念を入れて卵だけはプチプチ刺していく。意外に量がある……。
と、単純作業をしていたらネネがやってきたので、そんな単純作業こそ変わってもらう。結構楽しそうにプスプス刺している。あの大蟻は予想以上に恐怖の対象だったのかも知れない。
新たに出来た池を眺めてみると、一体、更に巨大な白い腹をした蟻がピクピクと痙攣しているように見えた。あの爆発を生き延びた奴がいるのか。それも大きさといい白い腹といい女王蟻か。ここは確実にトドメを刺してやらないと。
急いで丸鋸を取りに帰り、離れた位置から頭をスパッと切り落とす。もしかして結晶があるかもと回収して頭を分解してみるが無い。んー、昆虫だと場所が違う可能性を考慮して他の部分も回収して切開していく。水場だからいいけど、正直ベタベタと気持ち悪い。半ば諦めていたら、胴体の背中辺り、神経索の辺りにピンポン玉サイズの結晶が見付かった。比較対象として、周囲の大蟻を切り開いて同じ場所を探すが見当たらない。やはり生きている長さによるんだろうか。女王蟻はそれなりの時間を生きるが、大蟻は短命で使い捨ての兵隊でしかないのかも。
流速を上げて早く洗い流したいので、小屋の下水ラインをこの池に流し込むように切り替えて、汚れた風呂の為に流しっぱなしだった勢いのまま池に注ぎ込む。
円形の池の接線方向に流したから、渦を巻いてボロボロになった蟻と卵が中央に集まって沈んでいった。流石に生きていても水死するだろう。浮いている物は流れきったようで、川との合流地点でバシャバシャと激しい水音がしていた。あのマスモドキからしたら大フィーバータイムということだろう。
よく結晶を洗い、ネネと家に戻る。ナナは蟻がいなくなった事を理解したのか、また何処かに行ってしまった。もうすぐ帰るんだけどな。
「ネネちゃん。ちょっとお願いがある。動物の頭の中や死骸の中にこういう白く光る玉がある事があるんだ。もっと小さいのも多いと思うけど、それを出来るだけで良いから集めて、五日後にまた持ってきて欲しい。そうだな、お土産としておにぎり握ってあげるし、帰るときの安全の為にその槍を上げるよ」
「おにぎりって?」
ああ、炊飯という概念がないからおにぎりもあるわけ無いか。ま、朝に炊いておいたご飯も適度に冷めて握りやすくなっていたので、単なる塩むすびを十個ほど作る。
「帰ったらおうちで皆と食べて、その玉をあつめるのを皆に協力してもらうんだよ」
と結晶の実物と紙に文字と絵、更にそれが沢山あれば里を救いに行くのが早くなると説明しておくが、音やひらがなという記号としての日本語は共通だけど、調理という概念が無かったように言葉を選ぶのが大変だった。
猪の毛皮から毛を抜いてリュックサック状に加工してやり、おにぎりと説明文とサンプルの結晶を背負わせ、片手に槍を持って里に送り出したのは結局昼前になってしまった。あ、残ったガラスープを漉して冷蔵庫にいれておくの忘れる所だった。
「ナナ!帰るぞ!置いてくぞ」
《ちょっと待って!》
蟻がいなくなったからといって、余裕かましてるとまた何かにやられるぞ。学習しなさそうだけど。
いつもより時間が掛かってナナが到達した。
今まではあばら家の前で転移していたが、場所が重なったらどうなるか怖いので、鍵を掛けた室内で転移をする。
「それではお願い」
《転移を開始します。3,2,1》
戻ってきたら、6:00前で鶏の鳴き声がちょうど轟渡っている時間帯だった。相変わらずうるさいけど、周囲の農家でも鳴いてるからうちのだけ〆ても意味ないか……。
籠を担いで餌を追加し卵を回収。畑の方に回ってキャベツや玉ねぎ、長芋に分葱等々を一週間分を目安に回収していく。
一度蔵に運び込んで、客間の布団を一組も縛って持ち込む。ああ、向こうで昼飯食い損ねたし、今なら朝飯か。飯食おう。ご飯が炊き上がる前に風呂に入る。髭も伸び放題だ。ひげ剃りも持っていかないとな。というかか等の風呂道具よりも自分のシャンプーとかボディータオルとかバスタオルとかも買わないとな。あと、人間の尊厳的にトイレットペーパー。ナノマシンでウォシュレットと同等の事は出来るけど、どうも拭いた気がしなくてダメだ。
風呂上がりにボーッとしながら飯を作って、ちょっと調べ物をしながら飯を食ってたら、8時半ば。ホームセンターは10時開店だから、ここからの距離と市街地に向かう朝の渋滞を考えれば、もうそろそろ出てもいいか。
ちょうど開店直後に滑り込んで、目的の物を手当り次第カートに放り込んでいく。ペット用品もあるし、食品も乾麺や乾物とか調味料もある。あんまり来てなかったけども、確かに多種に渡って色んな物がある。ゾンビ映画で立て籠もるならと云われるだけはある。あっ超音波で虫が寄ってこなくなる物があるな。でも、これなら結晶で再現出来そうだからパス。ナナや向こうの住人達が嫌いな音だったら使えないし。
帰りにスーパーによって鶏肉以外の肉をちょっと多めに買っておく。流石に鶏肉は飽きた。でも、鶏ガラスープがとれるのは良いし、結晶もあるからいいんだけど。あ、コーヒーと紅茶も欲しい。面倒だから昼飯用の弁当も買っちゃえ。
最後にコンビニでタバコをワンカートン買って帰宅したら、既に12:30過ぎてた。
昼飯の弁当を食いながらメールチェックしたら、ネット回線の業者さんは13:00から一時間前後、資産管理会社の方々は14:00というベストなタイミングになってたので、お願いしますと返信した。




