006 対蟻の巣とファーストコンタクト
翌朝、まだ昨日の精神的なダメージから抜け切らないようで、餌を食べ終わっても土間から出ていこうとしないナナ。かなり深刻だ。
仕方ない他の用途に使う予定だったマスから取り出したナノマシン結晶を使ってしまおう。
まずは蟻の巣を探さないと話は始まらない。竹を切り出しながら蟻が出てくるのを待つが、見付からない。
マスの内臓を地表面ギリギリに吊り下げて、寄ってくるのを待つ。よく見ると普通サイズの蟻もいるようなので、あのサイズの蟻を根絶しても構わないな。
大体二時間ほど待っていると、一匹の大蟻が餌に喰らいついた。強い顎で引き千切り巣穴に持ち帰るようなので、下草を狩りながら後をつける。
滝壺から見て右手の崖をかなり奥に竹林を入った所に直径7cm程の穴に入っていった。見ているうちに数匹出入りしているので、間違いないだろう。
内径7cmシリコンナイトライドを短いパイプ状に整形して昨日マスから採れた結晶を組み込み、空気中の窒素から液体窒素を吐き出すようにイメージを焼き込む。極低温に酸欠で一網打尽にしてやる。
蟻が出入りする隙間に入り口に嵌め込み、起動。液体窒素をばら撒いた時の白煙が上がるが、中から蟻が中から出てくる事はない。戻ってきた蟻も中に入ったっきり出てこない。周囲の土壌が白く凍りついていくが、何処からか別の場所から出てこないか下草を狩りながら探していくが、とりあえず出てこないので、暫くこのまま放置しておこう。どうせ竹林もほとんど伐採するつもりだったから、根から凍りついても構わない。
蟻の巣は一日放置して置こう。ということで、昨日と同様にマスモドキを刺すのに、黄色いイクラモドキをばら撒いて、浅瀬に誘う。四匹採れたが、昨日ほどの大きさは無かった。擦れていないというのか、簡単に捕れる。
素焼きしてほぐしたマスをナナにあげて、「今、蟻の巣を全滅させているから、もう大丈夫だよ」と話しながら撫でてやる。
こちらも、塩焼きのマスに白飯でガッツリ食って、頭を割って、中の結晶を取り出す。双方とも1cm位でそれほど大きく無かった。
午後からも竹を切り出しながら、炭焼という繰り返し。ナナもようやく外に出てきて拓けた場所で走り回っていた。まだ、森の中に入る勇気は無いようだ。
夕暮れ時までに蟻の巣穴から直径15mぐらいが凍り付いたので、次の段階に以降。小屋奥の珪素を掘っている採石場の残渣からアルミニウムの粉末を酸化鉄でカプセル状に覆った物を大量に作り出す。それを液体窒素で満たされた巣穴にゴロゴロと入らなくなるまで流し込んで、液体窒素製造のナノマシン結晶を外して止める。酸化鉄で覆ったのは、液体窒素で凍った氷とアルミニウム粉末で反応するのを防ぐ為の対策。
仮死状態で復活されても無意味だから、徹底的に焼き尽くす。テルミット反応で。どうせ処理するつもりの竹林ごと焼き尽くしてやる。
線路の溶接にも使われる猛烈な熱量を持った化学反応。無酸素で強力な熱量が発生し連鎖してゆく。
入り口辺りから液体窒素の液面が溢れていたので、先程まで液体窒素を作り出していた結晶のイメージを焼き直して、3mほどの棒の先に取り付け、空気を圧縮してプラズマ化する程の熱量を持たせてテルミット反応の開始を確認して急いで小屋の壁際まで離脱。
強烈に眩しい光が巣穴に消えていき、失敗か?とおもったが、次の瞬間地中からドンッという衝撃と共に巨大な火柱が連続的に上がった。
テルミット反応の熱量で残っていた液体窒素がいきなり気化したようで、辺り一面抉れる様に大きな穴と大量の蟻の死骸が引き千切られ燃えながら撒き散らされていた。周囲の竹にも燃え移っていたが、生木なので直接溶けた金属が当たった物以外は葉が燃える程度で止まっていた。というか、その溶けた金属が当たらなくて良かった。まだ耳がキーンと聞こえない。
家に戻ると縁側下でナナがブルブル震えながら漏らしていた。ちょっと派手過ぎたかな……。
一段落ついたので、飯の用意をしながらナナと一緒に風呂に入り、緊張をほぐしてやり、クッタリとなった状態で、飯を食って寝たのを確認して、こちらはこちらで囲炉裏で焼いたマスモドキをツマミにバーボンを飲んでいた。
知らないうちに寝落ちていたようだが、誰か扉を叩く音が聞こえる。覗き窓からはウサギの様な耳しか見えない。奥の採石場で、シリコンナイトライドの槍を作ってから、問いかける。
「誰だ」
「けんじゃさまのおうちのちかくでおおきなおとがしたから、見にきた。そしたら、おうちのかたちかわってた。声もけんじゃさまとちがう。だれ?」
「だから、お前は誰だ」
「里に住んでるネネ。けんじゃさまじゃないの?」
「君の言う賢者様というのは、多分俺の曽祖父で、俺は曾孫の徹だ」
「トールさまはけんじゃさまとちがうの?」
「いや、ちがう」
《大丈夫だよ、入れてやりなよ》とナナの声。
鍵を外して、少し離れてから入る様に云う。
扉を開けて中に入ってきたのは、二足歩行するウサギだった。
身長1.4mほどだけど、耳の分を抜かせば1.2mぐらいか。全身毛に覆われていてただ単に大きなウサギが二足歩行しているだけにしか見えないが、よく見ると手は五本指で、何の皮かわからないが袖無しのジャケットを着ていた。
泥だらけの足を洗ってやり、囲炉裏の対面に座る。
「さっきのおとは何?」
「大きい蟻の巣を吹き飛ばした。ちょっとやり過ぎたかな」
「ううん、大きい蟻は危ないから、見たらころす。あたりまえ。でも、巣ごとはすごい」
「そうか」
「あ、そうだ。けんじゃさまはさいきん里に来てくれなくなった。みんなまとまらなくなった。食べ物も減った」
「だから、俺は賢者様でも爺さんとも違う。もう少ししたら里に降りるからその時に話そう。これからどうする。夜暗いけど帰るか、泊まるか?」
「夜、危ない。とまってもいいの?」
「ああ、別に構わないけど、風呂には入ってくれ。臭う」
「ふろって何」
爺さん日本語教えたんじゃないのかよ。
「温かい水で水浴びして体を洗ってお湯に浸かるんだよ」
「わかんない……」
「じゃあ教えるから、一緒に入るか」
もしかしなくても、この二足歩行ウサギは幼いのか?と一瞬思ったが、ただ単に言葉が拙いだけで大人じゃなければ、賢者と崇められていた爺さんの家の異常に派遣されないだろと思い、ロリじゃないと自分の中で判定。というか手のひら足の裏以外全身茶色い毛皮という形態で完全にウサギの頭が乗っかっていて欲情するも無いわと自身の股間も納得。
頭からお湯を掛けてやると、「お湯!温かい!」と大騒ぎしていた。イヤな予感がしたので、自分は一緒に入らずに息を止める指示をして物理的に風呂に沈める。
無数のノミか何かわからない虫が浮いてきた。今度からペット用のボディーソープ置いておこう。ナナにも必要だし。
数秒で手を離して風呂の中で身体を擦る様に指示をした。……ドン引きする程の虫と毛が浮かぶ。毛についた油も落ちているのか、軽く油膜も浮かんでいる。里の生活は一体どういう衛生状態なんだ。
「なあ、ネネちゃんでいいかな」
「なあに、けんじゃさま」
「賢者様はやめてくれ。徹と呼べ」
「はい、トールさま」
微妙に発音がおかしいが、まあいい。
「里では水浴びとかしないのか」
「たまにしてる。でも、さむいときはやらない」
何か課題が山積していく。手出しするのやめようかと思うけど、分子構造を直接弄れる様な魔法の如きナノマシンの力は捨てがたいし、爺さんが中途半端に手出しして放り出した物を再び投げ出すのもなぁ。どうせ、不労収得で生活出来るんだし。
「ネネちゃん、風呂は気持ちいいか?」
「あたたかい、きもちいい、かゆいのなくなるかんじ」
いい加減お湯が汚れてきたので、汚れた風呂の湯からお湯だけを抽出してかけ湯して洗い流して終了。
余りにも汚れた湯船は排水しながら給水して延々と入れ替えを行っておく。流石にこれをそのまま使うのは無理だ。
温風をおこして全身の毛を乾かしてやると毛の量が倍になった様にフカフカなウサギがそこにいた。
初めてのお風呂で疲れたのか走ってきて疲れたのか知らないが、ウトウトし始めたネネを起こして残ったご飯を与えたら目を輝かせてあっという間に完食して、そのまま寝落ちた。毛皮の着ている上に布団代わりに毛皮載せたら暑いかな?と思ったけど、暑かったら跳ね除けるだろと判断。猪らしき毛皮を掛けてやる。
途中でやめた晩酌を継続して、頭の中で今後の予定を組んで行く。
まず、明日の朝に帰れば日本で4:30ぐらいだから、爺さんが飼っていた鶏が騒ぎ出す前に間に合う。一度紙とペンを取りに帰って、このネネというウサギに色々と説明したとしても、5:00ぐらいだろう。その後飯とか弁当の準備して、資産管理会社とネット回線工事が要求道理の日程か確認して、ホームセンターかペットショップが開店するのを待って、ペット用シャンプーだかボディーソープを買って、ナナがこんな調子だから食材も調達しておかないと。どっちにしろ野菜不足が酷い。どうせ爺さんの畑が放置状態なんだから、朝一で適当に刈り取ってくればいいか。こっちでは鶏肉と魚と米しか食ってないもんな。あと、シュラフではちょっと痛いから、ちゃんと布団持ってきたい。それは客間の布団で良いか。んー、ギリギリ昼には終わるかな。となると、こちらの時間では四日後か。余裕見て五日後にしとくか。日本の真夜中以外は一日一回位は戻って、メールチェック位はした方がいいかもな。二時間ぐらいの遅れて返信するぐらいは許されるだろ。
そんな事を考えてたら、こちらも寝落ちてた。




