003 ナノマシン使用試験1
庵というか小屋を出て、それでもやっぱりRPG的な地火風水な魔法が出来ないか検証してみたくなった。
火はダメだったから、次は水か。
今の所、無から物質を生み出す事は出来ないようなので、指先に空気中の水分を集めるイメージを集中する。
……。指先から水が垂れてそれが更に集められて……直径1cm長さ10cm程の流れる水の柱が人差し指から垂れ下がるという何とも奇妙な光景が生まれた。
指先に集めた水が重力に逆らうことなく落ちるのと、ナノマシンによって再び集められるというのが拮抗した結果としてのこの結果ならば、直径10cmの球になる様に形を保持して空気中の水分を集めるイメージを集中する。
綺麗な水の玉が指先に止まっている。これは概ね成功と言うことかな。それではこの水球を射出してみる。
結果、放物線を描いて数メートル先の地面に水風船を落とした様な跡を残しただけだった。
んー……、予想以上に魔法っぽくない。飛ばす事については後回しだ。
次は、加熱と冷却だ。
先程と同じように指先に水を集めてそれを加熱するイメージを思い浮かべる。
ボコボコと沸騰し始めたと思ったら、指先火傷した……。そりゃ熱湯に触れていたら火傷するか。細胞が賦活するイメージで治して、触れずに出来ないか考えた結果、腰に差したままの鉈の先に出来ないか試してみる。
ちょっと違和感があるけど、先程と同じように水を集めて沸騰させる事が出来た。そのままそれを冷却して氷にする事も出来た。
おー、透明度の高い綺麗な丸氷だと思って意識を抜いたら、鉈の先から落ちて割れた。
予想以上にイメージだけでどうにかなるという物では無い様だ。【意識に応えるナノマシン】という物が意識をしてないと機能しないという事だな。ただ、魔法の様にMPとか精神力を使う感じはしないので、ナノマシンが持つエネルギーを利用しているという事なのだろうか。これで発電とか出来たら夢の外燃機関の完成だけど、普通に物理法則が同じなんだから、何かあるよな。
というか、ナノマシンのエネルギー元て何?
《赤外線以下の波長や紫外線以上の太陽光や電磁波は全てエネルギーとして利用しています。また気温が高くなり過ぎる場合は赤外線も吸収しています。その他余剰と思われるエネルギーを吸収する事で賄っています》
それで誰も使わないとエネルギーが溜まりすぎという自体に陥る気がするんだけど……
《本来の目的である生物に有害な物質を分解したりする事により消費していますが、多くは北極圏や南極圏等で日々落雷という形で発散している状態です》
オゾンを極地で大量生産しているのか。ま、とりあえず当分はガンガン使ってもガス欠状態に陥るという事は無いという事だな。
さて、引き続き風。
指で輪を作って一方向に風が抜けるイメージで風を起こしてみる。
軽い反作用を感じながらも風が起きた。
次にライター片手に酸素だけを流すイメージで風を起こしてライターに火を点ける。
普段よりも青白い炎が上がって熱いので、窒素だけを流すイメージで風を送ると、サッと消える。マクスウェルの悪魔も真っ青な世界だな。
次は魔法のお約束、風の刃。鉈の先に真空の刃をイメージして地面に押し付けるが踏み固められた地面ではなんの変化もない。横に構えて、その刃を飛ばすイメージをしてもすぐに拡散して消えた。まあ、ここまでは想定通りか。
今度は逆に鉈の先に空気をドンドン集めて圧縮してゆく。同一体積に大量の空気を送り続ければ、単純にボイル・シャルルの法則でドンドン圧力と熱が上昇する。鉈の先が赤くなってきて、グリップの木から煙が出始めたので、ゆっくりと空気を開放してゆく。すると、急冷された鉈からピシッと異音がした。
うん、これは近距離で使うには危険な熱量と圧力になる。少なくとも加圧したまま手元で解放した場合、圧力だけで爆風が起きそうだ。それにしても熱変形で鉈にヒビでも入ったかな?もう一本の鉈と打ち合わせてみると先に近い所で明らかに異音がする。よく見ると刃金とそれを覆う側金が剥離している。
普通ならもう使い物にならないけども、この世界ならイメージ次第で直せるんじゃないかな。歪みを矯正して境界面を分子的に接合。真っ直ぐになった事を確認して、もう一度もう一本の鉈と打ち鳴らす。ヒビが入っている様な音はしない。いける。
試しに目の前の竹を伐ろうと竹林に近付いたら、20cm大の黒い何かが出てきた。思わず小屋の縁側まで後退る。
どう見ても蟻なんだが、そのサイズはなんだ。触覚でこちらの熱か匂いを感じたのか近寄ってくる。恐怖に駆られて思わず投げた鉈が頭に的中して、スパンと割れ、5m程手前で止まる。
何だこれ。普通の蟻に恐怖する事など無いが、10倍以上のサイズってなんだよ。蟻でこのサイズなら蟷螂なら1.5mはありそうだし、こんな鉈のようなリーチの短い得物では勝ち目が無い。というか、爺さんこんな世界ならメモに書いといてよ……。
二本の鉈で切開していくが、このサイズのキチン質、それ相応に分厚くて硬いんですけど。触角があって複眼で六本脚、腹には気門らしき穴。外骨格で予想通り結構スカスカ。腹の方には消化器らしき管が、背中の方に神経索のような束があった。
サイズはともかく、蟻は多分蟻だった。不気味かつ邪魔なので、滝壺に投げ込んだら、バシャバシャと何か大きな魚がそれを片付けてくれた。見たことの無いサイズの魚だったが……。
林の中にしろ水の中にしろ開けた所以外は何があるかわからないから少し距離をとろう。
気を取り直して、土で何か。
10cm*10cm*10cmの大きさでくりぬくイメージを地面に手を付けて引き抜く。思いの外、スルッと簡単に引き抜けた。空気と同じで特に元素指定しなくても穴は掘れそうだ。
その土のブロックを元に戻して、土の成分で色々と試してみる。地球の土の成分を参考に塊を作っていく。
ケプラー繊維入りの手袋だったけど、対酸とか対アルカリとかはの性能はついて無かったような気がするが、少量の火傷なら直ぐに治せるからやってしまおう。
一番ありそうな珪素は、ほぼ一瞬で1リットルサイズが精製出来た。マグネシウム、カルシウム、アルミニウム、銅、鉄、硫黄、ナトリウム、リン等々色々と出てきたが、含有量の違いか精製する速度が違った。途中、塩素臭かったりしたので分解して出てきたりしたのだろう。ちょっと注意した方がいいかも。残った土には炭素らしき黒い粉が湿気った感じにベッタリ残っていた。もっと場所を変えたり大規模にやれば金やプラチナもザクザク出そうではある。
さて、日本から大量に物資を持ち込まない限りは、これらを材料にしてあまり森に近づかずに竹や下草を刈り取り、自転車で駆け下りる事が出来るぐらいの道を作ったりして、爺さんの畑やその農業を教えた人達の所まで安全を確保して行きたい。あんな巨大な蟻がいるなら、他に何がいるかわかった物じゃない。
あと、効率を求めるなら、こちらで睡眠時間を確保した方がいいから、住環境の改善は必須事項になる。飯は……当分、持ち込みになるのかな?
もうそろそろ昼かと思ったら、あれ?時計止まってる。
《ナノマシンは多くのエネルギーを吸収します。電池は小さくともエネルギーの塊ですので、エネルギーを吸収されます》
あー電池が使えないのか。スマホも無理なのか。ま、ナノマシンでどうにかなっている世界なんだから、そのぐらいは仕方ないかもと考えながら、おにぎりをお茶で流し込んで、次の作業に移ろう。そういえばナナは何処行った?
「おーい、ナナ何処行った。帰ってこい」と大声を出す。
《わかった!》と脳内に響く声。
まあ、大丈夫なら良いんですけどね。と思ったら、大きな鶏咥えて竹藪から出てきた。うちのお犬様はスゴく逞しいです。
《羽根邪魔。とって》
ザックリ首を切り裂いてご臨終している鶏。爺さんが持ち込んで野生化したんだろうか。逆に考えれば、鶏の様に飛べない鳥が繁殖出来る程度には安全という事だな。少し安心した。
ブチブチ羽根を毟るのも面倒臭い。ナノマシンでどうにか処理出来ないかと思い、毟り取った完成形を想像して羽根を分離するイメージを固めて実行。一瞬にして周囲に羽根が散らばり丸鶏が現れる。動物にも有効なんだ……。
《生きている動物に他者が直接ナノマシンを行使する事は不可能です》
ですよね。そうじゃなきゃいきなり頭が吹っ飛んだりして怖いわ。
珪素の塊を変形させてナナの餌皿にして、腹を鉈で捌き内臓を与える。顔を血だらけにしながら内臓を貪り食う姿はとても飼い犬には見えないけども。
切断面から血を吸い出すイメージで血抜きを実行。おお、簡単に出来た。もしかして肉と鶏ガラも分離出来るかなと思い、竈の上に並んでいる土鍋の上にガラを分離する。綺麗に分離した。これは簡単だわ。
寸胴でスープでも作ろうかと思ったが、底の浅い土鍋しかない。鉄は少ないので、珪素でなんとかならないかと思い、珪素の化合物を思い出す。ベアリングの玉にも使われる窒化珪素と呼ばれるシリコンナイトライドだ。硬くて熱にも強い。竈の口に合わせて厚さ1cm深さ30cmの寸胴を作ってしまう。何かドンドン慣れてきて簡単に作れる様になってきた。
滝から水だけを集める様にして水を汲み、鶏ガラを入れ塩も一つまみして竈にセット。薪代わりに干してある竹に火を点け、煮込み始める。同時に隣の竈の口に合わせたシリコンナイトライドの板を作り鉄板代わりにして、鶏の半身に塩を振って焼き始める。残りの半身は串に刺して、まだ熾火になっている囲炉裏の周りに置いておく。
冷蔵庫とかも必要だな。とりあえず住環境を整備しよう。




