022 四人組
逃げ帰るかのように小屋まで一気に駆け上がり。測量計を下ろして、水をグラス一杯一気に飲んで一息つく。燻っている囲炉裏に炭を足してお茶を飲んで一服してから作業をしようとすると、ウサギの三人組と三菜の四人が小屋に雪崩込んできた。
「トール様!」
「ああ、忘れ物ありがとう」
「あの……、里の皆はトール様を信用していない訳ではありません。ただ頂いた槍やスリングショットが強力過ぎて怖がる者や自信過剰で怪我をした者が出たのです……」
「あー、ちょっと説明不足だったかな……」
「我々の理解が足りなかったのが問題だと思います」
三菜の物言いは理路整然としている。いや、しすぎている。でも、それがわかるのはごく一部だ。
「三菜並に文字も数字にも強いのは、牛の民やウサギの民にいるかな」
「いないよ」
とネネ。
「でも、うちら三人はトール様の事、信じてるし、左之助右之助の二人も信じてる。白露さんは怖いけど、先を考えて三菜ちゃん連れてきたんだと思う」
とノノ。
「あー、とりあえずネネ、ノノ、ムム。君らは三菜並の知恵を身につけろ。三菜しか使えない現状は厳しい」
「……はい」
「俺としては、無駄に死なないというのが当たり前の世界にしたい訳。大きな蟻やトンボに食われて死ぬとかイヤだし、大きなコガネムシで喉を撃ち抜かれて死ぬのもイヤだ。死んだ分は産めばいいとかじゃなくて、一人一人にキチンと教育と訓練を施して人の質を上げて欲しい。三菜ですら、まだ出発点に立ったぐらいで、もっともっとこの世界の事を理解して欲しい。でも、その為には食べるのに不自由しないだけの余裕がないとダメなんだ……」
一気に喋ってしまった。
「あー、明日には少し本を用意するから、左之助達と一緒に取りに来るのもいいから、帰りなさい。明日取りに来る道具も作らないとダメだからね」
と、四人を追い返す。何だか上手く出来てない感じでモヤモヤするが、仕方ない。やると云った事はやろう。
以前、牛の民が出した備中鍬のサイズに合わせて大きなスコップを連続生産する傍らで、珪素を抽出してゴロゴロとサイロに詰め、炭素代わりの竹炭も一杯詰めておく。
出来るのを待っているのも無駄なので、リヤカーで運んで貰うか。どうせ石材とかレンガを運ばないとダメだから、道ですれ違える1.5m幅でいいかな。ベアリングはつけてあるけど、サスペンションも無いもないし、タイヤはシリコンナイトライドの輪っかに滑り止めのシリコンカーバイトの突起をつける程度。というか、シリコン樹脂とかの有機系の構造がよく分からないから、ゴムも繊維も使えないのがダメだなぁ。嵩張るから、無駄に折り畳み機能とかつけてみましたが、とりあえず五台作ってみた。
次の生産ラインには、ツルハシ……と思ったけど、バチヅルの方が良いか。まだスコップが半分ぐらいしか出来てないけど、リヤカーに積めるだけ積むと既に動かせないので、横に退けておくだけにしてある。
あ、そういえばレンガ。十分に乾燥しているだろうが、余裕をみて200度で半日加熱するか。予め組み込んでおいた制御系も順調に動き、多分安定して動いているハズ。大量購入した温度計を刺して確認するがプラスマイナス5度ぐらいで安定している。
生産ラインから音がしなくなったので、バチヅルに切り替えて大量生産開始。予め受け口にリヤカーを置いてガンガンうるさいが、まあ、いいか。
日没間近でナナが
《徹、うるさい》と文句云いつつ手ぶらで帰ってきたので、マスモドキを刺して夕食にする。
途中で受けるリヤカーを動かせるギリギリまで詰め込まれた状態で交換してから、日本に飛ぶ。
確か、親父の部屋はほぼ手付かずだったから、もしかして子供の頃の教科書とか残っているかもと思ったら、押し入れの奥には怪しい雑誌と共にしまい込んでたので、ありがたく分別して、必要な分だけ持って転移。
やはり日本で作業をするとこちらでは数時間が経過していらようで、もう寝る。
「トール様、おはようございます!」
野太い声と可愛い声が重なって聞こえる。外に出ると、左之助達、牛の民の中でも、身体の大きい奴ら五人と四人組か。
「ああ、おはよ。左之助達はそこに積んである奴で運んでね。動かせる目一杯積んで運ぶと、渓流の坂道で事故を起こすから、必ず動かせる量の半分以下の量しか積んじゃダメだからね。あと、まだその車、リヤカーって云うんだけど、明日も明後日も使うから、よろしく。ああ、そこの小さい四人はこれね。とりあえず里で汚されても困るから、ちょっと縁側で三菜が先生になって教えてやって」
指示だけ出して、朝飯の用意。既に第一陣が出発した牛の民は消えて小屋の入り口に小さな影が四つ。あー仕方ない。結局、プラス四人の朝飯となった。
「トール様、眠そう」
ネネちゃんが問いかける。
「まあ、実際眠いよ。だから、米以外の昼飯と夜飯分獲ってきて。あとは水堀と土塁の道具は今日中に作っちゃうから、あまり相手出来ない。だから何かあったら、ナナと一緒に行動して貰うから、ナナに伝えて」
《こんな足手まといヤダよ》
良いのか?こっちに来なくなったら鶏モツは食えないぞ。
《んー、わかった》
「ナナの了解もとれたので、爺さんの畑でとっておいで。里の人にも開放してるから、取り合いにならないように避けて行動するんだよ」
《面倒くさいなぁ》
ナナに口癖が移っている様な気がするな。ま、俺以外聞こえる訳じゃないからいいけど。
生産ラインは、バチツルで岩とか割れそうな奴らだから、岩を割る道具は後まわしにして、突き固め用のハンマーとタコだな。早速数十秒毎にゴロリと大きな音を立ててハンマーが転がっていく。人間相手に振り回したら吹き飛ぶを通り越して血の跡しか残りそうにない。
レンガ焼きが200度で12時間以上経ったから900度ぐらいで焼いてみよう。まあ、練習みたいな物だし失敗してもいいやという考え方で。
土木工事といったら一輪車、通所ネコ車を作ろうと思ったけど、どうせタイヤが無いし力は有り余っているし、バケツでどうにかすると思うのでスルーしよ。完成した土塁の上ならリヤカー使える幅だから何とかするでしょ。
それよりも里の皆が出入りするから、小屋が獣臭い。ウチに入る前に入る風呂を作るぞ。
真空断熱シリコンナイトライドブロックとか面倒くさいこと考えずに、男女別人間サイズが10人同時に入れる規模の石造りで、濾過した川の水を温めただけのお湯を常時掛け流しだ。うちの排水の流れる蟻の巣跡の池をスルーして川に辿り着く迄に冷却と汚れのトラップ用の池も作るか。栄養過多になりそうだし、水質汚染もあるから、シャンプーはスルーの方向で。そのうち石鹸ぐらいは三菜が勉強して作りたがったら試してもいいけど。あ、でも初回のネネの事を思うと初回はナナと同じペットシャンプーで洗ってもらおう。
ザックリと図面書いて半分崖の中に埋まっている形でブロック状に岩を切り出して、組み立てて行く。接合面の結晶構造を弄って一体化しているから、箱状の岩が崖にへばりついている形になる筈だ。男女別に作りたいがとりあえず一つ作ってからもう一つ作る形にしよう。