021 里へ
まだ暗かったのと、疲れてたから一眠りしようとしたが、ナナが《腹減ったー》と喚くので、鶏肉を半身あげて寝た。
「トール様、おはようございます」
元気な声が響き渡る。
「ああ、おはよ。飯がまだだから、入って待ってて」
ウサギが三人かと思ったら、白露さんと少し小さい猫の人、三毛猫だから女の子なのかな?がいた。
6日間煮込んで白濁した鶏ガラスープがかなり濃縮されていたが焦げる事無く綺麗なスープになっていたので、それでお粥。面倒なので寸胴で作って、煮込んでいる間にネネちゃんが、
「トール様、これ」
と、リュックサック一杯の小さな結晶が、リュックサック三つ分。
「おお、ありがとう
小さな身体の何処に入るのかと思うほど食べて、お茶と一服しながら、白露さんに訊く。
「この子は?」
「うちの娘の三菜です」とペコんと頭を下げる三毛猫さん。
「トール様は力の強い左之助達や器用なウサギ達と懇意にされているようでしたので、それ以外で活躍出来る者はいないかと思った所、賢者様の持ってきた本を全部読んだうちの娘なら役に立つのでは思い、連れてきた次第です」
「三菜ちゃんでいいかな?計算とかも出来る」
「はい、足し算引き算掛け算割り算出来ます」
「そっか。じゃあ、ちょっと難しい問題出そうか」
と紙に三角形の面積を出す問題を書く。ウサギの三人は目を背けている。この子らには覚えて欲しいんだがなぁ……。
「底辺掛ける高さ割る二で12です」
「おっと、三角形の面積の求め方も知ってるのか。じゃあ……」と角度を求める問題を書いてる最中に答えられた。
「ははっ、これはナカナカ。ちょうど今日やろうと思っていた事をちょっと一緒にやろうか。問題がわからなかった三人はこの赤と白の棒を指示した位置で真っ直ぐ立てて動くなよ」
「はい!」
「さて、行くか」と三人に赤白棒持たせて、測量計をリュックサックに押し込みマウンテンバイクで爺さんの畑の測量を開始する。助手として三菜に結果を書かせてみるが、三角関数を知らないから仕方がない部分はあるが、記録するというだけなら十分に使える。この子とウサギの三人で測量させて、牛の人で土塁や水路、道路の作成で行ける。まずはこの子に数学を教えるのが早いな。次に今晩帰ったら中高時代の数学や化学や物理、生物とかの本を持ってきてもいいかもな。
11:00ぐらいに川の右面、左面と測量し終えたので、荷物を回収して、三人と白露さんには畑で収穫と鶏か魚をお願いと伝えて、小屋までの坂道を三菜ちゃんと駆け上がる。
「三菜ちゃんは、どうしてそんなに勉強したんだい?」
「私、森が怖くて中に入れないんです。だから、代わりに勉強していれば怒られないから、ひたすら勉強してた」
「そうか……。でも、これからそれが役立つから自信持ってな。もう、爺さんの持ってきた本じゃあ、物足りないと思うから、もう少し上の勉強もしてもらうけどね」
「ハイ!」
今までにないテンションの返事が返ってきた。尻尾がグニャグニャ振れまくっているから嬉しいのかな。
何を持ってくるかわからないので、まずはネネ、ノノ、ムムの持ってきた結晶をパンチングメタルの選別機にかけて選別する。
「トール様はなんで白石集めてるの?」
「君らは、これの事を白石と言うんだ。これは色んなことが出来るんだよ。細かい事はもっともっと勉強してからだけど、ほら」
と言って小屋の中を明るく照らす。薄暗かった室内が急に明るくなって瞳が細くなる。
「驚いた?」
顔をブンブン縦に振る。
「こういう物をもう少しで里でも使える様にしたいんだよね。その為にももう少しみんなも勉強して欲しいから、何年か後には君がみんなに教える役になるかも知れない、君が望めばだけど」
「でも、私。力も弱い。器用でもない。怖がり……」
「俺もそうだよ。だから、色々と準備してからじゃないと里まで行くのが怖い。それで皆に白石を集めてもらったり、道を作ってもらった。ただ皆より怖がるだけの知識と知恵、想像力があっただけだよ。爺さん、君らがいう賢者様みたいに力技でどうにかするとか信じられないもの。猪を一人で倒すとか無理無理」
「トール様は弱いの?」
「ああ、弱いよ。でも、知恵と知識で大蟻の巣を吹き飛ばす事ぐらいは出来る」
「トール様からもらった槍でみんな死ななくなったけど、巣を吹き飛ばすは初めて聞いた」
「まあ、あれはちょっとやり過ぎたので、今後はもう少し抑え目にやるけどね」
ウサギの三人がキャベツにアスパラガス、そら豆をリュックサック一杯に詰めて帰ってきたと思ったら、白露さんがマスモドキを五匹刺して帰ってきた。ナナはナナで鶏咥えてるし。お前ら取りすぎじゃ。
飯を炊いて、味噌汁と鶏ガラスープでキャベツとアスパラガスそら豆と鶏肉をあっさりと煮て、マスはムニエルにしたけど、流石に残った。飯はおにぎりにして煮物とムニエルは石英ガラスタッパで味噌汁は空いてる酒瓶に入れて、持って帰ってもらう。というか、空のリュックサック持ってきている白露さんはそのつもりだったんですね。
お茶しながら一服して、一休み。
「ああ、そういえばネネちゃん。左之助さん達の里までの道路は完成した?」
「一昨日完成したよ。凸凹なくて走りやすいの」
スゲえパワーだな。岩場でも開拓速度変わらないのか。
「じゃあ、今から行こうか。あ、朝渡した測量の器材は持ってね」
「ハイ!」
ヘルメットにシリコンカーバイトのゴーグルとフェイスガード、首元を覆う様にスケイルメイルの様な物を垂らして、10倍コガネムシが正面衝突しても身体に穴が開かない程度には補強を施してから出発。
渓流脇のガードレール無しの石畳の道をマウンテンバイクで駆け降りるのはちょっと怖かった。それにやはり一匹だけどコガネムシがぶつかって、フェイスガードで潰れた。殴られた様な衝撃に倒れそうになったけど、無かったら顎に穴が空いてたぞ、これ。暗くなる前に帰ろう……。まあ、それの速度に普通についてくる彼らの体力が恐ろしいわ。
で、ようやく里に到着。一つの集落に見えて、三つの塊がある。手前のウサギの民の集落。竹を組み合わせただけの隙間だらけにしか見えないボロ小屋。修復に修復を重ねているけど、歪んでるなぁ。
真ん中に大きな木々を利用した牛の民の集落。雨風凌げているのか、多少心配。
奥には猫の民の集落。モンゴル民族が使うようなゲルそっくりのちょっと大きい版。集団生活してるというからあれでいいのか?
村の防衛ラインも無いし、なんだかなぁ。歩みをすすめると爺さんの残した本がある石造りの小屋が一つウサギの民の中にあった。中身は小学生の国語と算数の教科書と辞書だけど、古ぼけているがさほど使われた形跡がない。
そのまま川沿いを進み、里の最南端に。少しの距離で森に接する感じで、森の中から光る目がいくつもある。ふと気がつくと後ろにぞろぞろと里の住民がついてきていた。彼がスリングショットで追い払う状態。
「あーネネちゃんと護衛に誰かとこの杭とハンマー打てる人でチーム作って。ノノちゃんもそれでお願い。あ、左之助は残って」
白露さんや左之助さんが指示して仕方なくという雰囲気でウサギに従うのかという、牛の民と猫の民。あーこれアカン奴だ。
チーム作っている時にネネちゃんノノちゃんには立つ位置を指示しておく。
「えーっと、知ってる人は知ってると思うが、トールです。皆さんの手にある農具や槍を提供した者です」
わかっていてもざわつく
「今の所は爺さんの畑を開放して、一応の食糧問題を解決していますが、これは一時的な物です。という訳で、村を広げます」
ざわつきに怒号が交じる。
「確かに武器で強くなりましたが、森の木を切れば動物が溢れます。そして彼らが村を襲います。ですから、襲われる前に入ってこれない様にしてから、森を切り拓きます」
怒号がやみ、戸惑いの空気が流れる。ちょうどノノちゃんのチームが場所についた。測量器で測ると約2km。ネネちゃんの方をみると120度開いて約2km。双方ともそこで杭を打ってもらう。そして、測量器を置いたここに左之助に杭を打ってもらう。
「えっと、左之助。このあとも杭を打つけど、杭と杭の間に深さ15尺幅15尺の水路とそのすぐ内側にこういう壁作れるかな。出来たら道路と同じ様に石を混ぜて叩いて硬くして」
用意しておいた図面と手書きプレゼ資料を見せながら様子をみる。
「道具を用意していただくのと、森の近くは護衛が必要です。それは猫の民の力添えをお願い致します」
「白露、出来る?」
「はい、なんなりと」
「じゃあ、道具は用意するから、明日か明後日にでも取りに来て」
ざわつきが収まらないけども、里のトップを牛耳っている面子が抑えて貰わないと話が始まらない。
どちらにせよ、余りにもここでは異物過ぎる俺の存在は、あまり顔を出さない方が良いのかもしれない。恩恵が形になるまでは。
測量器だけ背負ってマウンテンバイクのナノマシン結晶アシスト機能を使って駆け上る。あ、赤白棒忘れた。まあ、明日持ってきてくれるだろう。